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大阪西労働基準監督署長(N社)うつ病自殺事件【うつ病・自殺】
- 事件の分類
- うつ病・自殺
- 事件名
- 大阪西労働基準監督署長(N社)うつ病自殺事件【うつ病・自殺】
- 事件番号
- 大阪地裁 − 平成17年(行ウ)第51号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 国 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2007年05月23日
- 判決決定区分
- 棄却(控訴)
- 事件の概要
- D(昭和36年生)は、昭和56年11月に電電公社近畿電気通信局に採用され、その後同社の民営化等によりN社に雇用関係が承継された者である。
Dは平成12年6月頃、誤請求及び減算不能処理に関する料金業務に従事していたが、同年12月に大阪支店パーソナルユーザー営業部第三審査担当に異動し、主に過誤納返還業務及び減算不能業務を担当していた。Dが担当していた過誤納返還業務の月当たり発生件数は200~300件であり、他の者より多いことはなく、業務の遅れが問題とされることもなかった。Dの所定労働時間は7時間30分で、平成12年10月ないし平成13年3月の時間外労働は、月間合計で5時間から19時間30分であり、同僚に比して少なく、休日出勤は1日のみであり、毎月少なくとも1日の年休を取得していた。
Dは、平成5年2月、不眠と職場での人間関係でのストレスにより神経症と診断され、その後医師から心因的要素が強いと判断されて定期的に通院した。またDは、平成9年10月から平成11年8月までの間、頻回の便通、不眠により受診し、過敏性大腸症候群と診断され、同年11月、不眠、頻尿、下痢、胃痛、動悸等を訴え、身体表現性自律神経機能不全と診断され、本件自殺に至るまで継続的に通院治療を続けた。Dは大人しく真面目で、几帳面かつ感情を表さないタイプの性格であり、うつ病エピソード発症以前からストレスに対し敏感な反応を示しやすい傾向にあった。
平成13年3月30日、Dは体調がすぐれず2時間の年休を取り、翌31日は土曜日であったが、通常通り出勤し通常の終業時刻まで作業をした。翌4月1日午後7時頃、Dの母親である原告はDがカーテンレールに腰紐を掛けて縊死しているのを発見した。
原告は、Dの自殺は業務上の災害に当たるとして、平成14年1月18日、労働基準監督署長に対し遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、同署長は平成16年3月31日、Dの死亡は業務上の理由によるものとは認められないとして、各給付を支給しない旨の決定をした。このため、原告はこの処分を不服として審査請求をしたが棄却の決定を受け、更に再審査請求をするとともに、本件処分の取消しを求めて提訴した。 - 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 業務起因性の判断基準
労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の保険給付は、労基法79条及び80条所定の「労働者が業務上死亡した場合」に行われるものであるところ、労災保険制度が業務に内在ないし随伴する各種の危険が現実化して労働者に発症ないし増悪、死亡等の損失をもたらした場合に使用者の過失の有無を問わずに被災者の損失を補償するのが相当であるという危険責任の法理に基づくものであることに鑑みれば、労働者の死亡を「業務上」のものというためには、業務と死亡の原因となった疾病等との間に相当因果関係が存することを要すると解される。
精神障害による自殺が「業務上死亡した場合」に当たるというためには、精神障害が労基法施行規則別表第1の2第9号の「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当することを要し、精神障害の発症につき業務起因性が認められなければならず、また、その精神障害が発症した結果、正常な認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思い止まる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われることが必要である。また、業務と精神障害の発症との間の相当因果関係が認められるためには、ストレスと個体側の反応性、脆弱性を総合考慮し、業務による心理的負荷が社会通念上、客観的にみて、精神障害を発症させる程度に過重であるといえる場合に、業務に内在ないし随伴する危険が現実化したものとして、当該精神障害の業務起因性を肯定するのが相当である。原告は、上記相当因果関係の有無の判断に際して、労働者の多様性を前提として、同種労働者の中でその性格傾向が最も脆弱である者を基準とすべきであると主張するが、業務と死亡との間に相当因果関係が肯定され、労災保険の補償の対象とされるためには、客観的にみて、通常の勤務に就くことが期待されている平均的な労働者を基準にして、業務自体に一定の危険性があることが必要というべきである。
2 本件自殺の業務起因性
平成12年12月にDが転勤した後、死亡までの間の所定時間外労働時間は月5時間から19時間30分であり、1日当たりでは最長でも2時間であり、法定時間外労働は0時間ないし10時間以下に止まること、上司や他部門からの応援もあったこと、Dは平成5年頃から不眠を訴えて治療を受け続けていたことを総合勘案すると、Dの担当していた業務の心理的負荷が社会通念上、客観的にみて、精神障害を発症させる程度に過重であるとまでは解されない。
前記の通り、経験、業務内容、労働時間、職場の協力態勢からみて、Dの担当していた業務の心理的負荷が社会通念上、客観的にみて、精神障害を発症させる程度に過重であったとまでは解することはできず、また、業務外に精神障害を発症させる要因も特に窺われないところである。他方、Dはうつ病親和的性格であり、20歳代の若い頃から、格別に大きなストレスがないにもかかわらず、再三、心因性の身体症状ないし抑うつ気分等を訴えて身体表現性障害ないし神経症と診断されていたものであって、ストレスに対する明らかな脆弱性を有していた。
以上によれば、Dの業務による心理的負荷は、経験、業務内容、労働時間、職場の協力態勢からみて、社会通念上、客観的にみて、精神障害を発症させる程度に過重であるとまでは解することはできず、その発症はDの個体側要因によるものと解されるので、Dの業務と同人の発症及びこれに基づく本件自殺との相当因果関係は認められない。したがって、本件自殺に業務起因性を認めなかった本件処分は適法である。 - 適用法規・条文
- 07:労働基準法79条、80条,労災保険法16条、17条
- 収録文献(出典)
- 労働判例950号44頁、労働経済判例速報1979号18頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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