判例データベース

大学ゼミ招聘講師事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
大学ゼミ招聘講師事件
事件番号
東京高裁 − 平成16年(ネ)第1869号、東京高裁 − 平成16年(ネ)第2711号
当事者
控訴人・附帯被控訴人(被告) 個人1名

被控訴人・附帯被控訴人(被告) 個人1名・附帯控訴人(原告) 個人1名
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2004年08月30日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(確定)
事件の概要
 控訴人(附帯被控訴人)は著名な演出家で、大学に招聘されて講演した者であり、被控訴人(附帯控訴人)は当該ゼミの学生である。

 平成14年11月21日、控訴人は大学で講演を行った後、教授及び受講学生との居酒屋での懇親会に参加した。その際被控訴人は控訴人から隣に座るよう指示され、これに従った。控訴人は途中から機嫌が悪くなり、席を立ったが、その際被控訴人にかばんを持って来るよう言い渡し、被控訴人は困惑しながらも教授の意向もあってこれに従った。

 控訴人と被控訴人は2人で居酒屋に入り、その後ホテルのレストランで食事をした。食事が終わると、控訴人の提案で筆談ゲームを始め、控訴人が「あなたと一緒にいたい」「部屋でしゃべりたい」などと問いかけたのに対し、被控訴人が「それでは一緒にいましょう」「ウン」と応じ、その後2人は客室に入った。客室に入ると、控訴人はベッドに横になり、被控訴人に対し服を脱ぐよう指示し、被控訴人は言われるままに服を脱ぎ全裸になった。控訴人は、被控訴人の胸や股間を舐めた上、被控訴人に対し、「浴衣の紐で目隠しをして」「手を後で縛って」「もっと苦しそうにして」「もっと足を開いて」などと指図し、被控訴人がその指図に従って動作をしたところ、控訴人は被控訴人の体に触りながら、その足に射精した。その後被控訴人は控訴人とともに同じベッドで過ごしたが、翌朝控訴人は被控訴人の体にしつこく触った後、共に朝食をとり、「困ったことがあれば何でも力になるから」と相談に乗るようなことを言い、別れた。

 被控訴人は、同年12月2日、大学のセクハラ委員会に相談し、委員らが控訴人からの性的行為について被控訴人から事情聴取し、事実を確認した。

 被控訴人は、平成15年1月11日、控訴人に対し、一連の行為を記載した上、控訴人の行為が被控訴人の性的自己決定権を侵害する不法行為であると考えていること、被控訴人は大学内のセクハラ委員会に相談し、同委員会と協議しながら控訴人の刑事・民事責任を追及すべく準備中であること、控訴人が事実関係を認め、謝罪し、以後接触しないことを誓約し、賠償金を支払うのであれば、円満に解決する意図があるが、誠意ある回答がない場合には法的措置を執らざるを得ないことなどを記載した通知書を送付した。

 これに対し、控訴人は、同月19日返信文書を送付したが、その内容は、アホ、一種の白痴、乞食、ノイローゼの第3期、詐欺師などの文言が記載されていた。被控訴人は、控訴人から侮蔑の言葉を返されて一層強い精神的苦痛を感じ、授業や試験に集中することができず、平成16年3月に大学を卒業することができなかった。
 被控訴人は、控訴人の行為により精神的苦痛を被ったとして、慰謝料350万円を請求した。第1審では、被告(被控訴人)の不法行為を認め、慰謝料として性的行為につき150万円、侮辱行為につき30万円、弁護士費用20万円の支払いを被告に命じたが、被告はこれを不服として控訴した。
主文
1 本件控訴を棄却する。

2 本件附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

(1)控訴人は、被控訴人に対し、270万円及びこれに対する平成15年3月7日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)被控訴人のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを2分し、その1を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。
4 この判決は、2項(1)の部分に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
 被控訴人がホテルの客室において、控訴人から性的行為を受けたことについては、そこに至るまでの間に被控訴人が控訴人から受けてきた精神的圧迫感、最終的には本件筆談によって、被控訴人の精神状態に心理的な束縛が生じて、控訴人の目の前から逃げたり、控訴人の指図を拒絶する意思が働かないほどの無気力状態に被控訴人が陥ったことによるのであり、被控訴人が精神的にそのような心理状態に陥ったことについて、控訴人には、そのような心理状態にさせる明確な誘導の意図があったものと認めるのが相当である。したがって、控訴人の被控訴人に対する性的行為は、自己の一時的な性的欲望の対象として被控訴人を人形のようにもてあそんだものであり、被控訴人の性的自由ないし性的自己決定権を侵害したものとして、不法行為を構成するものというべきである。

 名誉感情は、法的保護に値する利益であり、社会通念上許される限度を超える侮辱行為は、人格権の侵害として、慰藉料請求の対象になるというべきである。これを本件についてみるに、「白痴」「ノイローゼ」「乞食」等の言葉は、テレビ放送等の場合において、差別的な意味を与えかねないとして、その使用を控えるか、使用するとしても慎重な配慮が必要であると指摘されていることを認めることができる。そして、シナリオを書くことも仕事にしている控訴人には、これらの意味を十分に承知していたと推認することができる。また、控訴人は、被控訴人を性的行為の対象として意識し、その性格を観察した上、被控訴人を控訴人の性的行為の誘いに応じざるを得ない心理状態に誘導したことが明らかであり、控訴人には本件通知書で指摘されたことや、被控訴人の心情を理解できるだけの人生経験があったと推認できるのに、あえてこのような言辞を用いて反撃に出たのは、被控訴人を侮辱し、辱めることによって屈服させようと考えたものと認めるのが相当である。

 以上の諸点に照らせば、本件返信文書に上記の言辞を用いた控訴人には、被控訴人に対する侮辱の意図があったことは明らかであり、これを被控訴人ら代理人に送付した控訴人の行為は、社会通念上許される限度を超えた侮辱行為を行ったものとして、不法行為を構成するものといわなければならない。

 以上、控訴人が被控訴人を心理的に拒絶不能の無気力状態にさせて性的行為を行った経緯、性的行為の態様、本件返信文書の内容等一切の事情を総合し勘案すれば、被控訴人が被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料として、被控訴人の性的自由ないし性的自己決定権を侵害した行為に対し200万円、侮辱行為に対し30万円を認めるのが相当である。
そして、本件事案の内容、殊に本件のような性的行為の被害を訴えることの困難さ、本件訴訟に至る経緯及び訴訟提起後の審理の経緯にかんがみれば、控訴人の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用として40万円を認めるのが相当である。
適用法規・条文
民法709条、710条
収録文献(出典)
判例時報1879号62頁
その他特記事項