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Mカントリー倶楽部キャディ等労働条件変更事件

事件の分類
その他
事件名
Mカントリー倶楽部キャディ等労働条件変更事件
事件番号
宇都宮地裁 - 平成14年(ワ)第669号
当事者
原告 個人25名 A〜Y
被告 株式会社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2007年02月01日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 被告は、栃木県内で本件倶楽部を含む4カ所のゴルフ場の経営等を行う株式会社であり、原告AないしVは本件倶楽部においてキャディ職、原告WないしYは保育士職にそれぞれ就いていた女性である。

 被告は、経営するゴルフ倶楽部において利用者数、売上げの低下が続いていたことから、平成14年4月以降、(1)キャディ職については、これまでの期間の定めのない雇用契約を変更して雇用期間を1年とする契約社員とし、退職金を精算して退職金制度を廃止し、賃金制度を変更すること、(2)保育職については、託児所を閉鎖することから、事務職かキャディ職に配置換えすることを決定した。その上で同年1月30日の全体説明会において、キャディ職34名、保育職4名の全員に対し、社長から上記の労働条件の変更等について説明を行った。ただ、その際、賃金が平均24%減となる見込みであることや、1年間の有期契約化、退職金の精算などについては敢えて説明しなかった。そして、全体説明会後に、被告総務部長、副部長及び支配人は、キャディ職及び保育職従業員と個別に面接を行い、変更となる労働条件の内容を説明し、キャディ職従業員に対し、雇用期間を1年間とすることなどを記載した「キャディ契約書」を配布し、同年2月15日までに提出するよう指示した。

 在職キャディ原告A〜Sは、署名捺印の上、被告にキャディ契約書を提出し、同年3月末に退職金を受け取り、4月1日以降も本件倶楽部において勤務を継続した(原告Vは平成14年5月31日に、原告Uは同年10月15日に、原告Rは平成17年7月に、原告Sは平成18年3月にそれぞれ退職)。また、育児休業中であった原告Tは、託児所の閉鎖や労働条件の変更に不満を感じ、キャディ契約書を指定期日までに提出せず、退職届の提出も拒否していたところ、平成14年3月31日に解雇辞令を交付された。

 一方、保育職原告らは、託児所閉鎖に伴い、同年4月以降事務職を希望する旨伝えたが、支配人からキャディ職への異動を要請されたため、この要請を拒否して、同年3月31日をもって退職する旨申し出、同月末に退職金を受け取って、4月以降勤務をしなかった。

 キャディ職従業員らは、新給与規程により賃金が大幅に減額されることになって、被告の説明とは異なると考え、同年4月8日、本件組合を結成し、団体交渉において、会社の経営方針等について説明すること、双方が合意するまで本件労働条件の変更を留保すること等を要求した。これに対し被告は、キャディ職契約書が提出された場合は従来の雇用関係を終了させた上新条件の下での雇用関係を開始すること、キャディ職契約書が提出されなかった場合は自発的な退職の意思表示があったとみなす旨回答した。
 原告らは被告に対し、(1)原告AないしSについて、労働条件の不利益変更は原告らの同意を欠き無効であるとして、原告ら(原告Q及び同Rを除く)と被告との間に期間の定めのない雇用契約が存在していることの確認及び変更前と後の賃金の差額分の支給、(2)原告Tについて、解雇は無効であることから、雇用契約が存在していることの確認及び賃金の支払い、(3)原告U及び同Vの退職について違法があったことから、債務不履行又は不法行為に基づき、逸失利益、慰謝料及び遅延損害金の支払い、(4)保育職である原告WないしYについて、主位的には、解雇は無効であり期限の定めのない雇用契約が存在していることの確認及び賃金の支払を、予備的には、退職について違法行為があったとして債務不履行又は不法行為に基づき、逸失利益、慰謝料等の支払いをそれぞれ請求した。
主文
1 原告AないしQ及びTらが、被告に対し、期間の定めのない労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2 被告は、原告AないしVらに対し、認容額一覧表に対応する各金員を支払え。

3 原告WないしYの主位的請求をいずれも棄却する。

4 被告は、原告WないしYに対し、認容額一覧表に対応する各金員を支払え。

5 原告Q及びTないしVらのその余の請求、原告WないしYらのその余の予備的請求をいずれも棄却する。

6 訴訟費用は、原告AないしTに生じた費用、原告U及びVに生じた費用の3分の1、原告WないしYに生じた費用の3分の1並びに被告に生じた費用のうち15分の13を被告の負担とし、原告U及びVに生じたその余の費用並びに被告に生じた費用のうち75分の4を同原告らの負担とし、原告WないしYに生じたその余の費用及び被告に生じた費用のうち25分の2を同原告らの負担とする。
7 この判決の第2項及び第4項は、仮に執行することができる。
判決要旨
1 在職キャディ原告らと被告は本件労働条件変更について同意したか

 被告は、在職キャディ原告らに対して、本件労働条件変更の概要について説明した上で、雇用期間、賃金、賞与等の各項目について契約用紙を配布し、在職キャディ原告らは、その内容を認識した上、各自署名押印し、同契約書を提出したのであるから、在職キャディ原告らと被告との間には、同契約書記載の事項についての申込み及び承諾があったといえ、本件労働条件変更について合意したものというべきである。

2 在職キャディ原告らの本件労働条件変更同意における意思表示の瑕疵

 キャディ職従業員らは、社長から本件倶楽部の収支状況が厳しいこと等の説明を受けても、人件費を大幅に削減しなければならない程の状況にあると理解するなでには至らなかったが、本件労働条件変更について、3月末で一旦雇用契約が終了し、期間契約の契約社員として再雇用され、結局賃金及び雇用期間が現時点より不利益となることは理解し、社長は、在職キャディ原告らに対し、2月15日までに新条件の下で働く意思の表明を求め、これを表明しない場合は4月以降勤務できない旨を示唆しつつ、これを表明した場合には勤務できることを説明した。また、キャディ職原告らは、原告Tを除き提出期間内に全員がキャディ契約書を提出したが、提出が遅い者に対しては副部長らが、提出しないと来務を継続し得なくなることを示唆するなどして提出を催告した。

 上記経過によれば、在職キャディ原告らは、本件労働条件変更の必要性の内容、程度に理解を示して、これに協力すべく不利益変更を受け入れたとは到底考えられず、むしろ、契約書の提出により労働条件が不利益なものに変わると認識しながら、契約書を提出しなければ4月以降は働くことができないと考えて、契約書を提出し、本件労働条件変更を同意するに至ったと認めるのが相当である。しかし、キャディ契約書を提出しなければ働くことができなくなる合理的理由は全くなく、それを提出しなければ働くことができなくなると理解した点に、在職キャディらには誤信がある。

 全体説明において、社長が明確な形で解雇発言をしたか否かは不明といわざるを得ないが、被告が、(1)本件労働条件変更に際して、賃金減額のみならず、賃金形態及び雇用形態の大幅な変更をも併せて行うこととしたこと、(2)全体説明において、労働契約が一度終了することを前提とした説明をしていること、(3)個別面談でも、キャディ契約書を提出することと継続して働くことを同視する説明をしていることに加え、団体交渉時の説明を考慮すると、被告は、(4)3月末の時点で、従業員から契約の終了に同意する旨の書面を提出することなく従前の労働契約を終了させ、4月以降は旧条件を適用しない、(5)キャディ契約書を提出した従業員は新条件のもとで勤務させ、同契約書を提出しない従業員は勤務を行わせないという方針のもとで、本件労働条件変更を実施したものと認められる。そうすると、被告は、少なくとも同契約書を提出しない従業員については、解雇の意思表示というべき行動をとることを前提としていたということができ、各役員もこの方針に基づいた言動を行っていたことが窺われるから、社長が、原告らにおいて解雇と理解するような発言をしたとしても不自然な状況にはなかったというべきである。

 以上によれば、在職キャディ原告らの本件労働条件変更同意の意思表示には、動機の錯誤があり、その動機は黙示に表示され、被告もこれを知っていたといえる。そして、本件労働条件変更の内容が、在職キャディ原告らの認識においても、期間の定めのない契約から有期契約への変更という、極めて不利な内容であり、これに対する何らかの見返りあるいは代償措置を伴わないものであったことに照らすと、在職キャディ原告らは、上記錯誤がなければ本件労働条件変更の同意に応じることはなかったといえるから、上記錯誤は、要素の錯誤に当たるということができる。

3 在職キャディ原告らによる追認の有無

 本件労働協約には、本件労働条件変更の効力を認めることを前提とする記載はなく、その締結は、それまでの合意事項を確認する趣旨で行われたものであり、本件組合が当初から本件労働条件変更実施の留保を要求し、本件労働協約締結後ほどなくして本件訴訟を提起したという経緯に照らせば、本件組合が、本件労働協約締結に当たって、本件労働条件変更の効力を追認することを前提としていたなどと解す余地はない。

 在職キャディ原告らは、本件更新願書の提出前から、書面上本件労働条件変更の効力を認めるかのような記載のあることについて異議を唱え、提出後も、本件労働条件変更の効力に追認があったとする被告の回答に対し異議を唱えているのであるから、本件更新願書及び新キャディ契約書の提出について、本件労働条件変更の効力を追認する意思表示が含まれていなかったことは明らかというべきである。

 以上によれば、在職キャディ原告らによる本件労働条件変更の同意は、錯誤により無効であり、在職キャディ原告らは、被告に対して、旧条件による労働契約に基づき、期間の定めのない労働契約上の権利を有するとともに、旧条件を基準とする賃金額と4月以降実際に支給された賃金額との差額相当分の金員について、賃金請求権を有するものと認められる。

4 原告Tは労働契約上の地位を有するか

 原告Tは、平成14年2月9日に課長から電話を受けた際、勤務を続けることは難しい旨述べ、支配人らから重ねて退職届の提出を求められてもこれを拒否し、結局退職届を提出しないままに被告から解雇の意思表示を受けたというべきである。そして支配人自身、同月13日に直接原告Tから退職届の提出を拒否する旨聞いていたのであるから、遅くともその時点では原告Tに退職の意思がないことを認識していたといえるところ、被告は原告Tが退職意思を有していると窺われたことを捉えたのではなく、キャディ契約書を提出しないことを主たる理由として、原告Tに勤務意思がないと判断して解雇したものと認められる。そして、原告Tに他に何らかの解雇事由があったことは窺われないから、原告Tに対する解雇は、合理的理由を欠き、社会通念上相当として是認することができないものであることは明らかであり、解雇権の濫用に当たるというべきである。したがって、上記解雇は無効であり、原告Tは、被告に対して、期間の定めのない労働契約上の権利を有するものと認められる。

 原告Tは4月1日以降勤務を行っていないが、これは3月末の時点で、被告が勤務に就くことを拒否したことによるものというべきであるから、被告には、原告Tが4月以降勤務を行わなかったことについて責めに帰すべき事由があり、原告Tは4月1日以降の勤務について、賃金請求権を失わないものと認められる(民法536条2項)。

5 退職キャディ原告らの退職について被告に違法行為があったか

 被告は、売上げの低下が続く中で、T鉄道から事業統合や事業撤退を示唆され、かつ、同グループ内でゴルフ場事業を行うT興業がキャディ職従業員の人件費を削減した状況を見るなどしたことから、経費節減のため、本件労働条件変更を決めたものと認められるから、これには一応の経営上の必要性があったといい得る。しかし、被告の収支状況にしても、経常損益段階では利益を出している一方、賃金切下げ等の差し迫った必要性があるのなら、他の従業員にも応分の負担を負わせるのが通常であるところ、そのような事情も見出せない。そうすると、本件労働条件変更を実施するだけの高度の経営上の必要性があったということはできない。また、本件労働条件変更について同意を得るための説明についても、被告は、変更内容の詳細や変更の具体的理由を説明せず、説明方法も抽象的内容の社報の回覧と口頭による説明に留め、従業員に課す負担の大きさに応じた十分な説明を行うことがなかった。そして、その結果として、退職キャディ原告らについても在職キャディ原告らと同様に、本件労働条件変更に同意しなければ勤務を行うことができないと誤信させてキャディ契約書を提出させ、その誤信を認識しながら本件労働条件を変更し、賃金を20%以上も減額した。確かに、退職キャディ原告らは、退職の直接の契機としては、夫の交通事故、他の勤務先への内定という事情があったのであるが、他に13名ものキャディ職従業員が退職しており、本件労働条件変更が上記多数の従業員の退職の原因となっていたと窺われることを考慮すると、退職キャディ原告らは、支給された賃金が低額であったことなど新条件に不満を覚え、退職を余儀なくされたというべきである。

 以上によれば、被告は、賃金、雇用期間など、従業員にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす本件労働条件の変更について、そのような不利益を従業員に受忍させることを許容し得る高度の必要性に基づいた合理的な理由なくして、本来効力を有しない本件労働条件変更を実施したものといえ、本件労働条件変更の実施は、雇用契約上の義務に違反し、退職キャディ原告らに対する債務不履行に該当するものと認められる。

6 保育士原告らは労働契約上の地位を有するか-主位的請求

 保育士原告らは、(1)個別面談で、部長らから事務職への異動の可能性があることを示唆された後、突然支配人から事務職への異動はできないとしてキャディ職への異動を要請されたこと、(2)これに抗議しながらも、退職届の文言を自ら書き直した上で提出していることが認められる。そうすると、退職届の記載通り、キャディ職への異動に応じられないことを動機として、退職の意思表示をしたというべきである。そして、被告においても、上記退職届を受理した上、「願により職を解く」旨の辞令を交付しているのであるから、保育士原告らと被告との間の労働契約は、合意解約により終了したというべきである。

7 保育士原告らの退職について被告に違法行為があったか(予備的請求)

 保育士原告らは、(1)8年から10年間にわたり勤務を続けてきたこと、(2)平成13年4月からは事務職の業務も行ってきた反面、キャディ職の業務は行ったことがなく、これを希望することもなかったこと、(3)保育士及び事務職は同一の賃金体系が採られ、ほぼ同額の賃金の支払いを受けることができるのに対し、キャディ職は賃金体系に歩合給を含み平均額も事務職及び保育士従業員より少額に留まるほか、勤務場所も屋外で厳しい労働条件にあったこと、キャディ職を務めるにはゴルフに関する一定の知識を習得するため研修を受ける必要があることが認められる。そうすると、保育士職原告らがキャディ職に異動した場合には、保育士としての専門知識・能力を生かせないだけでなく、賃金面など労働条件が実質的に大きく後退することとなるのであるから、本人の希望なしに保育士原告らをキャディ職に異動させることは、保育士原告らに対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものというべきである。そして、被告の収支状況や事務職員に応分の負担を負わせていないことに照らせば、被告において、保育士原告らに対して上記不利益を負わせるだけの高度の経営上の必要性があったということはできない。また、被告は、保育士従業員のうち少なくとも数名については希望があれば本件倶楽部の事務職で勤務してもらうことを予定していたのであるから、保育士原告らに対してキャディ職として勤務させることを正当化するだけの経営上の必要性があったとはいえないことを考慮すると、被告が保育士従業員らに対して、事務職ではなくキャディ職への異動を促すことについて、合理的な理由はなかったというべきである。

 以上によれば、被告は保育士原告らに対して、従業員にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼすこととなるキャディ職への異動について、そのような不利益を従業員に受忍させることを許容し得る高度の必要性に基づいた合理的な理由なくして、上記異動を促し、結果として、キャディ職への異動に応じられないことを動機として退職の意思表示をすることを余儀なくされたというべきであるから、上記被告の行為は、雇用契約上の義務に違反し、保育士原告らに対する債務不履行に該当するものと認められる。

8 在職キャディ原告らに対する未払賃金額及び原告Tに対する未払賃金額 別記

9 退職キャディ原告らの損害について

 退職キャディ原告らは被告の債務不履行により精神的苦痛を被ったものと認められ、これを慰謝するべく、各自につき100万円の慰謝料を認めるのが相当である。他方、退職キャディ原告らは、被告退職後ほどなくして他の勤務先等で稼働していたことが認められ、相当の収入を得ているものと窺われるところであり、逸失利益の損害が生じたものとは認められない。

10 保育士原告らの損害について

 保育士原告らは被告の債務不履行により精神的苦痛を被ったものと認められ、これを慰謝するべく、各自につき、100万円の慰謝料を認めるのが相当である。また、各損害の合計額の1割相当額について、弁護士費用の損害を被ったものと認めるのが相当である

(認容額)

原告A:520万3818円、平成18年10月1日から本判決確定の日まで、毎月24日限り、9万6367円
原告B:533万0381円、同9万8711円
原告C:512万1198円、同9万4837円
原告D:540万5054円、同10万0094円
原告E:504円8186円、同9万3485円
原告F:528万3171円、同9万7837円
原告G:534万6968円、同9万9018円
原告H:518万3937円、同9万5999円
原告I:496万2699円、同9万1902円
原告J:510万2199円、同9万4485円
原告K:550万0764円、同10万1866円
原告L:504万7749円、同9万3477円
原告M:434万4282円、同8万0450円
原告N:527万9027円、同9万7760円
原告O:444万5906円、同8万2332円
原告P:441万0072円、同8万1668円
原告Q:395万1018円、同7万3167円
原告R:435万3905円
原告S:446万8684円
原告T:643万円、同31万円
原告U:100万円及びこれに対する平成14年12月14日から支払済みまで年5分の割合による金員
原告V:100万円及びこれに対する平成14年12月14日から支払済みまで年5分の割合による金員
原告W:167万3000円
原告X:164万5944円
原告Y:178万1028円
適用法規・条文
02:民法95条、415条、536条2項、709条
収録文献(出典)
労働判例937号80頁
その他特記事項
本件は控訴された。また、配置転換を巡って別件訴訟が行われている(宇都宮地裁-平成18年(ヨ)126号 2006年12月28日判決)。