判例データベース

第三者同席事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
第三者同席事件
事件番号
平成15年(ワ)第8704号(甲事件)、平成15年(ワ)第18111号(乙事件)
当事者
原告(甲事件)(乙事件被告) 個人1名

被告(甲事件)株式会社○○

被告(甲事件)(乙事件原告) 個人1名A

原告(乙事件)個人1名
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2004年05月14日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(甲事件)、棄却(乙事件)(確定)
事件の概要
甲事件原告(原告)は、平成11年4月に被告会社に期間1年として雇用され、以後3回契約を更新し、平成15年3月末までとの契約で被告会社に雇用されていた常用社員であり、甲事件被告(被告A)はその上司であった。

原告は、平成13年秋ないし冬の夜、出張先のホテルの自室にいたところ、被告Aに呼び出され、被告Aの部下Xもいる居酒屋で飲食し、その後原告が自室に戻ろうとしたところ、被告Aが執拗に部屋に入ろうとするのでやむなく自室に入れたところ、原告が帰るように頼んだにもかかわらず、被告AはTシャツに下着姿で原告のベッドに寝転がり、原告の手を掴んでベッドに引きずり倒した。原告は被告Aの手を払いのけたが、被告A及びXは原告のベッドに寝てしまった(第1事件)。

同年冬、原告が出張先のホテルで寝ていたところ、被告Aが原告の居室の前で、携帯電話を手にしたまま寝転がっていた(第2事件)。

 平成14年5月、原告は被告Aの不在中にその自宅を訪れ、当初は被告Aの妻(乙事件原告)と2人で食事をし、被告Aが帰宅後は3人で食事をした後、泊まっていくことになったが、妻が先に寝たことから、被告Aは原告に対し川の字になって寝ようと言い、原告が抵抗するにもかかわらず、無理やり手首を掴み、被告Aの横に横たわらせた(第3事件)。

 同月、原告が出張先の自室で被告Aの妻と酒を飲んでいたところ、被告Aとその部下Yが加わり、原告が帰るように勧めたにもかかわらず、そこで寝ることになり、妻とYが先に寝てしまったところ、被告Aは原告の手首を掴み、隣に寝るように言い、原告を引きずり被告Aの横に横たわらせた(第4事件)。

 同月、原告は、被告Aから仕事のことで緊急に話し合う必要があると言われたので、出張先のホテルで待っていたところ、被告AがXとともに来て仕事の話をした。午前0時を過ぎたことから、原告は被告Aらに帰るよう勧めたが、被告Aは原告の居室で寝ると言い出した。被告Aがたばこを吸い終わっても帰らないため、原告はたばこを叩き落し、上司に報告すると言ったところ、被告Aは激高し、原告に罵声を浴びせたが、一転して土下座して謝り出し、さらに、「あなたのことが好きなんです」と、原告に対する思いを告白し始め、翌朝5時まで原告の居室に居座り続けた(第5事件)。

 原告は、被告Aの一連の行為はセクハラに当たり、いずれも被告会社の事業の執行につき行われたものというべきであり、被告会社のセクハラ対策が不十分であったからこそ本件各事件が発生したと主張し、被告A及び被告会社に対して、慰謝料200万円、契約途中で退職を余儀なくされたことによる逸失利益225万1666円を請求した。

 これに対し被告会社は、被告Aの行為はいずれも就業時間外に、原告が宿泊していた居室内で発生した出来事であり、「事業の執行につき」行われたものということはできないこと、被告会社は平成11年以降セクハラの禁止を掲げた文書を全従業員に配布するなどして、繰返しセクハラ防止を図ってきたものであり、被告会社が原告から被害の申告を受けた際には、即日原告と被告Aの職場を分離し、被告Aを譴責処分に付したものであって、この点からも被告Aの行為につき不法行為責任を負うことはないことを主張した。
 一方、被告Aとその妻は、被告Aには何らセクハラ行為がないにもかかわらず、平成14年6月以降、原告は被告Aの妻に対し、被告Aの行為について苦情を申し立て、被告Aに対しては退職するよう要求し、被告会社に対しても被害を申告した上で、被告Aを中傷する報告書を次々に提出し、和解を試みても話し合いに応じず、社員や関係会社の社員に対しても被告Aによる被害を受けたと吹聴するなどし、これらの原告の行為により被告A夫妻は社会的、経済的、精神的に多大な損害を被ったとして、被告Aについては300万円、妻については200万円を請求した。
主文
1 甲事件被告会社は、甲事件原告に対し、45万円及びこれに対する平成15年4月29日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 甲事件被告Aは、甲事件原告に対し、45万円及びこれに対する平成15年4月27日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 甲事件原告のその余の各請求をいずれも棄却する。

4 乙事件原告らの請求をいずれも棄却する。

5 訴訟費用は、これを10分し、その4を甲事件原告(乙事件被告)の、その1を甲事件被告会社の、その3を甲事件被告(乙事件原告)Aの、その余を乙事件原告の各負担とする。
6 この判決は、第1項、第2項及び第5項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 被告Aによる不法行為の正否

 被告会社においては、常用社員は各工事現場が必要に応じて期間を定めて雇用する臨時の従業員で、その採用は工事現場に任されており、したがって原告の雇用関係もまた不安定な状況にあって、それを被告Aが左右しているという事情等を総合考慮すれば、被告Aは、原告が明確に拒絶していたにもかかわらず、職場の上司としての立場を利用して、原告に対し、本件各事件における行為を行ったと認められる。そして、第1事件ないし第5事件のうち、第2事件における被告Aの行為は、単に原告の居室の前で寝転がっていたというだけであり、原告の身体に直接接触したり、原告に向けて身体の動作、発言等を積極的に行ったというわけではないから、この行為をもって不法行為に該当すると評価することはできない。しかしながら、その余の4つの事件における被告Aの各行為は、いずれも原告の身体に直接接触したり、俗にいう「愛の告白」的な言動に及ぶなど、女性である原告に対し、単なる嫌悪感を超えた精神的損害を与える行為であって、原告との関係で、セクハラ行為と評価されるべきものであり、被告Aは、原告に対し、これらの行為につき不法行為責任を負うというべきである。

2 被告会社の使用者責任の成否

第1事件は、原告が被告Aから顧客の接待という業務を理由に呼び出された後に、第5事件は、被告Aが業務を理由に原告の居室に入った後に、それぞれ起きていることからすれば、いずれも業務を契機として発生していると認められる。他方、第3事件及び第4事件は、一見被告会社の業務と直接的な関連性はない状況で生じたように見えるものの、これらの事件も、被告Aが原告の上司という立場であったことかが影響して発生したことは否定できないのであり、被告Aが職場の上司としての立場を利用して行ったとみるべきであるから、これらの事件も被告会社の職務と密接な関連性があると認められる。したがって、被告Aの本件各事件における不法行為は、いずれも被告会社の「事業の執行につき」行われたものというべきである。

 被告会社は、セクハラ防止に努め、本件にも適切に対応したと主張するが、原告が退職した後、原告が被害を申し立ててから半年以上経過した平成14年12月18日にようやく懲戒委員会を開いて被告Aの処分について審議を始めたものであり、本件事務所が遠隔地であり、当初は担当部署が対応していたこと、原告と被告Aの主張が真っ向から対立し、しかも、セクハラ行為が第三者が同席しているという通常考えにくい状況で発生していることを考慮すれば、被告会社の対応が若干遅くなるのはやむを得ないといえなくはないが、その点を斟酌してもなお、被告会社が適切に対応したとはいい難く、被告会社が被告Aの選任及び監督について相当の注意をしていたという事実及び相当な注意をしても被害が発生することが避けられなかったという事実を認めるには足りない。

3 原告による不法行為の正否(乙事件)

 原告がセクハラ行為として主張する被告Aの行為は、第2事件を除き原告に対する不法行為に当たること、原告が苦情を申し立てた際に多少感情的になったり、被告Aの妻に苦情を申し立てたりすることは必ずしも適当とはいい難いが、このような被害を受けた者としてはやむを得ない面もあり、その点を法的責任に反映させるのは適当ではないこと、原告が被告会社の内外に本件事件について吹聴していると認める証拠はないことも併せ考えれば、原告において正当な権利行使を逸脱して損害賠償義務を生じさせるような違法性を有する行為があったとまではいうことができない。

4 原告の損害額 

(1)被告会社は、原告から被害の申告を受けた即日、原告と被告Aの職場を分離しており、その時点で原告が職場において被告Aと顔を合わせる危険性は乏しくなったこと、(2)原告は、所属部署から、訴訟提起等してもよいが退職する必要はないと言われながら結局退職に踏み切っていること、(3)原告が被告Aの退職まで求めながら、話合いによる解決ができなかった事情があること、(4)原告が退職したのは被害申出後3ヶ月半経過後であることを総合考慮すれば、本件各事件が原告の退職と相当因果関係があると認めるには足りず、結局、逸失利益は被告Aの不法行為と相当因果関係ある損害であるとは認められない。
本件各事件の態様や性質、原告が本件各事件を契機として結局3年半勤務した被告会社を退職するに至ったこと、原告が被害を申告した後の被告A及び被告会社の対応、その一方で、第3事件は原告が自ら被告Aの自宅に赴き、夜遅くまで滞在したために発生しているなど、原告の方にも落ち度がないとはいえないこと、その他一切の事情を考慮すれば、原告の被った精神的苦痛に対する慰謝料は、40万円をもって相当とする。また、被告Aの不法行為と相当因果関係ある弁護士費用は、5万円と認めるのが相当である。
適用法規・条文
民法709条、715条
収録文献(出典)
判例タイムズ1185号225頁
その他特記事項