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国立女子大学事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
国立女子大学事件
事件番号
平成14年(ワ)第10105号
当事者
原告個人1名

被告個人1名A

被告国立大学法人
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2005年04月07日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 原告は、平成9年4月から11年3月まで被告大学大学院研究科に研究生として在籍し、同年4月から科目等履修生となった者であり、被告Aは原告の指導教授である。

 平成11年5月18日夜、原告と被告Aはともに飲食した後、被告Aの誘いでホテルのラウンジで酒を飲んだ。原告はホテルを出て帰宅しようとしたところ、原告が荷物を離さないのでやむを得ずついて行くと、被告Aは別のホテルで空室の確認をし、空室がなかったことから原告をタクシーで送ったが、その車内で原告の体に触り、原告の指を自分の口に入れたりし、下車後原告に抱きつき、胸を触るなどした。

 原告が被告Aのこれらの行為を被告大学の助教授に話したことから、関係教授らによる事情聴取が行われ、さらに被告Aからも事情聴取が行われたが、被告Aはセクハラ行為を否認した。被告大学では、人権委員会の報告を受けてセクハラ対策委員会の下に調査委員会を設置し、原告、被告Aから事情聴取を行った。その結果被告Aによるセクハラ行為があったと判断され、原告を懲戒処分に付するべきであるとの報告を学長に対して行った。

 これに対し原告は、経済的制裁では軽すぎると抗議し、更に被告Aがセクハラ行為を否認していると聞いて、当時の状況を詳細に申し出た。それによると、原告は被告Aからホテルのラウンジで、「私は機能できないんだ。つまり男としての機能が。ただ、君の白い肌を見て、触りながら、一晩を君と過ごしたい。それだけ。」などと性的関係を望んでいるような発言をされ、エレベーター内で肩を触られた上、地下でキスをされたり、胸を触られたりし、更に被告Aは原告の自宅近くで原告の胸を触ったり、キスをしたり、洋服をおろそうとしたり、下腹部に手を入れようとしたりした。調査委員会は原告の申し出を受け、改めて事実確認の調査をし、被告Aからも事情聴取したが、被告Aはセクハラ行為を否定した。その後被告大学では被告Aを停職3ヶ月の懲戒処分をするとともに、当分の間すべての教育活動、大学運営への参加停止措置を行った。
 原告は、被告大学が信義則上、良好な学習、研究環境が害され、性的自由が害されることのないように義務を負うところ、当該義務を懈怠したこと、セクハラ被害が発生した場合に速やかな被害回復措置をとる義務があるにもかかわらず、これを怠り、また二次的被害を防止すべき義務があるにもかかわらず、被告Aの懲戒手続きにつき事前の説明もなく、原告を事情聴取等につき長期間拘束し、被告Aの原告に対する戸籍等の調査によるプライバシー侵害、原告への手紙による威圧等を防止しなかったとして、被告大学及び被告Aに対し、慰謝料500万円、住居移転等費用及びPTSDに罹患したことによる治療費500万円、弁護士費用200万円を請求した。
主文
1 被告Aは、原告に対し、金230万円及びこれに対する平成11年5月18日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告の被告Aに対するその余の請求及び被告大学に対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、原告と被告大学との間では、原告の負担とし、原告と被告Aとの間ではこれを3分し、その1を同被告の、その余を原告の負担とする。
判決要旨
 原告において、被告Aからのセクハラ被害について供述するに当たり、羞恥心や、あるいは、本件ゼミでの研究等を継続し、平成12年度における博士課程の受験を念頭に置いたときに、ゼミ担当教授である被告Aとの関係の決定的な悪化を恐れ、当初は被告Aの行為の一部のみを供述したが、その後被告大学の事情聴取の進行に従い、被告Aの行為の詳細について供述していくようになったとみることができ、当初言及のなかった被告Aの行為が追加されていったことについて、原告の供述に信用性がないということはできない。

 さらに、被告Aにおいては、セクハラ行為はないと供述するものの、他方で被告A自身、原告が積極的でないにもかかわらず、被告Aが繰り返し誘うことによってホテルに行くことになったこと、原告を誘ったことについて「教師と学生というよりは、私が男であり、原告が女である、男と女の関係といわれれば、それはそうでしょうね。」などと原告を女性として付き合わせるつもりで誘ったことを認める供述をしている。

 また、被告Aは原告が主張するセクハラ行為を否定するが、いずれも不自然でセクハラ行為をしようとする意図が窺われるのに比較して、原告の供述は大筋においては信用性が認められる。したがって、被告Aが平成11年5月18日に、原告に対し一連のセクハラ行為をしたものであり、これは原告の性的自由ないし人格権を侵害するものであるから、不法行為に当たることは明らかである。

 被告Aは、原告に対し、本件セクハラ行為をし、これが不法行為に当たるところ、本件セクハラ行為は、被告Aが原告の担当教授としての教育活動ないしこれに直接関連する会合等で行われたものではなく、全く私的な懇親会が場所を変えて行われた後に、それぞれが帰宅する途中で行われたものであり、その内容としてはもちろん、行為の外形上も到底公務員がその職務を行うにつきされたものということはできないから、被告Aの本件セクハラ行為について、国家賠償法により、被告大学が賠償責任を負うことはなく、被告Aが原告に対して民事上の損害賠償責任を負わないということはできない。したがって、被告Aは、原告に対し、民法709条に基づき不法行為責任を負うものである。

 被告大学では平成11年2月23日付けでセクハラ防止指針を定めた上、相談員の配置、防止対策委員会等の設置をするなどしており、当時において、セクハラ被害の発生の防止等の対策として、不適切、不十分であったものとはいえない。本件では、被告大学において、被告Aのセクハラ行為を事前に防止するための対応を取ることは困難であったといわざるを得ず、この点について被告大学に信義則上の義務違反を認めることはできない。

 被告Aにおいて原告に対するセクハラ行為を否認し続けていた状況にかんがみると、被告大学としては、原告のセクハラ被害の申出を受けた上、その心情にもできるだけ配慮した上で被告Aに対する懲戒手続きを進めたものというべきであり、被告大学において、原告に対する二次被害を防止すべき義務に違反したとして損害賠償責任を負うものというべき事由を認めることはできない。また、原告に対する被害回復措置についても、被告大学において相談員等の相談窓口や保健管理センターの医師等の施設の提供をしており、原告から代替教員の申出について応じなかったことも認められないことからすると、被告大学の義務違反があったものとして損害賠償責任を認めるまでには至らないといわざるを得ない。したがって、被告大学において、信義則上の義務違反があるとして、原告に対する損害賠償責任を認めることはできない。
 原告が本件セクハラ行為によって被った精神的苦痛を慰謝するに足りる金員は、被告Aの本件セクハラ行為の態様・程度、これにより原告がPTSDに罹患したとまでは認められないものの、多大な精神的苦痛を被ったことが明らかであること、その他一切の事情を総合考慮すれば、200万円をもって相当とする。また弁護士費用相当損害金としては、30万円が相当である。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
判例タイムズ1181号244頁
その他特記事項
本件は控訴された。