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S社うつ病自殺事件【うつ病・自殺】
- 事件の分類
- うつ病・自殺
- 事件名
- S社うつ病自殺事件【うつ病・自殺】
- 事件番号
- 静岡地裁浜松支部 - 平成17年(ワ)第60号
- 当事者
- 原告 2名 A、B
被告 S株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2006年10月30日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、自動車の製造・販売等を業とする会社であり、T(昭和35年生)は、大学を卒業後昭和58年4月に被告に雇用された者である。
Tは、入社後平成10年5月までの間、座席の設計・製造を行うシート部門で勤務した後、同年6月から被告の子会社であるS社に出向し、シート関係の設計業務の管理的部署を担当した。平成12年9月、TはS社から被告に戻り、小型自家用自動車技術グループに配属され、課長代理に昇進した。平成14年2月、Tはリッターカーの車体及び艤装の設計業務を担当する「ヨコ2」の責任者(通称「課長」)に昇進した。
Tは、ヨコ2に異動になってから、時間外労働が月140時間程度にのぼり、平成14年4月15日午後1時35分頃、本社ビル5階屋上から飛び降り自殺した。Tの両親である原告らは、平成15年2月21日、労働基準監督署長に対し、Tの自殺について労災保険法に基づき、遺族補償年金等の支給を請求し、平成16年5月27日、同署長はTの自殺を業務上災害と認め、葬祭料として93万1560円、遺族補償年金として1265万4683円を支給した。また、被告は遺族補償金及び埋葬料として、原告らに2800万円、深夜就業手当として1万2213円を支払った。
原告らは、被告には契約上Tの労働時間を適切に管理し、心身の健康が害されないように配慮すべき義務があるのに、これを怠って長時間労働をさせ、人事考課など精神的負荷をかけたことによりTにうつ病を発症させて自殺に至らしめたとして、慰謝料各自2000万円を含む各自4562万6330円の損害賠償を請求した。
これに対し、被告は、安全配慮義務違反はなかったこと、Tには性格上「粘着気質」といううつ病にかかりやすい性格であったことが指摘されていること、健康上不安を抱えていたこと、先天性脳性麻痺の妹、人工透析をしている弟の健康問題について心を痛めるなど、Tのうつ病の発症は個人的事情によるものであると主張して争った。 - 主文
- 1 被告は、原告ら各自に対し、それぞれ2933万3144円及びこれに対する平成17年2月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを10分し、その4を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 Tのうつ病の発症の要因
平成12年10月から平成14年1月末までの間、Tは1ヶ月から3ヶ月程度海外出張をし、その後1ヶ月程度被告本社において勤務していたところ、海外出張中の労働時間は1日8時間程度であって、休日出勤もなく、被告本社勤務中は、概ね始業が午前8時45分、終業が午後7時から8時頃であり休日出勤はなく、月に1回程度有給休暇も取得していたと認められる。平成14年2月からは、始業は午前8時45分、終業は同年3月20日までは少なくとも午後9時、それ以降は午後10時であり、休憩時間45分を認めることができる。Tの休日出勤についてみると、同年3月1日から3日までの3連休はいずれも出勤したと認められ、Tがヨコ2に異動してからの月平均の時間外労働時間は、約104時間51分となる。
(1)Tはシート設計業務を長年行っていたところ、平成14年2月の異動によって車体設計という異なる業務に異動となったことや、部下の人数も増加してその人事評価も行うようになったことなどから、その業務に重圧を感じるようになったこと、(2)Tは平成14年2月以降、少なくとも午後9時ないし午後10時頃まで勤務し、週休2日のうちいずれかは出勤するようになり、月平均で約100時間もの時間外労働をするようになったこと、(3)Tは、ヨコ2に異動する前の業務に関して、コストアップになったことが判明したことやシートベルトの試験が失敗したことに関して非常に心配していたこと、(4)この頃からTは呆然とした状態になることがあり、周囲の者に対し意味不明な発言をするようになり、同年4月頃にはうつ病を発症したことを認めることができる。このような事情に加えて、医師らの見解をも考慮すれば、他にうつ病の主たる要因を疑わせる事情がない限り、Tは長時間労働等被告の業務を主たる要因としてうつ病を発症したものと推認することができる。
医師は、Tがうつ病にかかりやすい性格であったと指摘しているものの、上記長時間労働などの業務の内容からすると、Tの性格がうつ病の発症に寄与したであろうことは否定できないものの、これが主たる要因となったということはできない。また、Tのメモには「バカにつける薬はない」などT自身を非難するかのような記載が多々見られるが、これらのメモがうつ病による不安定な精神的状況下において記載したと認められるから、上記記載をもって、うつ病の発症の主たる要因がT自身の性格にあったということはできない。同年1月と3月の検査で癌の疑いも否定され、メモにも健康状態に関する記述は一切ないことからすると、Tが自身の健康状態に関して大きな不安を抱えていたということはできないし、Tが弟や妹のことを心配していたとしても、これをもってTがうつ病を発症したということはできない。他に、被告の業務を除いて、うつ病の発症の主たる要因を窺わせる事情を認めるに足りる証拠はないから、Tは被告における業務を主たる要因として、うつ病を発症したものと認めることができる。
2 被告に安全配慮義務違反があるか
使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことのないよう注意し、もって労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っていると解するのが相当であるところ、本件においては、被告は雇用主としてその従業員であるTに対し、同人の労働時間及び労働状況を把握・管理し、過剰な長時間労働などによりその心身の健康が害されないように配慮すべき義務を負っていたというべきである。しかるに、被告はTの労働時間や労働状況を把握管理せず、平成14年2月以降、月平均で約100時間もの時間外労働などの長時間労働をさせ、少なくとも同年4月には、上司も、Tに活気がなくなったり、意味不明の発言をしたなどうつ病の発症を窺わせる事実を認識していながら、Tの業務の負担を軽減させるための措置を何ら採らず、Tにうつ病を発症させて自殺に至らしめたのであるから、被告には安全配慮義務違反があったことは明らかである。
なお、被告は、Tが労働基準法41条2号の管理監督職であるかのような主張をするが、Tは上司から管理監督されるいわゆる中間管理職の立場にあり、行先や外出、出社、退社時刻を表示するものとされていたことからすると、労務管理につき経営者と一体的な立場にあり、自己の勤務につき裁量権を持っていたということはできず、労働基準法41条2号の管理監督者に該当するということはできない。
3 過失相殺すべきか否か
被告は、Tのうつ病の発症には、Tの性格等個人的要因があったから、過失相殺されるべきであると主張する。しかし、労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない場合には、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を心因的要因として斟酌することはできないというべきところ、Tは被告に入社して以来、平成14年2月にヨコ2に異動するまでの間は、特に問題なく業務に従事していたことを認めることができるのであって、Tの性格が同種の業務に従事する労働者の個性として通常想定される範囲を外れるものであったと認めることはできない。また、Tの健康状態、弟や妹の病気がTのうつ病の発症の要因であったとは認められない。
被告は、Tがうつ病を発症していることが明らかであったのであれば、原告らにおいて医師の診察を受けさせるべきであり、原告AはTが自殺する前日、うつ病患者に対してしてはいけない叱責・激励などをしたなどとして過失相殺を主張する。しかしながら、Tがうつ病を発症して自殺するに至った原因は、長時間労働などの被告の業務にあるところ、Tは当時41歳であり、独立の社会人として自らの意思と判断に基づき業務に従事していたのであって、原告らがTと同居していたとはいえ、原告らがTの業務の負担を軽減させる措置を採り得る立場にあったわけではなく、原告らはうつ病に関する知識を有していなかったと認めることができるのであり、原告らがTに医師の診察を受けさせるべきであったとはいえない。以上のとおり、被告の責任を軽減する事由を認めることはできないから、過失相殺をすることは相当でない。
4 損 害
Tの平成13年当時の年収は790万6400円であったところ、死亡しなければ67歳までの26年間、少なくともこれと同額の収入を得ることができたと推認でき、年金生活者である原告らと同居していたことに照らすと、逸失利益は6819万3174円となり、Tの業務内容や労働時間等その他本件に現れた一切の事情を総合考慮すると、慰謝料は2500万円が相当である。また、葬祭料は180万1608円、検案料・死亡診断書料は5万7750円となり、労災保険法に基づき受給した額及び被告が支給した額を控除すると、損害額合計は5346万6289円となり、弁護士費用は原告らにつき各260万円とするのが相当である。 - 適用法規・条文
- 02:民法415条、709条、715条、
07:労働基準法41条、 - 収録文献(出典)
- 労働判例927号5頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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