判例データベース

看護師ダイエット健康障害事件

事件の分類
職業性疾病
事件名
看護師ダイエット健康障害事件
事件番号
名古屋地裁 - 平成16年(ワ)第1803号
当事者
原告個人3名 A、B、C

被告医療法人Y
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2005年10月06日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 被告は被告病院等を開設する医療法人であり、原告A(昭和49年生)は、平成4年に高校卒業後被告病院に看護助手として就職し、平成6年3月に准看護師の資格を取得して同病院に勤務していた女性であって、原告B及び原告Cは、原告Aの養父母である。

 平成11年12月10日、被告病院の忘年会が行われ、その席上で経腸栄養剤エンシュア・リキッド(以下「Eリキッド」)を用いてダイエットをすることが話題に出た。忘年会に参加した原告Aは、当時、身長158cm、体重71kgであり、ダイエットに関心を有しており、同月14日、被告院長にダイエットする旨伝え、E缶ダイエットを始めたが、平成12年3月23日をもってこれを止めた。

 同年6月頃から、原告Aは発熱と頭痛を訴え、不明熱と診断されて、同月28日から同年8月10日までの間F病院内科に入院し、同年12月7日G病院外科に入院し、虚血性障害と診断され、平成13年1月5日に同病院精神科に転科となり、同年3月10日に退院した。原告Aは、この間「うつ状態、過敏性腸症候群、摂食障害」との診断の下で治療を受けた。主治医がH病院へ転勤したことから、原告Aは平成13年4月11日以降H病院に通院し、「身体表現性障害、過敏性腸症候群、頭痛症」と診断され、カウンセリングや薬物療法の治療を受けた。原告Aは、同年6月19日から同年9月16日まで「過敏性腸症候群」との診断名でH病院に入院し、同年12月10日、G病院神経内科を受診し、脳実質に明らかな異常を認めない旨の診断を受け、平成14年5月9日から同年8月2日まで「摂食障害、うつ状態、身体表現性障害」との診断名でH病院に入院し、同年11月9日から同月19日まで「嘔吐症」の診断名で、G病院消化器内科に入院した。原告Aは、平成15年7月17日から同月29日まで、「腎機能障害、拒食症」の診断名で、G病院腎臓内科に入院した。原告Aは、平成16年10月27日に「うつ状態、摂食障害、腎機能障害」と診断され、同年11月6日までI病院に入院し、その後も治療を受けている。
 原告Aは、院長が被告病院として肥満外来を考えており、E缶ダイエットの研究をしたいとして、そのモニター要員を募集したため、これに応募したものであり、被告病院との間でダイエット研究のモニター契約が成立したこと、1日に摂取するカロリーは750kcalと、栄養不足の許容限度を明らかに逸脱し、減量方法として著しく過激であること、原告Aは院長からダイエットを止めようと言われて止めたこと、原告Aは不幸な生い立ちから摂食障害を起こしやすい人格傾向とされているところ、院長はその個人的因子について、問診又は勤務態度等から十分に知り、又は知り得る状況であったにもかかわらず、E缶ダイエットの被験者として最も不適当な原告Aを対象者として選択したことを主張した。その上で、原告らは、院長は原告Aの身体及び健康の安全に配慮すべき注意義務を負いながら、同人の健康状態、栄養状態等のデータを計測せず、E缶ダイエットの危険性について全く説明しないなど、モニター契約若しくは診療契約上の安全配慮義務、説明義務に違反し、これらの義務違反によって原告Aは著しい健康障害を受けたとして、被告に対し、治療費314万3501円、入通院慰謝料322万円、休業損害797万2678円、労働能力喪失率を56%として逸失利益4238万9093円、後遺障害慰謝料940万円、原告B、Cの慰謝料200万円、弁護士費用各350万円を請求した。
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
判決要旨
 院長は、原告AがE缶ダイエットを実施していた間、処方する際に原告Aの体重を確認しただけであって、他の身体所見をとることがなく、原告Aの日々の体重の推移や同人の摂取した飲食物の詳細を把握しようとしたり、カロリー計算等の指示や、栄養状態及び健康状態のチェックをしようとした形跡は全く窺われない。原告らが主張するとおり、院長が被告病院において肥満外来を考えていたとすると、原告Aから詳細なデータを取得するものと想定されるが、院長は原告AのE缶ダイエットの経過についてほとんど関心を寄せた形跡が見られず、また被告病院がE缶ダイエットの研究をするのであれば、原告A以外の他の看護師らにも呼びかけて病院を挙げて検討する態勢を取るものと考えられるにもかかわらず、こうした態勢が取られたことを窺わせる証拠は全く存しない。

 原告らは、原告AがE缶ダイエットを終了したのは院長の指示による旨主張するが、原告Aは目標体重の50kgになったためダイエットを止めたと述べており、E缶ダイエットの終了について院長は関与しておらず、原告Aが自らの意思で終了したものと推認される。院長が、(1)原告Aに対し通常の診療録とは別の診療録を作成するよう指示したこと、(2)処方の際原告の体重を4回にわたって確認したこと、(3)原告Aに対し水やお茶は飲んでも良いが、Eリキッド以外にカロリーのあるものは取らないように述べたことが認められるが、これらはE缶ダイエットの実施を援助することにした医師としてはいわば当然のことと解され、これらの事実からモニター契約が締結されたものと解することはできない。また、院長は原告AのE缶ダイエットを援助するために無償でE缶を提供したものであることからすれば、Eリキッドを処方する都度、被告と原告Aとの間で診療契約が成立したものであるとする原告らの主張を採用することはできない。

 原告Aは被告病院に勤務していた者であり、院長は原告AにEリキッドを処方しているから、院長としては原告AからE缶ダイエットの実施に無理がないかどうかを聞き出し、同人に対して適切なアドバイスをすべきであったものと解する余地がないとはいえない。しかし、摂食障害はダイエットを契機として発症することが多く、ダイエットを開始した者のうち、身体的・心理的素因を持つ者に発症するものとされているが、摂食障害の原因については必ずしも解明されていると解することはできず、ダイエットを実施している者のうち特定の者に何らかの障害が生じるかどうかを予測することは必ずしも容易ではないものと認められる。そうすると、被告又は院長が原告AのE缶ダイエットの実施についてモニター契約等に基づく債務を負っているものではないこと、原告Aは准看護師として被告病院に勤務し一定の医学知識を有していることに加え、体調の変化等があった場合には自ら医師に対してアドバイスを求めることができたのに、これを求めたことは全く窺われないことなどの諸事情を総合して考えると、原告AがE缶ダイエットを実施したことにつき、院長が法的責任を負うべき注意義務違反行為をしたものと解することはできない。
 E缶ダイエットを実施していた平成11年12月から平成12年3月までの期間中における原告Aの勤務状況をみると、原告Aは、他の期間中と同様の勤務を続けていたことが認められる。そして、この間、原告Aの勤務状況に問題のあったことや、原告Aから勤務区分等について何らかの申入れがあったことを窺わせる証拠は存しないから、上記期間中、原告Aには勤務に影響を与えるような体調の不調はなかったものと解されるし、院長及び他の医師らが原告Aの体調の悪化に注意を払う機会はなかったものというべきである。
適用法規・条文
民法
収録文献(出典)
その他特記事項