判例データベース
Y製作所うつ病自殺事件【うつ病・自殺】
- 事件の分類
- うつ病・自殺
- 事件名
- Y製作所うつ病自殺事件【うつ病・自殺】
- 事件番号
- 熊本地裁 − 平成16年(ワ)第868号
- 当事者
- 原告個人3名A、B、C
被告株式会社Y製作所 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2007年01月22日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、オートバイの部品を含め自動車部品、農業用機械部品等の製造・販売を目的とする株式会社であり、Kは平成8年4月被告に入社し、死亡するまで熊本事業部に所属して専ら塗装業務を担当していた。
平成14年4月当時のKの主な担当業務は「段取り」と呼ばれる作業であり、塗装物がコンベアに取り付けられた後、塗装ロボットで塗装されて取り外し場所に戻って来るまでの約3時間の間に、台車のついた空き箱を並べるものであった。被告における1日の労働時間は8時間であり、労働組合との間の時間外労働協定によれば、時間外・休日労働の限度は1ヶ月当たり45時間、1年当たり360時間とされ、労使協議の上延長できる時間は、最大1ヶ月当たり61時間、1年当たり544時間とされていた。
平成14年3月、被告が部品を納めるH社は、被告を含む取引先に「1件不具合撲滅展開」を実施し、これにより不良品の市場流出を防止し、クレームを1年後までに前年比10分の1以下にしようとした。その結果検査が厳しくなり、従前は合格レベルとされていた品物の多くが不合格となり、その結果、Kの属する塗装班において不良品率が2%から30%に上昇し、不良品の再塗装等が増加して、同年4月以降Kらの時間外・休日労働が急増した。Kはリーダーとして品質トラブル対策書等を作成していたが、これは不具合発生の当日又は翌日までには作成しなければならず、また、Kはリーダーとして新入社員の指導もしなければならなかった。そして、Kは月間100時間を超える長時間・休日労働やリーダーとしての職責に苦しみ、平成14年5月14日に自殺した。
Kの妻である原告A、Kの両親である原告B、Cは、Kの自殺は業務上の理由によるものであり、被告は安全配慮義務に違反したとして、逸失利益、慰謝料等、原告Aについては5908万2000円、原告B及び同Cについては各1673万3000円を支払うよう被告に対し請求した。なお、労働基準監督署長は平成16年3月22日、Kの自殺を業務上災害と認め、遺族補償年金・一時金を支給した。 - 主文
- 1 被告は、原告Aに対し金4691万7531円、原告Bに対し金1369万2383円、原告Cに対し金1369万2383円及びこれらに対する平成16年8月26日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを5分し、その4を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 業務の過重性との間の因果関係の有無
(1)業務内容の過重性
Kの業務の中心となる段取り作業は、空き箱を並べる作業であり、一見容易に見え、肉体的には負荷が重いとまではいえないように思われるが、流れ作業方式の特徴からすれば、長時間の作業に従事することにより苦痛感などを生み、心理的に相当の負荷が生じるものであることが認められる。これに加え、Kの業務が決められた時間(納期等)どおりに遂行しなければならないような困難な業務であることから精神的緊張を伴うものといえること、また不具合発生状況及び工程の異常打ち上げ状況をも勘案すれば、Kの業務の心理的負荷は相当程度あったものと認められる。また、塗装班において、作業中にベルトコンベアを自由に停止させることができたとはいうものの、特別展開によって被告熊本事業部の生産量が増加していたことなどからすれば、平成14年4月以降の作業について、その負荷がない、若しくは負荷が低かったとすることはできない。
(2)長時間に及ぶ時間外労働・休日労働による負荷
Kの時間外労働・休日労働は、自殺から1ヶ月前は118時間11分、同1ヶ月前から2ヶ月前は118時間32分、同2ヶ月前から3ヶ月前は84時間48分であったことが認められ、被告の36協定に定める月45時間を著しく超過している。なお、同協定においては、上記の目安を超えて労使が協議の上延長できる時間は1ヶ月当たり61時間とされているが、Kの時間外・休日労働はこれも大きく超えるものである。また、専門的知見によれば、平均残業時間が60時間以上となると、ストレス度が強くなるとされ、更に長時間労働は心身の余力や予備力を低下させ、その結果、ちょっとしたストレスフルな出来事に対してもパニックに陥りやすい状態が作られているといわれていることからすれば、上記期間におけるKの時間外・休日労働時間は、Kに対し相当の強さをもって心理的負荷を与えたと認められる。
以上からすれば、Kには平成14年2月13日から同年5月13日の間に19日間の休日があったことが認められるが、上記時間外・休日労働の時間数に加え、業務内容自体による負荷度をも考慮すれば、上記期間中のKの業務には通常以上の肉体的・心理的負荷があったものといえる。そして、このような長時間に及ぶ時間外労働・休日労働によって労働者の心身の健康を損なうことは周知の事実である。
(3)対策書等の書面作成負担について
Kが作成した対策書等は、平成14年3月22日作成の品質トラブル対策書、同年4月3日作成の「不良発見時・即ライン停止行動A」と題する書面、同月4日作成のQCサークル活動計画・結果報告書及び同月8日作成の社内品質トラブル対策書のみである。「不良発見時・即ライン停止行動A」と題する書面は深夜3時頃まで自宅で作成していること、社内品質トラブル対策書は、同月7日(日曜日)に不具合が発覚したため翌日までに急遽作成しなければならなくなったものと認められることなどからすると、相当程度の負荷がKにかかったものといえる。
(4)リーダーへの昇格
Kは、平成14年4月1日からリーダーの地位につき、リーダーの職務に従事することになったところ、Kは前年からリーダーの職務を行っていたが、リーダーの職務を行うことと、現実にリーダーの地位に就いて職務に従事することとの間には、その責任面などにおいて相当程度の心理的負荷の差があることは見やすいところである。更に、塗装班に加入した新入社員を指導していく必要があったことをも勘案すると、リーダーに就いたことによるKへの心理的負担は相当程度あったものと認められる。
(5)係長による叱責
係長は、塗装班従業員がミスを犯すと、「バカ」「あほ」「ぼけ」「死ね」などといった言葉で叱責していたことが認められる。もっとも、係長は叱責だけでなく、時には従業員をほめることによりその育成を図ってきたと思われること、Kの体調を気遣う言葉を掛けてきたことなどの点からすると、Kに対する悪意はなく、むしろ期待があったことが窺われる。しかし、平成14年4月1日以降のKの勤務状態からすれば、係長において、Kに相当の肉体的・心理的負荷がかかっていたことは容易に把握し得たのであるから、同日以降の係長のKに対する対応が相当であったものとはいい難く、係長による叱責は、Kを追い詰める一要因になったものということができる。
(6)小活
以上によれば、Kの業務において、時間外労働・休日労働が連続して1ヶ月100時間をも超える数値として表れていることに加え、十分な支援体制が取られていない状況下において、過度の肉体的・心理的負荷を伴う業務に従事し続けたこと、更にはリーダーへの心理的負担の増加があり、それは相当程度の強度があったものと認められる。これらの状況などを総合的に判断すれば、Kは通常以上の肉体的・心理的負荷があったと認められ、その内容及び程度に照らせば、Kの業務には精神障害を発病させるに足りる強い負担があり、平成14年4月中旬頃以降には、Kは自殺を惹起し得るうつ病に罹患していたものと推認される。
(7)業務起因性
Kの業務内容、職場環境、勤務形態から生じた疲労は、その持続期間を考慮すれば、人間の肉体面・心理面の双方に慢性的な疲労状態を導くものといえ、うつ病を惹起するのに十分な程度であったものといえ、Kは継続的な業務の負担により肉体的・心理的な疲労が溜まるなどの身体的症状が現れ、疲労が回復しないまま業務を続行する中で抑うつ状態が生じ、ついにはうつ病の罹患、発症、更に自殺へ至ったと認められる。
特に本件においては、Kは同月中旬頃以降には心身共に疲労困憊した状態になりうつ病に至っていたと推認されるところ、Kは本件自殺前のゴールデンウィークに6連休を取り一息ついた心理状態になったものの、同年5月6日から10日まで5日連続で午後10時を超えて勤務することにより、再び従前と同様若しくはそれ以上の時間外労働・休日労働等が続いたことが、それまでにKに蓄積した疲労と相俟って、Kを衝動的・突発的な自殺に至らしめたものと推認されるところである。他方、業務以外にKの自殺の原因を検討するに、家族関係などの個人的な要因等、業務外の要因を認めることはできない。
以上、Kは、本件自殺3ヶ月前から常軌を逸した長時間労働に従事することによる肉体的・心理的負荷に、業務内容それ自体の負荷、リーダーへの昇格という心理的負荷等が加わることにより自殺に至ったものであり、本件自殺と業務との間に因果関係(業務起因性)が認められる。
2 予見可能性の有無
労働者が死亡している事案において、使用者側が労働者の健康状態の悪化を認識していない場合、これに気付かなかったから予見できないとは直ちにいえないのであって、死亡についての業務起因性が認められる以上、労働者の健康状態の悪化を認識していたか、あるいはそれを認識していなかったとしても、その健康状態の悪化を容易に認識し得たというような場合には、結果の予見可能性が認められるものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、Kの時間外労働・休日労働が、本件自殺3ヶ月前から過重ともいえる時間数に至っており、特に本件自殺2ヶ月前からは、連続して1ヶ月100時間を超えていることに加え、リーダーへの昇格などの状況の中、十分な支援体制が取られていないことから、Kは極度の肉体的・心理的負担を伴う状態において稼働していたことが認められ、被告において、Kのかかる勤務状態がKの健康状態の悪化を招くことを容易に認識し得たといえる。そして、ゴールデンウィーク中、Kの親族によりKに対し、健康状態の悪化が指摘されていたことからすると、被告においても、遅くとも平成14年4月下旬頃までには、Kが過重な業務を行い続けた結果、Kの心身の健康に悪影響を及ぼしていたことを認識し得たといえる。
3 安全配慮義務違反について
使用者は、労働者が労務提供のために設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っているものと解するのが相当である。
事業者の場合については、法が、その責務として労働安全衛生法に定める災害防止のための最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保しなければならない義務を負っており(3条1項)、その具体的措置として、同法第三章において安全衛生管理体制を取ることを、第四章において労働者の危険又は健康障害を防止するための措置を取ることを、第六章において労働者が就業に当たって安全衛生教育などを行うことを、第七章において健康の保持増進のための措置を取ることを義務付け、更には第七章の二において快適な職場環境を形成するように努めなければならないことを定めている。以上のことからすると、安全配慮義務の内容としては、事業者は労働環境を改善し、あるいは、労働者の労働時間、勤務状況等を把握して労働者にとって長時間又は過酷な労働とならないように配慮するのみならず、労働者に業務の遂行に伴う疲労や心理的負担等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意し、それに対して適切な措置を講ずべき義務があるものと解される。
被告は、使用者としてKを従事させていたのであり、本件自殺前には、Kの時間外労働・休日労働が過重なものといえるほど長時間に及んでいることに加え、Kの業務内容、Kがリーダーに昇格したことなどの事態が生じていたのであるから、適宜塗装班の現場の状況や時間外労働・休日労働などKの勤務時間のチェックをし、更にはKの健康状態に留意するなどして、Kが作業の遅れ・不具合などにより過剰な時間外勤務や休日出勤をすることを余儀なくされ心身に変調を来すことがないように注意すべき義務があったといえる。ところが、被告は、上記配慮を一切せず、Kがうつ病に罹患したことも把握できず、Kの実際の業務の負担量や職場環境などに何ら配慮もすることなく、Kを漫然と放置していたのであり、その結果、本件自殺が引き起こされてしまったのである。したがって、被告には安全配慮義務違反があったことは明らかであり、被告はKに対し債務不履行責任を負う。そして、被告が、遅くとも同年4月下旬頃にKの精神面での健康状態を調査して、改めてKについての休養の必要性について検討したり、例えば異動についての希望聴取を行い、心身の状態に適した配属先への異動を行うなどの対応を採っていれば、Kが自殺により死亡することを防止し得る蓋然性はあったものというべきである。以上によれば、上記被告の安全配慮義務違反と本件自殺との間には因果関係があるものというべきである。
4 損 害
Kの本件自殺前の賃金の平均日額は7851円であり、本件自殺前1年間に支給された賞与の額は93万2936円であるから、Kの年収は379万8551円となる。Kは死亡時24歳であったことから、67歳までの43年間就労可能であり、家族状況などに照らし生活費として30%を控除し、逸失利益を計算すると、4665万4297円となり、これを相続割合に従い、原告Aが3分の2、原告B及び原告Cが各6分の1を受領する。 本件における被告の過失の程度その他諸般の事情を考慮すると、死亡慰謝料は2800万円が相当である。葬祭料は150万円で、原告Aは労災保険から遺族補償年金を受給しているからこの785万2000円を控除する。
本件自殺の原因について家族関係などの個人的な要因を認めることができず、またKの性格などに上記損害額を減額すべき要因を認めることはできない。
弁護士費用としては、原告Aについては400万円、原告B及び原告Cについては各100万円が相当である。 - 適用法規・条文
- 02:民法415条、709条
- 収録文献(出典)
- 労働判例937号109頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
熊本地裁 − 平成16年(ワ)第868号 | 一部認容・一部棄却(控訴) | 2007年01月22日 |
福岡高裁 − 平成19年(ネ)第131号、福岡高裁 − 平成19年(ネ)第233号(附帯控訴) | 控訴棄却・附帯控訴一部認容(原判決一部変更)(上告) | 2007年10月25日 |