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D社社員うつ病自殺事件【うつ病・自殺】

事件の分類
うつ病・自殺
事件名
D社社員うつ病自殺事件【うつ病・自殺】
事件番号
東京地裁 − 平成5年(ワ)第1420号
当事者
原告 個人2名B、C
被告 株式会社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1996年03月28日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 A(昭和41年生)は、大学卒業後の平成2年4月に被告に入社し、ラジオ局推進部に配属された。被告における正規の労働時間は午前9時半から午後5時半までであり、労組との間の時間外労働協定(三六協定)では、男子については1日6時間半が限度とされていたが、労働時間が協定の上限を超過した場合は、所属部長が顛末書を人事局長に提出することになっていたこと等から、労働時間を勤務時間報告表に正確に記載する社員は少なかった。

 Aの勤務状況報告表によれば、平成2年度の時間外労働は、深夜を含めて1ヶ月当たり54時間ないし92時間、年間で休日労働も含めて723時間になっている。他方、監理員巡察実施報告書によれば、Aが午前2時以降に退館したとして記載されているのは、1回ないし10回であり、平成3年に入ってからは、1月10回、2月8回、3月7回と増加している。平成3年度の報告表によれば、4月から7月までのAの時間外労働は48時間から73時間となっているが、監理員巡察報告書によれば、Aの退館として記録されているのは、4月6回(うち徹夜1回)、5月5回(1回)、6月8回(1回)、7月12回(8回)、8月10回(6回)となっている。

 Aは、平成2年度には元気に仕事をしていたが、平成3年度に入ると長時間労働が更にひどくなったことから、次第に元気をなくし、うつうつとして顔色が悪くなり、自信を喪失し、自殺の予兆となるようなことを口にするようになった。同年8月に入ってもAの徹夜を含めた長時間労働が続き、同月24日から26日までイベントのため出張し、帰宅した同月27日、自宅で自殺していることが確認された。
 Aの両親である原告らは、長時間労働による疲労及び睡眠不足がAをして疲労困憊性うつ病に陥らせ自殺を引き起こしたから、Aの自殺と業務との間には相当因果関係があること、被告は雇用主として労働時間・労働状況を管理し、社員の健康が侵害されないよう配慮すべき義務があるのにその義務を怠った過失あることを主張し、被告に対し民法415条、709条、715条に基づき、逸失利益1億6166万円、退職金等1071万円、慰謝料3000万円、弁護士費用2023万7000円を請求した。これに対し被告は、Aが早朝まで在館していたことは認めながら、それがすべて業務のために充てられていたとは考えられないこと、Aの自殺には個人生活や家庭環境に基づく事情の影響も否定できないことを主張して争った。
主文
1 被告は、原告ら各自に対し、それぞれ金6294万0294円及びこれらに対する平成3年8月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は、これを10分し、その4を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 Aの労働時間の過剰性について

 Aは、少なくとも40社をスポンサーとして担当し、そのうち数社に対し、同時並行的にタイムセールス、イベントの企画立案を行い、営業局員と打合わせをし、自らスポンサー先に出向く等に加え、本来業務でない雑用を求められることもあったこと等からすれば、その処理していた業務は相当多いものであったと認められる。Aと同期入社で同じ局に配属されたTは、スポンサーを30社前後担当したが、いつも午前1時や2時まで残業し、朝まで社内に残ることもあったというのであるから、Tよりも更に担当するスポンサー数の多かったAは、T以上に労働時間を必要としたと推認されること、Tは残業時間が月間90時間を超えると、上司から理由を聞かれることから、説明する自信のない業務は、それに要した残業時間を控除した上で勤務状況報告表に記載しており、Aについても同様な状況にあったと考えられること、Aは落ち着いて仕事のできる午後8時以降から企画、立案等を始めていたから、報告表に記載された平均勤務終了時刻である午後9時頃(平成2年度)や午後7時55分頃(平成3年度)などに業務が終了していたとは到底考えられないこと、Tは、会社に在館中のAは基本的に仕事をしていたと証言しており、Sも深夜職場においてAが仕事以外のことをしていた形跡は認められない旨証言していること、平成3年1年間を対象とした労組による調査によれば、午後10時以降の報告表について、真実と異なる申告をした者の割合が、男子につき42.9%、女子につき58.7%に及んでいること等の事情を総合して考慮すれば、Aが、退館時刻までの間に食事や仮眠等をしていたとしても、それらは残業に付随して、これに必要な限りでなされたに過ぎず、その大半は自己の業務を処理するために充てられていたと認めるのが相当である。したがって、報告表から算出される平均勤務終了時刻と、監理員巡察実施報告書上の退館時刻との差は、実際には、基本的に残業に充てられていたと認めるのが相当である。

 そうすると、Aは、休日も含め、平成3年1月から3月までは、4日に1度の割合で、同年4月から6月までは約5日に1日の割合で、同年7月及び8月については、5日に2日の割合で、深夜2時以降まで残業していたのであり、いわば慢性的に深夜まで残業していた状態であったということができ、とりわけ同年7月及び8月については、休日も含めて4日に1回は午前6時30分に至るまで残業し、8月については、出張までの22日間に、約3日に1回は午前6時30分に至るまで残業をしていたというのであるから、Aは、社会通念上許容される範囲をはるかに超え、いわば常軌を逸した長時間労働をしていたものというべきである。

2 Aの業務と自殺との因果関係について

 Aは、心身とも健康で、希望と熱意に燃えて被告に入社し、慢性的な深夜に至る残業にもかかわらず、総じて平成2年度中は元気に仕事に取り組んでいたものということができる。しかしながら、平成3年になると、休日、平日を問わない深夜に至るまでの長時間残業の状態が更に悪化し、Aは顔色が悪くなり、元気がなく、うつうつとした暗い感じになり、仕事に対して自信を喪失し、精神的に落ち込み、2時間程度しか眠れなくなったというのである。Aには前記のうつ状態に符合する諸症状が窺われるほか、精神疾患の既往はなく、家族歴にも精神疾患はないことをも考慮すれば、Aは常軌を逸した長時間労働とそれによる睡眠不足の結果、同年7月頃には心身共に疲労困憊し、それが誘因となってうつ病に罹患したものと認めるのが相当である。にもかかわらず、同年8月には労働時間は更に増加し、ほとんど帰宅しない日々となり、傍目にも明らかに元気がなくなり、自信を喪失した言動や自殺の予兆であるかのような言動や、異常な言動等をするようになり、同月23日から26日までのイベントが終了して肩の荷が下りてほっとするとともに、翌日から再び同様な長時間労働の日々が続くことに虚しい気持ちに陥り、そのうつ状態が更に深まったために、その結果として自殺したものと認めるのが相当である。

 確かにAには、几帳面、完全主義といった性格があり、それが仕事の進行を遅らせ、時間配分を不適切なものにしたという側面はあったとしても、Aと同期のTも午前1時や2時に至るまで残業をするのが通常であったこと、被告においては、社員の三六協定に違反した深夜に至る残業が従前からの懸案事項であったこと等からすれば、Aの長時間労働は基本的にその業務の多さに由来するものと認めるのが相当である。そして、その労働時間が著しく長時間に及び、ことに自殺直前の8月には、約3日に1回は午前6時30分に至るまで残業をするという異常な状況であったことに照らして考えるならば、うつ病はAの性格もさることながら、長時間労働及びそれに基づく睡眠不足による疲労という誘因が存在した結果であると認めるのが相当である。

 そして、Aの長時間労働、平成3年7月頃からの異常な言動等に加え、うつ病患者が自殺を図ることが多いことも考慮すれば、Aが長時間労働により心身共に疲弊してうつ病に陥り、自殺を図ったことは、被告はもちろん通常人にも予見することが可能であったというべきであるから、Aの長時間労働とうつ病との間、更にうつ病とAの自殺による死亡との間には、いずれも相当因果関係があるというべきである。

3 被告の過失の有無

 被告は、雇用主として、その社員であるAに対し、同人の労働時間及び労働状況を把握し、同人が過剰な長時間労働によりその健康を侵害されないよう配慮すべき安全配慮義務を負っていたものというべきところ、Aは社会通念上許容される範囲をはるかに逸脱した長時間労働をしていたものである。そして、Aがしばしば翌朝まで会社で徹夜して残業をすることは、その直属の部長であるUが、既に平成3年3月頃には知っており、Aの直属の班長であるSにこれを告知したが、自ら長時間労働を軽減させる措置は何ら採らなかったこと、SはAに対し、なるべく早く仕事を切り上げるように注意はしたものの、具体的な方策は何ら行わなかったこと、Sは、同年7月にはAの健康状態が悪いことに気づきながらも、何らの具体的な措置を採らないまま、同人が従前通りの業務を続けるままにさせたこと、同年8月に至って、AはSに対し、自信を喪失した言動や、自殺の予兆のような言動や異常な言動をするようになり、SもAの様子がおかしくなっていることに気づきながら、Aの健康を配慮しての具体的な措置はなお何ら取られなかったこと等の事情に鑑みれば、被告の履行補助者であるU及びSには、Aの常軌を逸した長時間労働及び同人の健康状態の悪化を知りながら、その労働時間を軽減させるための具体的な措置を取らなかった過失があるといわざるを得ない。したがって、被告は、U及びSの安全配慮義務の不履行に起因して、Aが被った損害を賠償する義務があるというべきである。

4 損害

 Aは死亡しなければ、平成4年当時の被告社員のモデル年収を定年である60歳に至るまでの36年間得ることができたと推認され、退職時には退職金を得ることができたと推認される。また、Aが前途有望な青年であったこと、自らの寝食を忘れて被告における業務に没頭した結果、うつ病に罹患して自殺に至ったこと、その他本件に顕れた一切の事情を斟酌すれば、Aの本件死亡による精神的苦痛を慰謝するための金額は、2000万円とするのが相当である。以上により、Aの総損害額は1億1588万0588円であるところ、相続により、原告A及び原告Bがそれぞれ2分の1を取得したものということができる。また、弁護士費用は、原告A及び原告Bにつきそれぞれ500万円と認めるのが相当である。
適用法規・条文
02:民法415条、709条、715条,
収録文献(出典)
労働判例692号13頁
その他特記事項
本件は控訴された。