判例データベース
D社社員うつ病自殺控訴事件【うつ病・自殺】
- 事件の分類
- うつ病・自殺
- 事件名
- D社社員うつ病自殺控訴事件【うつ病・自殺】
- 事件番号
- 東京高裁 − 平成8年(ネ)第1647号(控訴)、東京高裁 − 平成8年(ネ)第4089号(附帯控訴)
- 当事者
- 控訴人(附帯被控訴人) 株式会社D
被控訴人(附帯控訴人) 個人2名B、C - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1997年09月26日
- 判決決定区分
- 一部変更・一部棄却(上告)
- 事件の概要
- Aは、大学卒業後の平成2年4月に控訴人(附帯被控訴人・第1審被告)に入社し、ラジオ局推進部において勤務していたところ、特に平成3年度に入ってから、深夜勤務、徹夜勤務を含む非常な長期間労働が続いたことからうつ病に罹患し、平成3年8月27日に自宅で自殺した。これにつき、Aの両親である被控訴人(附帯控訴人・第1審原告)は、Aの自殺は異常な長時間労働が原因であるとして、控訴人に対し、逸失利益1億6000万円余、慰謝料3000万円を含む総額2億2000万円余の損害賠償を請求した。
第1審では、Aは勤務状況報告表に記載されたよりも遙かに多くの常軌を逸した長時間労働をしていたことを認め、そのことが原因となってうつ病に罹患して自殺に至ったとして、控訴人に対し、慰謝料2000万円を含む総額1億6000万円余の損害賠償を命じた。
これに対し控訴人は、Aは仕事以外の個人的事情から会社内に在館していたこと、Aがうつ病に罹患していたとする確たる証拠はないこと、仮にAがうつ病により自殺したとしても、その原因は恋人であるMとの愛情関係上のストレスにあること、父親である被控訴人Gに対する反発等があったこと、Aの自殺を予見することは不可能であったことなどを主張して、Aの自殺は個人的事情によるものであると主張して控訴した。 - 主文
- 1 原判決を次のように変更する。
一 控訴人は、被控訴人らそれぞれに対し、金4455万8205円及びこれに対する平成3年8月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
二 被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
2 本件附帯控訴を棄却する。
3 控訴費用は、第1、第2審を通じてこれを2分し、その1を控訴人の、その余を被控訴人らの負担とする。
4 この判決の第1項の一は、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- AがMとの早期の結婚を望み、その意思表示をしたのに対し、Mが卒業してから考えると婉曲に返事を避けていたことが認められるが、その後2人の交際は順調に続き、日増しに親密の度を加えていったことが認められることなどからすると、AがMとの恋愛問題に悩み、2人の将来を悲観してストレスが高じていたものとは考え難い。また、控訴人は、父親である原告Bが潜在的に厳しい恐怖の対象としてAの心の中で大きな位置を占めていたことから、Gに対する反発等がAの自殺の原因であった可能性があると主張するようだが、Mの家に近いマンション借入れをGから反対されたこと、タレントになることを希望しながらGに反対されたことは認められないではないが、これらの事実がうつ病ないし自殺の誘因となったことを窺わせるものということはできず、かえってAは自宅までの帰宅時間がないときには、Gの事務所に泊まったり、GのYシャツを借りて着たりしていることが認められることに照らすと、控訴人の主張は採用の限りではない。
控訴人は、自殺は本人の自殺念慮に起因し自ら死を選択するものであり、控訴人にはそれを予見することも、これを回避することも全く不可能であるから、Aの死亡につき安全配慮義務が成立する余地がないと主張するが、控訴人はAの常軌を逸した長時間労働及び同人の健康状態(精神面も含め)の悪化を知っていたものと認められるのであり、そうである以上、Aがうつ病等の精神疾患に罹患し、その結果自殺することもあり得ることを予見することが可能であったというべきである。
認定事実によれば、過労ないしストレス状況があれば誰でもうつ病に罹患するわけではなく、うつ病の罹患には、患者側の体質、性格等の要因が関係していると認められるところ、Aは真面目で責任感が強く、几帳面かつ完璧主義者、自ら仕事を抱え込んでやるタイプで、能力を超えて全部自分で背負い込もうとする行動傾向があったものであり、Aにこのようないわゆるうつ病親和性ないし病前性格が存したことが、結果として自分の仕事を増やし、その処理を遅らせ、また仕事に対する時間配分を不適切なものにし、更には自分の責任ではない仕事の結果についても自分の責任ではないかと思い悩むなどの状況を作り出した面があることは否定できないこと、Aが実際の残業時間よりもかなり少なく申告していたことが上司においてAの実際の勤務状況を把握することをやや困難にしたという面があり、そのように申告せざるを得ない状況にあったとしてもなお、過労を上司に訴えて勤務状況を少しでも改善させる途がなかったとはいえないし、そもそも控訴人において必要とされるような知的・創造的労働については、日常的な業務の遂行に関して逐一具体的な指揮命令を受けるのではなく、一定の範囲で労働者に労働時間の配分、使用方法が委ねられているものというべきであるところ、Aは時間の適切な使用方法を誤り、深夜労働を続けた面もあるといえるから、Aにもうつ病罹患につき、一端の責任があるともいえること、うつ病罹患の前あるいは直後には、Aは精神科の病院に行くなり、会社を休むなどの合理的な行動を採ることを期待することも可能であったにもかかわらず、これをしていなかったこと、被控訴人らも独身のAと同居し、Aの勤務状況、生活状況をほぼ把握しながらこれを改善するための具体的措置を採ってはいないことなどの諸事情が認められ、これらを考慮すれば、Aのうつ病罹患ないし自殺という損害の発生及びその拡大について、Aの心因的要素等被害者側の事情も寄与しているものというべきであるから、損害の公平な分担という理念に照らし、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、発生した損害のうち7割を控訴人に負担させるのが相当である。
以上によれば、被控訴人らの控訴人に対する請求は、被控訴人らそれぞれに対し、金4455万8205円及び遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当として棄却すべきである。 - 適用法規・条文
- 02:民法709条、722条2項
- 収録文献(出典)
- 労働判例724号13頁
- その他特記事項
- 本件は上告された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
東京地裁 − 平成5年(ワ)第1420号 | 一部認容・一部棄却(控訴) | 1996年03月28日 |
東京高裁 − 平成8年(ネ)第1647号(控訴)、東京高裁 − 平成8年(ネ)第4089号(附帯控訴) | 一部変更・一部棄却(上告) | 1997年09月26日 |
最高裁 − 平成10年(オ)第217号、最高裁 − 平成10年(オ)第218号 | 一部上告棄却・一部破棄差戻 | 2000年03月24日 |