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京都弁護士会館裸婦画掲示週刊誌掲載事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
京都弁護士会館裸婦画掲示週刊誌掲載事件
事件番号
京都地裁 - 平成15年(ワ)第662号
当事者
原告 個人1名
被告 S出版社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2005年10月18日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 被告は、書籍類の制作・出版・販売を目的とする株式会社であり、原告は京都弁護士会に所属し、両性の平等に関する委員会の委員長を務める女性弁護士である。
 弁護士会は新会館の建設に係る備品の移転についての検討に当たって、平成14年8月本件裸婦画を新会館に移転して飾るか否かについて両性の平等に関する委員会の意見を求め、更に同年10月移転について協議する懇談会を開催したところ、原告は懇談会に対し、本件裸婦画の新会館への掲載については両性の平等に関する委員会で検討しているところであり、問題点として指摘して欲しい旨の意見書を提出した。
被告は「週刊S」平成14年11月28日号に、(1)「「裸婦画はセクハラ」と取り外しを要求した無粋な女性弁護士」との大きな見出し(記載1)、(2)「現在飾られている裸婦画は新館には展示するな。理由はセクハラの危険ありというのだが、そんなアホなと笑われている」との記載(記載2)、(3)原告の同僚弁護士の発言としての「彼女の問題提起ですが、なぜ、あの絵なのと驚いた」との記載(記載3)、(4)F弁護士の発言としての「原告は1枚の文書を配布。`あの裸婦画を飾り続けるのは女性へのセクハラに当たる`と主張した」との記載(記載4)、(5)「30人ほどの懇談会出席者はただ困惑するばかりだった」との記載(記載5)、(6)「原告がどんな審美眼を持っているのか知らないが、裸=セクハラというのはあまりにも短絡的で幼稚な主張だ」との記載(記載⑥)を掲載し、全国紙に本誌の広告を掲載した。
 原告は、本件記事に原告の実名及び顔写真まで掲載した上、原告を誹謗中傷するような表現方法を用いて事実に反する掲載をしたことは、原告の社会的評価を著しく低下させるものであり、これと一体不可分である本件広告もまた同様であると主張し、本件記事及び広告(本件記事等)により名誉感情を著しく傷つけられるとともにその人格や職業上の見識に対する社会的評価を著しく低下させられるなどしたとして、被告に対し慰謝料1000万円、弁護士費用100万円の支払いを請求するとともに、週刊S及び各全国紙に謝罪広告を掲載することを請求した。
主文
1 被告は、原告に対し、330万円及びこれに対する平成14年11月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを4分し、その3を原告の、その余を被告の各負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件記事等が原告の名誉を毀損するか
 本件記事は、氏名と顔写真の掲載により原告を特定した上、読者に対し、原告が「裸=セクハラ」という短絡的で幼稚な考え方を持っていること、そのような考え方を前提として、本件裸婦画を弁護士会の新会館に展示することがセクハラに当たるとして取り外しを要求した原告の言動に対して、周囲の人々がこれを嘲笑の対象としている旨記載することで、原告の人格について短絡的で幼稚との印象とともに、原告の言動について無粋であるという印象を与えるものになっている。ところで無粋という表現について、一般の読者はマイナスの人格評価・印象を抱くと考えられ、また本件記事は、直前に「遺産17億円を京都市に寄付した粋な女性」の記事が掲載された後に「舞台は同じでもこちらは無粋な話」と両者を対比して記載しているところ、寄付をした女性と原告とをことさら対比するような構成、表現方法をとることで、原告が「無粋」であることを強く印象づける内容になっているものというべきであり、本件記事は原告に対する社会的評価を低下させるものであるというべきである。また、本件広告には「「裸婦画はセクハラ」と取り外しを要求した女性弁護士」との記載がある一方で、原告の氏名その他原告を窺わせる記載は存在しないことが認められるが、本件記事と相まってその記載内容を踏まえるべきであるから、本件広告も原告の社会的評価を低下させるものというべきである。
2 本件記事等について名誉毀損の違法性阻却事由が存在するか
 本件記事のうち、(1)ないし(6)は、いずれも事実の摘示を含むものであることは明らかであるところ、事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、その行為には違法性がなく、仮にその証明がないときにも、行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定される。
 本件記事は、本件裸婦画のような高い芸術性を有するものであっても、それが裸婦画であるが故に公共的な場所で展示することの是非を巡って弁護士会内部でも意見が分かれていることを内容とするものであって、これが公表される少し前に新聞紙上でも報道され、読者から投書が寄せられていたことや弁護士の職務及び弁護士会の社会的役割等を併せて考慮すると、本件記事で取り上げた内容は公共の利害に関する事実に係るものというべきである。そこで本件記載(1)ないし(6)で摘示された各事実が真実であるか否かを検討する。
 原告は、本件懇談会に出席できなかったので、「この裸婦画を新会館に移すべきか、移すとしたらどこに飾るべきかについて、現在両性の平等に関する委員会で検討しているので、懇談会において問題点として指摘していただければ幸いです」との意見書を提出し、同委員会で提出された意見を紹介しているに止まることが認められるから、記載(1)に摘示された事実が真実であると認めるに足りる証拠はない。記者は、脚本家、京都国立近代美術館学芸課長、弁護士等に取材し、これらの人物がセクハラを理由に本件裸婦画を新会館に展示することは適切ではないとの意見には強く否定的であったことが認められるが、そのことから直ちに原告の言動が嘲笑の対象になっていたとまで推測することは困難であり、記載(2)に摘示された事実が真実であると認めることはできない。原告と同期の弁護士が「こういうことを言う人がいても余りビックリしませんな」「ああ、あの人だったら言いそうだ。元気な人だから」と述べていることが認められるが、記者の原稿にも「彼女の問題提起ですが、なぜあの絵なのと驚いた」旨の記載はないから、記載(3)に摘示された事実が真実であると認めることはできない。本件懇談会が開催された当時には、原告は本件裸婦画の展示について問題点の指摘をしてもらいたい旨述べたに止まり、それ以上に個人的意見を述べていたことはないから、記載(4)に摘示された事実が真実であると認めることができない。本件懇談会において意見書が配布されたものの、本件裸婦画について特に議論されなかったと認められ、本件懇談会の出席者が原告の主張に対して困惑するという事態は起こる余地がなかったから、記載(5)に摘示された事実が真実であると認めることができない。原告は「裸=セクハラ」という考えを持っていたことを認めるに足りる証拠はないから、記載(6)に摘示された事実を真実と認めることはできない。
 記載①について、被告は原告が本件裸婦画を取り外すよう要求したとされる意見書を入手せず、記者は問題提起をしたのは「女性弁護士数人」と認識しながら、法律事務所事務員の発言のみから原告のみが上記要求をしたと軽信して、そのように記載したものと認められる。記載(2)について、記者が取材した人物のうち上記3名は、裸婦画を新会館に飾ることがセクハラに当たるという考えには強く否定的であったことが認められるが、そこから直ちに原告が嘲笑されていたとまで推認することは困難である。記載(3)について、弁護士の発言から、同弁護士が驚いていたと記述することは必ずしも当を得ない。記載(4)について、F弁護士は本件懇談会に出席し、本件意見書を出席者に配布したことが認められ、こうした経過を踏まえるとF弁護士が上記のような発言をすることは考えられず、かえって、記者自身、原告に対する取材の際に、原告は本件懇談会に出席していないのではないかと思っていたことが認められる。記載(5)について、記者が作成した取材原稿にも、本件懇談会の出席者が困惑した旨の記載は一切存在しないことが認められる。記載(6)について、記者は原告に対し取材を行ってはいるものの、その際原告が本件意見書を配布した経緯についてやりとりがあったのみで、特に原告に対してセクハラに対する考え方について議論したり、これを確認したりしたことがなかったことが認められる。そうすると、被告が記載(1)ないし(6)において摘示された事実のいずれについても、真実と信じたことに相当の理由があるということもできないから、本件記事による被告の名誉毀損行為について、違法性阻却事由等は存在しないというべきである。
3 損害額及び謝罪広告の要否について
 本件記事のうち、(1)ないし(6)はいずれも真実と認めるに足りる証拠がない上、逆に真実でないというべき記載も存在し、被告が(1)ないし(6)記載の各事実について真実であると信じたことについて相当の理由も認めることができず、かえって記者の取材を通じて得られた内容と相違する事実をあたかも真実であるかのように記載されたものも存在するから、被告の名誉毀損行為等の違法性は軽視できない。被告は、本誌について広告をし、定価300円で72万部を発行していること、インターネットで記事の紹介がなされる状態であったことを踏まえると、本件記事が全国に流布し、これに伴って原告の精神的被害も拡大したのに対し、被告は本誌の売上げにより相当程度の利益を上げたものと推認される。
 原告は本件記事により社会的評価を低下させられたほか、本件記事が掲載された当時、読者と思われる者から京都弁護士会に対し、原告の発言は男女差別、女尊男卑である等として懲戒申立がなされ、原告は答弁書の作成等を余儀なくされたこと、精神的苦痛により事実上弁護士業務を停止していた時期もあったことが認められる。本件記事の表現や構成の態様、それによる名誉毀損行為の違法性の程度、他方、被告が本誌の発行により得ている利益及び本件に現れた一切の事情を総合すると、原告の被った精神的苦痛に対する慰謝料としては300万円が相当であり、弁護士費用としては30万円を認めるのが相当である。一方、本件記事は一応公益を図る目的により掲載されたことが認められること、既に本件記事が掲載されてから一定程度の時間が経過していること、被告に対し330万円にのぼる慰謝料等の支払いを命じることにより、原告の名誉の回復は相当程度可能と考えられること、その他本件に現れた諸般の事情を考慮すれば、原告の名誉を回復するために謝罪広告を必要とするとまで認めることはできない。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
その他特記事項
本件は控訴された。