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Y製作所うつ病自殺控訴事件【うつ病・自殺】
- 事件の分類
- うつ病・自殺
- 事件名
- Y製作所うつ病自殺控訴事件【うつ病・自殺】
- 事件番号
- 福岡高裁 − 平成19年(ネ)第131号、福岡高裁 − 平成19年(ネ)第233号(附帯控訴)
- 当事者
- 控訴人(附帯被控訴人) 株式会社Y製作所
被控訴人(附帯控訴人) 個人3名A、B、C - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2007年10月25日
- 判決決定区分
- 控訴棄却・附帯控訴一部認容(原判決一部変更)(上告)
- 事件の概要
- Kは、平成8年4月控訴人(附帯被控訴人・第1審被告)に入社し、塗装業務に従事していた者であるが、控訴人が部品を納めるH社が合格基準を著しく厳しくしたことから、Kの時間外・休日労働が急増して月間100時間を超えるようになり、リーダーとしての職責に苦しんだことなどもあって、平成14年5月14日に自殺した。
Kの妻である被控訴人(附帯控訴人・第1審原告)A、Kの両親である被控訴人(同)B及び被控訴人(同)Cは、Kの自殺は業務上の理由によるものであるとして、労働基準監督署長に対し労災保険の遺族補償年金・一時金の給付を請求し、その支給を受けた。
被控訴人らは、安全配慮義務違反等を理由に、逸失利益、慰謝料等を、被控訴人Aについては5908万2000円、被控訴人B及び同Cについては各1673万3000円を支払うよう控訴人に対し請求した。
第1審では、Kの自殺につき控訴人の安全配慮義務違反を認め、債務不履行責任があったとして、被控訴人Aに対しては4691万7531円、被控訴人B及び同Cに対しては1369万2383円の支払いを控訴人に対し命じた。これについて、控訴人は、安全配慮義務違反はなかったとしてこの判決の取消を求めて控訴したが、他方被控訴人らは、損害賠償額を不服として附帯控訴した。 - 主文
- 1 本件控訴を棄却する。
2 本件附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
(1)控訴人は、被控訴人Aに対し4691万7531円、控訴人Bに対し1369万2383円、被控訴人Cに対し1369万2383円及びこれらに対する平成14年5月14日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、第1、第2審を通じ、これを10分し、その9を控訴人の負担とし、その余は被控訴人らの負担とする。
4 この判決は、2項(1)に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 Kの肉体的・心理的負荷
Kが従事していた業務は、肉体的負荷が特に大きい作業とはいい難いが、平成14年3月ないし5月当時、生産量の増加に伴う作業を行い、リーダーとしての負担があったことからすると、Kの業務内容は全体として相当に負荷のかかるものであったということができる。当時の塗装班の業務は、かつてない生産数増大の中、その達成に追われ、精神的緊張を伴うものであり、Kの業務の心理的負荷も無視できない。Kの時間外・休日労働時間数は、36協定に定める月45時間を著しく超過し、労使協議の上延長できる限度である月61時間も大きく超えるものである。以上からすれば、労働時間数からみて、当時のKには極めて大きい肉体的・心理的負荷があったことは明らかである。
Kは、平成14年4月1日からリーダーに昇格したが、その昇格時期が事業部全体として業務の見直しを迫られる時期と重なったこと、現場のリーダーであるKに日常的に様々な圧力が掛かっていたことは容易に想像されること、新入社員を指導していく必要があったこと等を勘案すると、リーダーの地位に就いたことによるKへの心理的負荷も相当に大きかったものとみられる。また、係長は従業員がミスを犯すときなどに「ばかじゃなか」「死んだ方がよかじゃなか」などと叱責していたことが認められるが、他方、叱責するだけでなく、誉めたりKの体調を気遣う言葉をかけたりしたことから、Kに対する悪意ではなく、むしろ期待があったことも窺われる。しかし、そうだとしても、平成14年4月以降のKの過酷な状況の下、係長による叱責は、結果としてKを追い詰める一要因になったものということができる。
以上によれば、Kの業務において、時間外・休日労働が連続して1ヶ月100時間をも超える数値として表れていることに加え、内容的にも肉体的・心理的負担を伴う業務に従事し続けたこと、更にはリーダーへの昇格による心理的負担の増加があり、総合的にみて、Kには相当程度に強い負荷がかかっていたものということができる。
2 業務起因性
平成14年4月中旬頃までKに表立った変化は見られなかったものの、徐々に疲労の色を増し、自殺当日には、異常なほど疲弊した様子や無反応な態度、趣味に対する興味の喪失などうつ病の典型的なエピソードが表れているのであって、自殺当時、病的な精神症状を呈していたことは容易に認められる。Kはうつ病との正式な診断はされていないが、当時の状況を総合的に判断すれば、過重労働に基づく肉体的・心理的負担からこれを原因とする自殺に至る経過は矛盾なく理解し得るものである。このようにKは、遅くとも平成14年4月中旬頃には心身共に疲労困憊した状態になっていたが、連続休暇が目前に迫っており、心理的に緊張状態を保っていたものの、連休明けの同年5月6日から5日連続で午後10時を超えて勤務することにより、再び従前と同様、又はそれ以上の時間外・休日労働等が続いたことが、それまでにKに蓄積した疲労と相まって、Kを衝動的、突発的な自殺に至らしめたものと推認されるところである。
他方、本件自殺前のKの様子、言動等に関し、家族である被控訴人Aの供述からはもとより、多数の同僚の陳述書、供述その他の証拠によっても、Kには借金、病気、家族・会社・交友関係におけるトラブルその他の個人的悩みなど、一般的に自殺の原因となり得るような業務外の要因は全く窺うことはできない。以上のとおり、Kは本件自殺3ヶ月前から過重な長時間労働に従事したことによる肉体的・心理的負荷に、1ヶ月余前には発注先からの新たな品質管理基準への対応が会社として迫られる中、リーダーへ昇格するなどの心理的負荷等が加わるという正に過重労働の最中に、他に特段の動機が窺われない状況で本件自殺に及んでいるものであり、その経過からして、本件自殺と業務との間に因果関係(業務起因性)があることは明らかというべきである。
3 予見可能性の有無
労働者が死亡している事案において、事前に使用者側が当該労働者の具体的な健康状態の悪化を認識することが困難であったとしても、これを予見できなかったとは直ちにいえないのであって、当該労働者の健康状態の悪化を現に認識していたか、それを現に認識していなかったとしても、就労環境に照らし、労働者の健康状態が悪化するおそれがあることを容易に認識し得たというような場合には、結果の予見可能性が認められるものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、控訴人が本件自殺までにKの具体的な心身の変調を認識し、これを端緒として対応することは必ずしも容易でなかったとしても、Kの時間外・休日労働時間が、本件自殺3ヶ月前からは明らかに過重なものに至っており、特に本件自殺2ヶ月前からは連続して1ヶ月100時間を超えていることに加え、リーダーへの昇格などの状況の中、十分な支援体制が取られないまま、Kは過度の肉体的・心理的負担を伴う勤務状態において稼働していたのであって、控訴人において、かかる勤務状態がKの健康状態の悪化を招くことは容易に認識し得たといえる。したがって、控訴人には結果の予見可能性があったものというべきである。
4 安全配慮義務違反の有無
使用者は、労働者が労務提供のために設置する場所、設備若しくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っているものと解するのが相当である。
事業者の場合については、法がその責務として労働安全衛生法に定める最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保しなければならない義務を負っており(同法3条1項)、その具体的措置として、同法第三章において安全衛生管理体制を取ることを、第四章において労働者の危険又は健康障害を防止するための措置を取ることを、第六章において労働者の就業に当たって安全衛生教育などを行うことを、第七章において健康の保持増進のための措置を取ることを義務付け、更には第七章の二において快適な職場環境を形成するように努めなければならないことを定めている。以上からすると、安全配慮義務の内容としては、事業者は労働環境を改善し、或いは労働者の労働時間、勤務状況等を把握して、労働者にとって長時間又は過酷な労働とならないように配慮するのみならず、労働者に業務の遂行に伴う疲労や心理的負担等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意し、それに対して適切な措置を講ずべき義務があるものと解される。
控訴人は、使用者としてKを従事させていたのであり、本件自殺前には、Kの時間外・休日労働が極めて長時間に及んでいることに加え、Kの業務内容、リーダーへ昇格したことなどの事態が生じていたのであるから、適宜、現場の状況や時間外・休日労働などKの勤務時間のチェックをし、更にはKの健康状態に留意するなどして、Kが心身に変調を来すことがないように注意すべき義務があったといえる。それにもかかわらず、控訴人は労働者の心身の健康に悪影響を与えることが明らかな限度時間をはるかに超える時間外労働の状況を是正することすらなく、Kの実際の業務の負担量や職場環境などに何ら配慮もすることなく、Kを漫然と放置していたものであるから、控訴人には安全配慮義務違反があったというべきである。
5 不法行為における過失の有無
控訴人は、Kの実際の業務の負担量や職場環境などに何らの配慮もすることなく、その状態を漫然と放置していたのであって、かかる控訴人の行為は、不法行為における過失をも構成するというべきである。そして、控訴人が、Kの労働時間を適正に抑えることを前提に、その精神面での健康状態を調査し、改めてKの休養の必要性について検討したり、例えば心身の状態に適した配属先への異動を行うなどの対応をとっていれば、Kが自殺することを防止し得る蓋然性は高かったといえるから、上記安全配慮義務違反と本件自殺との間には因果関係があるというべきである。
6 損害額
Kの本件自殺前の賃金の平均日額は7851円、本件自殺前1年間に支給された賞与の額は93万2936円であるから、Kは死亡時24歳であり、67歳まで43年間就労可能であることを考慮すれば、生活費として30%を控除し、逸失利益は4665万4297円となる。本件における控訴人の過失の程度その他諸事情を考慮すると、死亡慰謝料として2800万円が相当であり、葬祭料としては150万円が相当である。被控訴人Aは労災保険から遺族補償年金を受給しており、その785万2000円を控除する。また、弁護士費用は、被控訴人Aについては400万円、被控訴人B及び被控訴人Cについては、各100万円が相当である。
Kの変調が表面化してから自殺に至るまでの経過は急進的であり、K本人や家族にとっても専門医の診療を受けるなどの行動を取ることは容易でなかったといえる。他方、Kの就労状況からすれば、同人からの訴えを待つまでもなく、使用者である控訴人が当然に労働時間の抑制その他適切な措置を取るべきであったといえるから、この点でKの過失を認めることはできない。また、本件自殺の原因について家族関係などの個人的な要因を認めることはできず、Kの性格などに上記損害額を減額すべき要因を認めることはできないから、本件において過失相殺を認めることは相当ではない。 - 適用法規・条文
- 02:民法415条、709条,労働安全衛生法3条1項
- 収録文献(出典)
- 労働判例955号59頁
- その他特記事項
- 本件は上告された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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熊本地裁 − 平成16年(ワ)第868号 | 一部認容・一部棄却(控訴) | 2007年01月22日 |
福岡高裁 − 平成19年(ネ)第131号、福岡高裁 − 平成19年(ネ)第233号(附帯控訴) | 控訴棄却・附帯控訴一部認容(原判決一部変更)(上告) | 2007年10月25日 |