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G社配転命令効力停止仮処分申請事件

事件の分類
配置転換
事件名
G社配転命令効力停止仮処分申請事件
事件番号
松江地裁 - 昭和44年(ヨ)第58号
当事者
その他申請人 個人1名
その他被申請人 株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1972年02月14日
判決決定区分
却下
事件の概要
 被申請人G社は、昭和41年10月G乳業関係7社が統合・合併してできた牛乳及び乳製品の製造・販売を営なむ株式会社であり、申請人は昭和39年2月、合併前のS社に入社し、合併後被申請人に雇用されて山陰事業部(島根県太田市)において勤務している従業員である。

 被申請人は、昭和44年3月1日付けで申請人に対し中国事業部(広島県安佐郡)への転勤命令(本件転勤命令)を発したところ、申請人はこれに従って転勤したものの、次の理由から本件転勤命令は民法90条又は1条3項に違反し無効であると主張し、その効力を仮に停止する仮処分の申請を行った。

(1)申請人は労組に加入して以来中心メンバーとして活躍してきたが、組合の中心メンバーの多くは遠隔地に配転させられており、本件転勤命令もその一環として組合活動を嫌悪したものであって不当労働行為に該当すること。

(2)現在太田市に妻、両親と住んでいるところ、母は病気で家事働も不可能な状態にあることから妻を同伴して転勤することは不可能であり、単身赴任となれば夫婦別居による二重生活となって一家の経済に及ぼす影響が重大であること。

(3)S社においては、人事異動については労使間で予め協議し、本人及び組合の同意を得て行うという労使間の慣行が存在し、被申請人は合併によりこの慣行を引き継いでいるところ、本件転勤命令は労使慣行、労働協約に反すること。

(4)申請人がS社に入社した際の労働契約では、太田市、松江市以外で勤務させることはないことをその内容としており、その職務内容は経理事務、営業事務に限定されていたから、本件転勤命令は、本人の同意なくして労働契約の重要な要素である労働の場所並びに職種を一方的に変更するものであって、労働契約に違反すること。

(5)本件転勤命令は、転勤を命ずる過程において申請人の了解を求めこれを納得せしめるような誠意のある努力がなされていないこと。
 これに対し被申請人は、本件転勤命令が不当労働行為に当たること、労使慣行・労働協約に違反すること、労働契約に違反することなどについていずれも否定したほか、申請人の母の病状は良好を保っていて、父も健在で太田市には弟夫婦も居住しているから、母の疾患は転勤を拒否する理由にならず、たとえ妻と別居したからといって、かかる事情は被申請人の全国的視野から意図した経営の強化、合理化のためにはやむを得ないものであって、これを拒否する理由とはならないとして争った。
主文
本件申請を却下する。 
申請費用は申請人の負担とする。
判決要旨
1 本件転勤命令が不当労働行為として無効になるか

 労組法7条1号にいう「労働組合の正当な行為」とは、その当時の組合執行部の運動方針・施策と必ずしも機を一にする活動でなければならないものではなく、仮にそれに対立するものであっても実質的にみて自主的に労働条件の維持改善その他労働者の経済的地位の向上を図ることを主たる目的とする活動であれば足りると解するのを相当とするところ、申請人は会社に協力的な組合執行部の活動方針を批判するグループの会長として諸活動を行ってきたが、これを実質的に見れば、従業員の労働条件の維持改善を図ろうとする行動と評価することができるので、申請人の活動は正当な組合活動と認めるのが相当である。そして本件転勤命令を一連の組合対策であるという見方をすれば、本件転勤命令は申請人の組合活動に対する報復としてなされたものと考えられないでもない。

 しかしながら、昭和44年3月における人事異動は企業上の必要のため全社的視野に立ってなされたものであり、特に申請人のみを異動させようとの狙いに出たものとは認められないこと、客観的な資料に基づいて選定基準に適合する候補者の中から申請人を選定したものであり、その選定に不自然な点がないこと、申請人はセールスの経験こそないがその経験、能力、性格から見て特にセールスに不向きとはいえないこと、転勤後の身分・給与に変更がなく、大都会で営業の第一線に立つことはむしろ栄転と見られること、申請人が転出することによって山陰労組が組合活動遂行上打撃を受け、又はその運営に支障を来すと認めるに足りる疎明がないこと、本件仮処分申請までは本件転勤命令が不当労働行為であると主張した形跡がないこと、被申請人において申請人の家庭事情を考慮し、母の看護、見舞いのための帰省につき、あたうる限りの便宜を図ることを約していること等の諸事情を総合すると、本件転勤命令が申請人の組合活動及び地労委における証言を嫌忌し、これに対する報復としてなされたものとは到底認めることはできない。したがって、本件転勤命令が不当労働行為であるとの主張は失当である。

2 本件転勤命令が労使慣行並びに労働協約違反として無効になるか

 S社においては、人事異動に際しては、事前に組合又は本人に会社の意図を説明し摩擦のないよう取り計らうという労使慣行があったと認められるが、組合又は本人の同意を要するとするまでの労使慣行が確立していたとは認められず、右慣行は合併により被申請人に承継されたものと解するのが相当であり、合併後申請人主張のような労使慣行が成立したとの疎明はなく、被申請人は申請人並びに組合に対し再三にわたり申請人を配置換えする理由を説明しているので、本件転勤命令が従来の労使慣行、労働協約に反しているとはいえない。

3 本件転勤命令が労働契約違反になるか

 労働者の勤務場所は労働契約の要素であるから、会社が既に労働契約の内容となっている勤務場所を変更するためには、労働者の同意を必要とし、その同意を欠く一方的な転勤命令は労働契約に反し無効というべきである。そこで、労働契約において勤務場所が明らかでない場合には、労働者の入社資格、入社時の事情、会社における地位、職種、会社の規模・事業内容など及び労使慣行によって労働契約の内容になっている勤務場所がどこか、あるいはどの範囲かを決するほかない。

 会社の合併により営業活動が地域的にも広範囲にわたることになった場合においては必然的に人事交流が要求されることになるが、会社における地位・職種などから、労働契約上の勤務場所が広範囲であると解されている労働者の場合には、会社の合併により労働契約上の勤務場所は当然変更を受け、合併後の会社における地位・職種、会社の規模・事業内容など及び労働慣行により改めて労働契約の内容としての勤務場所が定まると解するのが相当である。これを本件についてみると、申請人は大卒でS社では主任の地位にあり、労働契約上の勤務場所が特定されていた者でもなく、合併後の被申請人においても将来中堅幹部職員になり得るものと目され、広域人事の対象とされていた者であるから、勤務場所は少なくとも中国事業本部内の事業所はその範囲内であると解すべきであり、本件配転命令はその範囲内での転勤を命ずるものであるから、労働契約に反するものではないといわなければならない。

 労働者は労働契約で特定された職種のみ従事する義務を負い、使用者は当該労働者の承諾等なくして恣にその範囲を逸脱することは許されないと解するのが相当である。S社は申請人の経理能力を高く評価して経理業務に従事させていたが、労働契約上経理事務のみに特定されていたとは認められない上、本件転勤命令には申請人を今後幹部社員として飛躍せしめる目的をもった考慮が加えられており、配転後の新職務も高度の知的・精神的能力を要する職務と考えられ、この点では従前の経理事務とはいくらか異なった面があるとはいえ、なお労働契約上の職種の変更があったとまでは認めることはできない。

4 申請人の生活権に不当又は不必要な侵害を引き起こしているか
 使用者が業務上の必要に基づき労働者に転勤を命ずる場合、業務上の必要に基づくからといって無制約に許されるものと解すべきではなく、右権限の行使はそれがもたらす結果のみならず、その行使の過程においても労働関係上要請される信義則に照らし、当然に合理的な制約に服すべきものであって、その制約は具体的事業において業務上の必要性の程度と労働者の生活関係への影響の程度とを比較衡量して判断されなければならない。これを本件についてみると、被申請人は申請人の母の病状について充分調査を尽くし、これが申請人の本件転勤に支障をきたすものではないと判断しながら、申請人が母の見舞いに帰れるよう特に便宜を図ったこと、本件転勤命令が出された頃申請人の母の病状は軽快に向かっており、同じ太田市内には弟夫婦が居住しているので、母の看病を父及び弟夫婦に託し、申請人が妻を伴って転勤できない状態ではなく、本件転勤命令が夫婦別居を強いるものとはいい難いこと、父の経営難あるいは住宅増築による借財は申請人一家の経済を圧迫しており、転勤による二重生活がこれに拍車をかけることが窺われるが、父には申請人、次男、三男、四男が居り、右息子等の援助を仰ぐことも不可能でないことが認められるなどの諸事情を考慮すれば、本件転勤命令は申請人の生活に耐え難い犠牲を強いるものとはいえない。また、本件転勤命令を発するに至った経緯、申請人並びに組合との折衝経過、被申請人が提案した条件等を総合勘案するならば、被申請人側に特に誠意に欠け、信義則に反すると認むるに足りる事情は見当たらない。よって、いずれの点からみても、民法90条又は同法1条3項に違反するとの主張は理由がなく失当である。
適用法規・条文
収録文献(出典)
その他特記事項