判例データベース
大学教授アカ・ハラ名誉毀損控訴事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 大学教授アカ・ハラ名誉毀損控訴事件
- 事件番号
- 大阪高裁 − 平成16年(ネ)第1235号
- 当事者
- 控訴人(附帯被控訴人) 個人1名
被控訴人(附帯控訴人) 個人1名 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2005年08月25日
- 判決決定区分
- 原判決取消・請求棄却、附帯控訴棄却(上告)
- 事件の概要
- 被控訴人(附帯控訴人・第1審原告)は、N県立医科大学公衆衛生学教室の教授、控訴人(附帯被控訴人・第1審被告)は同教室の女性助手である。
控訴人は、被控訴人から研究活動について種々の嫌がらせを受けたとして、平成10年に、被控訴人及びN県を相手取って、550万円の損害賠償請求を行った(先行訴訟)。第1審では、いくつかの点で被告(本件被控訴人)に嫌がらせ行為があったとして55万円の損害賠償を命じたが、控訴審では非常勤講師就任の妨害だけを認め、11万円のみ損害賠償を認めたため、控訴人(原告・本件控訴人)は上告したところ、不受理とされて判決は確定した。その後、被告の情報提供による書籍の出版(記事1)、被告自身の執筆による書籍の出版(記事2)がなされたところ、その内容が被控訴人の大学教授としての名誉を毀損するものであるとして、被控訴人は控訴人に対し560万円の慰謝料等を請求した。
第1審では、控訴人の行為は被控訴人に対する名誉毀損に当たり、事実の摘示の重要な部分について真実の証明があったとはいえないとして、控訴人に対し33万円の慰謝料等の支払いを命じたため、控訴人はその取消しを求めて控訴する一方、被控訴人は損害賠償額の引き上げを求めて附帯控訴した。 - 主文
- 1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 前項の取消に係る被控訴人の請求を棄却する。
3 本件附帯控訴を棄却する。
4 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 1 本件各記事が被控訴人の名誉を毀損するか
記事1は、教授である被控訴人が、自己の教室に属する助手の控訴人に対し、控訴人が中心になって基礎助手会を結成し、大学当局の方針に反対を表明したことを契機に、目障りな控訴人を教室から追い出そうという不当な目的をもって、数々の執拗な嫌がらせ行為を行っていることを述べたものであるから、これが一般の読者の読み方からして被控訴人の社会的評価を低下させる性質の記事であることは明らかであり、被控訴人の名誉を毀損するものと認められる。
記事2は、教授である被控訴人が、助手である控訴人に対し、控訴人が基礎助手会を結成しその代表になったことを契機に、不当な目的をもって行動監視、誹謗中傷その他数々の嫌がらせ行為を執拗に行っていることを述べたものであるから、これが一般の読者の通常の読み方からして被控訴人の社会的評価を低下させる性質の記事であることは明らかであり、被控訴人の名誉を毀損するものと認められる。
2 本件記事が公共の利害に関するか専ら公益を図る目的に出たものか
本件各記事は、N県立医科大という公の教育機関の内部における、いずれも公務員である教授と助手との間の紛争及び同紛争をめぐる先行訴訟の提起とその経過を読者に伝える内容のものであり、公共の利害に関する事実に係るものであると認められる。本件各記事は、いずれもアカデミック・ハラスメントと呼ばれる大学等における権力関係を背景とした上司からの嫌がらせ等を一般読者に認知させることを意図し、その一事例として被控訴人と控訴人との紛争が取り上げられていること、控訴人は、被控訴人との紛争が自己に特殊な事例ではなく、多くの研究機関において生じている同種の問題の1つであると理解し、記事1に係る情報を著者に提供し、記事2を自ら執筆したものであり、記事1に係る著者も同様の問題意識を持って同記事を執筆したものであることが認められる。これらの事実によれば、本件各記事は公益を図る目的に出たものということができる。
3 本件各記事の真実性ないし真実と信ずるについての相当の理由の有無
事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、上記行為には違法性がなく、仮に上記証明がないときにも、行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定される。一方、ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、上記意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、上記行為は違法性を欠くものというべきであり、仮に上記証明がないときにも、行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当な理由があれば、その故意又は過失は否定される。また、法的な見解の正当性について意見ないし論評を表明する自由が民主主義社会に不可欠な表現の自由の根幹を構成するものであって、これを手厚く保障する必要があることからしても、法的な見解の表明それ自体は、事実を摘示するものではなく、意見ないし論評の表明に当たるものというべきである。そして、本件記事は、いずれも原告の行為がいわゆるアカデミック・ハラスメントに当たるという法的な見解を意見ないし論評として表明したものと解するのが相当である。
記事1のうち、嫌がらせの契機が控訴人が中心になって基礎助手会を結成し、教授会の改革案に反対を表明したこと、出張妨害、実験機器の管理・指導に対する嫌がらせ、昇進差別、兼業妨害、休暇取得への嫌がらせ等、記事2のうち、被控訴人が教授就任半年後くらいから控訴人を攻撃するようになったこと、出張妨害、研究室への不当な干渉、研究費の不当配分、出講妨害等、本件各記事の記載は、被控訴人の嫌がらせ、妨害、不当な干渉などの動機・目的を有していたか否かの主観的な要素の点はさておき、客観的な事実のうち重要な部分については、真実であると認めることができる。
一方、被控訴人の控訴人に対する言動のうち、公務員の守秘義務、服務規律、機器の使用に関する事項等は、管理者として当然に行うべき管理・指導行為であるといえ、控訴人に対する嫌がらせ等の意図を有していたとまでは認め難い。しかしながら、認定事実からすれば、被控訴人のこれらの言動には、地方公務員としての控訴人の上司という立場からの単純かつ形式的な職員管理の観点ばかりでなく、大学教授として通常想定されるありようをいささか逸脱したものがあるといわざるを得ないのであって、被控訴人は、時の経過とともに、次第に控訴人に対する嫌がらせ、妨害あるいは揶揄の意図を含む言動を行うようになったと認められる。
上述したところによれば、本件各記事は、被控訴人の主観的な動機・目的の点を含めて、その重要な部分について真実であることの証明があったと認めることができる。また、仮に被控訴人の主観的な動機・目的の点において重要な部分につき真実であることの証明があったとまではいえない点があるとしても、全体としてみれば、記事1、2が被控訴人の言動に控訴人に対する嫌がらせ、妨害あるいは揶揄の意図が含まれるようになった時期以降に情報提供ないし執筆されたと考えられることを考慮すると、控訴人は、自己が被控訴人の教授就任に反対し、基礎助手会を結成してその代表となったことを契機として、被控訴人が自己に対する嫌がらせや妨害等の行為に出たもの、すなわち、いわゆるアカデミック・ハラスメントに当たると信じて、これに対抗し、これを是正すべく、記事1、2の情報提供ないし執筆をしたということができ、控訴人がそのように信ずるにつき相当の理由があったと認めるのが相当である。
そして、本件記事の内容、それらが掲載された書物、本件各記事の趣旨、控訴人と被控訴人との大学における緊張・対立関係及び控訴人の意図ないし目的が上記の通りであること、通常使用される非難、批判の表現の域を出ず、特に必要以上に人身攻撃に及んだものと認められないことに照らせば、本件各記事が意見ないし論評としての域を逸脱したものということはできない。以上によれば、本件各記事による名誉毀損行為は違法性を欠くものであり、仮にそうでないとしても、控訴人に故意又は過失はないから、控訴人は不法行為責任を負わない。 - 適用法規・条文
- 02:民法
- 収録文献(出典)
- 判例時報1982号82頁
- その他特記事項
- 本件は上告された。先行訴訟は、2000年10月11日 大阪地裁平成10(ワ)2808号、2001年1月29日 大阪高裁平成12(ネ)3856号
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
奈良地裁 - 平成15年(ワ)第137号 | 一部認容・一部棄却(控訴) | 2004年03月17日 |
大阪高裁 − 平成16年(ネ)第1235号 | 原判決取消・請求棄却、附帯控訴棄却(上告) | 2005年08月25日 |