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S学園高校女教師隔離等事件

事件の分類
その他
事件名
S学園高校女教師隔離等事件
事件番号
東京地裁 − 昭和61年(ワ)第11559号
当事者
原告個人1名

被告学校法人S学園
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1992年06月11日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
被告は、幼稚園、女子中学校、女子高校、短期大学を経営する学校法人であり、原告は、昭和48年4月、被告の設置するS学園高校の専任教諭として採用された女性である。

 原告は昭和51年9月1日から11月26日までと、昭和53年9月2日から11月29日までの2回にわたって産休を取得したが、第二子出産後の産休明けに出勤した際、校長から、「出産届等の際原告の態度には腰の低さが欠けていた」「公立学校の先生でも同じ学校で2度産休を取ったりしない」などと言われた。その後も校長は「冬のボーナスを他の人と同じように取りに来たことは良くない」、「産休6週間取ったことは良くない」、「子供の病気で休まれては迷惑」などと原告を叱責した。

 原告は、昭和54年1月から授業に復帰し、入試直前の同年2月14日に、校長から時間割と教諭名を一覧にしたボードの書き直しを命ぜられた。原告が他の教諭に手伝ってもらってボードの書き直しをしたところ、校長は、係の責任者に相談したのは良くないこと、書き直しが不十分であること、産休を6週間全部取ったことは良くないことなどを指摘し、原告に始末書の提出を命じた。その後原告は改めてボードの書き直しを行ったが、校長はあくまでも始末書の提出を求め、同年3月には、「始末書を出さないならば今月一杯で辞めてもらう」、「辞めないなら授業も担任も全て取り上げる」と迫った。これに対し原告は始末書の提出を拒み続けた。

 昭和54年度に原告が担任する生徒の万引き事件が起こり、原告は始末書の提出を求められたがこれを拒否した。その後原告は座って授業したことや、病気欠勤等を批判され、校長は原告に対し各問題につき始末署の提出を求め、副校長は原告に対し、「従うか、辞めるか、法的手段に訴えるか選択せよ」と迫り、昭和55年1月7日に、校長らが原告に対し3者選択の回答を求めたところ、原告は始末書の提出を拒否した。

 同年3月31日に、校長は新年度の新体制を発表したが、原告は授業、担任、その他の校務分掌から外され(仕事外し)ており、原告が抗議しても校長はこれを聞き入れなかった。また昭和56年度においても、原告には一切の業務が与えられず、その上原告の席を1人だけ他の教職員から引き離す形で出入口近くに移動させた(職員室内隔離)。更に組合委員長の懲戒解雇を巡り、上部団体が何回も抗議行動に学園に押し掛け、原告と他の教員との間の暴力沙汰寸前のトラブルが発生したことを理由として、昭和57年3月8日、原告の机が職員室から第三職員室に移動され(第三者職員室隔離)、更に昭和61年8月30日、被告は原告に対し自宅研修を命じた。

 なお、被告の若手職員の間で、教育実践と職場における意見交流の場として学習会が行われており、これは昭和55年4月の組合結成まで続けられたが、原告はその中心的なメンバーであった。
 原告は、被告が行った一連の措置は、原告が組合員であることを理由とするものであるから不当労働行為に当たるとともに、労働契約上被告に認められた業務命令権の範囲を逸脱する違法な業務命令権の行使であるとして、被告に対し慰謝料1000万円を請求した。
主文
1 被告は原告に対し、金400万円及びこれに対する昭和61年10月5日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用はこれを2分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
4 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 被告の原告に対する一連の措置の違法性

 一般に、使用者は、労働契約或いは就業規則によって定められた範囲内において、労働者が供給すべき労務の内容及び供給の時間・場所等を裁量により決定し、業務命令によってこれを指示することができるが、右範囲を超えて指示することはできず、これを超えて指示した場合には、その業務命令は無効であり、また外形的には業務命令により指示できる事項であると認められる場合でも、それが主観的に不当な動機・目的で発せられ或いはその結果が労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を与える場合には、その業務命令は業務命令権の濫用として無効であり、かつ、そのような業務命令を発することは違法であるというべきである。

 原告は、被告の一連の措置により、昭和55年4月以降、クラス担任は勿論のこと、授業及び校務分掌の一切の仕事から外され、出勤しても机に座っている以外に何らの仕事も与えられず、昭和56年5月からは職員室内隔離、昭和57年3月8日からは第三職員室内隔離、更に昭和61年8月からは自宅研修命令を受けて自宅にいることを余儀なくされているもので、仕事外しから口頭弁論終結時まで11年以上の長期間を経過している。もとより、原告に対してどのような業務を担当させるか、どこで就業させるかは、使用者たる被告が裁量によって決定し、業務命令により指示し得る事項ではあるが、教師として労働契約を締結した原告に対し、長期間にわたって一切の仕事を与えず、しかも一定の時間に出勤して勤務時間中一定の場所にいることを命ずることは、生徒の指導・教育という労働契約に基づいて原告が供給すべき中心的な労務とは相容れないものであるから、特に原告の同意があるとか又は就業規則に定めがあるというものでない以上、一般的にも無理からぬと認められるような特別の事情がない限り、それ自体が原告に対して通常甘受すべき程度を超える著しい精神的苦痛を与えるものとして、業務命令権の範囲を逸脱し、違法であるというべきである。

2 仕事外しについて

 被告が原告の教師としての適格性に欠ける理由の一つとして主張するボードの書き直しについては、校長の命令自体が不合理なものであって、業務命令権の濫用を窺わせるものであり、原告に非難されるべき点があったとすることはできない。しかるに校長及び副校長は、原告に対し繰り返し執拗に始末書の提出を求めているが、就業規則によれば始末書は懲戒処分以外に提出させる規定は見当たらないから、原告に対し始末書の提出を求めることは無理難題を強いるものというほかない。そして、被告が、原告の勤務態度が不良であることを示す事実として主張する他の点についても、仕事外しに至るまでの一連の経緯の中でみると、むしろ、2回目の産休明けからの校長等の原告に対する言動及び対処の仕方にこそ問題がありこれが原因となったというべきであって、しかも勤務態度不良を示す事実として主張するものの大部分は、校長ら使用者側との関係で生じたもので、教師の最も基本的な職務である生徒の指導・教育に直接に影響を及ぼす可能性のあるものが殆ど含まれていないことをも併せると、原告に教師としての適格性に欠けるものがあるとすることはできない。

 原告に対する仕事外しに至る経緯を見ると、被告が原告から授業及び校務分掌の一切の仕事を取り上げたのは、教職員が自主的に集まることや産休を権利として主張することを快く思わない校長が、学習会の中心メンバーであり、かつ、産休取得のために必要な配慮をしたのにこれが当然の権利であるかのように受け止めて被告に対する恭順さを示さず固い姿勢を維持し続ける原告の態度を嫌悪し、これを被告の都合の良いように改めさせるか又は教師として被告に留まることを断念させる意図のもとでした嫌がらせという他はなく、したがって、被告の原告に対する仕事外しは、教師である原告に対する業務命令権の行使として、外形的に見て相当性の範囲を逸脱しているだけでなく、主観的にも不当な動機・目的に基づくものであって、違法であると認めざるを得ない。

3 職員室内隔離、第三職員室隔離、自宅研修命令の違法性

 被告は、職員室内で原告の席を移動したのは、原告が他の教諭との会話を一々メモしたり、他の教諭と揉め事を起こすなど、他の教諭からひんしゅくを買うことが多かったからと主張するが、仮に原告が会話をメモすることがあったからといって、同じ職員室内で席を移動してもこれを防ぐ決め手にならない以上、何ら合理的理由といえない。かえって、組合結成の直前である昭和55年3月31日、校長は、外の集会や研究会に出たり、活動したりしてはいけないと述べ、同年5月27日に、女性教師を集めて原告の仕事外しについて説明会を開催した際、組合員は全員出席を断られ、更に昭和56年3月に組合が都労委に対し、原告に対する仕事外し及び組合員に対する賃金差別について不当労働行為救済申立てを行うということがあった。この事実からすると、被告が原告の席を移動して他の教職員から隔離したのは、組合の結成を嫌悪した被告が、学習会活動から引き続いて組合活動の中心人物として活動している原告に対してする嫌がらせであると共に、他の教職員に対する見せしめであると推認でき、したがって、被告の右措置は不当労働行為であると共に、行為そのものの態様からして、明らかに違法といわざるを得ない。

 原告の第三職員室隔離について見ると、当時、原告への対応や委員長の懲戒解雇の件について抗議団がしばしば学園に押し掛け、教育上好ましからざる状態が生じており、またそれを巡って他の教職員と組合員との間に、職員会議等で緊迫した状況も生じ、両者の間の人間関係も円滑さを欠くという状況にあったことは認められるが、それ以上に、日常その件に関して暴力沙汰が生じかねないような状況にあったとまでは認めることはできない。そして、右のような状況が生じた原因の一つは被告の原告に対するそれまでの処遇に問題があったためであることは明らかであって、しかも抗議団の問題は組合と被告間の問題であり、いかなる意味においても、原告個人を職員室から第三職員室に隔離することの合理的理由になり得ないことは明らかである。特に、非組合員の体育教師と原告との間のトラブルについては、暴力を振るおうとした体育教師の態度に問題があるにもかかわらず、被告は同人に対しては何らの注意も与えず、原告のみを第三職員室に隔離しており、このことは原告が組合員であることを理由とする差別的取扱いであって、不当労働行為であると同時に、行為そのものからして、明らかに違法であると認めざるを得ない。

 被告は、原告を自宅研修とした理由について、都労委に係属した事件も近い将来に結論が出される見通しが持てなかったことを挙げるが、これが原告の出勤そのものを禁止する理由になり得ないことはいうまでもない。そして、一連の事実からすると、被告による自宅研修命令は、第三職員室内での4年以上の隔離勤務によっても自発的に退職する意思を示さない原告に対して更に追い打ちをかけたものであって、原告を被告から完全に排除することを意図してされた仕打ちという他はなく、組合員であることを理由とした不当労働行為であり、同時に違法であると認めざるを得ない。

4 一時金の不支給及び賃金差別の違法性

 被告が、原告に対する昭和53年度末一時金、同54年度冬季一時金、同年度末一時金を一切支給せず、また同55年度以降は諸手当、一時金を一切支給せず、賃金は昭和54年度の基本給のみに据え置いていることは、原告が学習会のメンバーであることや、組合員であることを理由とする差別的な目的でされているものと認めざるを得ず、被告の右措置は違法であり、組合結成以後の時期に係る分については不当労働行為に配当すると認められる。

5 原告の損害及び被告の責任
 被告による仕事外し、職員室内隔離、第三職員室隔離、自宅研修及び賃金等の差別により、原告は10年以上の長期間にわたって、教師として最も重要な職務である授業だけでなく、校務分掌等の一切の仕事を取り上げられ、しかも出勤することだけは義務付けられて、他の教職員から隔離された席或いは職員室から隔離された1人のみの部屋で、1日中具体的な仕事もなく机の前に座っていることを強制され続けた挙げ句、自宅研修の名のもとに被告からも排除されてしまったのであって、このように、何らの仕事も与えずに勤務時間中一定の場所にいることを強制することは、原告に対して精神的苦役を科する以外の何ものでもなく、また右隔離による見せしめ的な処遇は、原告の名誉及び信用を著しく侵害するものというべきであって、原告は被告の右各違法行為によって甚大な精神的苦痛を受けたことは誰の目から見ても明らかである。そして、前記各違法行為は、被告の設置する高校の校長ないし副校長によってされた一連のものであるから、被告は、民法709条、715条、710条により、右不法行為によって原告が被った損害を賠償すべき義務があるところ、原告の精神的苦痛を慰謝すべき賠償額は、違法行為の態様、違法行為の期間、違法性の程度、被告の不当労働行為意思等の主観的要素その他本件に現れた諸事情を総合的に勘案して、金400万円とするのが相当である。
適用法規・条文
02:民法709条、710条、715条,
収録文献(出典)
判例時報1430号125頁
その他特記事項
本件は控訴された。