判例データベース

M農協(S農協)所長うつ病自殺事件【うつ病・自殺】

事件の分類
うつ病・自殺
事件名
M農協(S農協)所長うつ病自殺事件【うつ病・自殺】
事件番号
和歌山地裁 - 平成11年(ワ)第417号
当事者
原告 個人4名A、B、C、D
被告 農業協同組合
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2002年02月19日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(確定)
事件の概要
 Tは、昭和39年4月S農業協同組合(旧組合)に就職し、平成9年当時、熊野川給油所の所長として、旧組合に勤務していた。一方、被告は平成13年5月1日、旧組合等3組合が合併して設立された農業協同組合であり、旧組合の権利義務の一切を承継した。 平成9年7月26日、台風により給油所が浸水し、機械類の破損、帳簿・書類の汚損等のために通常の業務ができず、4日間の休業を余儀なくされた。Tは同月30日頃から書類を自宅に持ち帰り、朝晩書類仕事をするようになったが、同年8月5日頃からは「全部自分が悪い」「在庫把握ができない」などとつぶやくようになり、同月15日頃からは不眠状態に陥り、作業はほとんど進まなくなった。Tは、同月上旬、自分の判断の誤りから多大な損害を与えたこと、錯乱した精神状態で職務は不可能であること、組合長らにお詫びすること等を記載した「辞表」と題する書面を作成し、同月22日縊死した。精神科医は、同年7月30日頃、Tは台風による被害を過大に考え、自責念慮が高度で、うつ病に罹患していたとの判断を示していた。 Tの妻である原告A、Tの子である原告B、同C、同Dは、Tの自殺は旧組合に過失又は債務不履行(安全配慮義務違反)があったためであるとして、被告に対し、不法行為又は債務不履行(安全配慮義務違反)に基づき、逸失利益、慰謝料など、原告Aについては5372万1883円、その余の原告については各2018万7960円を請求した。
主文
1 被告は、原告Aに対し859万8540円、その余の原告らに対し各314万9513円及び上記各金員に対する平成9年8月22日から各支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。

2 原告らのその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用は、これを6分し、その5を原告らの、その余を被告の各負担とする。

4 この判決は、上記1に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 Tの自殺と業務遂行との因果関係

 Tは、台風後の処理がうまくはかどらないことや、台風に対する処理の拙さについて思い悩み、しかもそれは日を追うごとに深刻になっていき、ついには正常な精神状態ではなくなっていったと認めることができ、少なくとも、当時うつ病に罹患していたか否かはともかくとしても、自殺を惹起するような、うつ病に比肩すべき精神疾患に罹患していたことは優に認められるというべきである。そして、Tの精神状態が不安定になったのが台風後であり、また他に自殺を考えるような原因が一切窺われないことからすると、Tは昭和61年に転勤のことを思い悩んで4ヶ月ほど病欠したことがあり、思い悩む性格の持ち主であったと考えられること、およそ自殺の原因を当人以外の傍から正確に窺い知ることが困難であることを考慮しても、Tは台風に対する対処の拙さなどを思い悩んで上記精神疾患に罹患した末に自殺したものと認めるのが相当であって、Tの自殺と業務遂行との間には因果関係が認められるというべきである。

2 過失ないし安全配慮義務違反の有無

 使用者は、その雇用する従業員に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身を損なうことがないよう注意する義務を負い、その義務違反は、雇用契約上の債務不履行(安全配慮義務違反)に該当するとともに、不法行為の過失をも構成するというべきである。 本件給油所は、台風による浸水被害を受けたことにより、通常業務に加えて、その復旧作業を要する事態に至ったのであるから、使用者である旧組合としては、通常業務に加えて復旧作業に従事する本件給油所職員、とりわけ所長という責任ある立場にあったTに対して、通常時以上に、その健康状態、精神状態等に留意し、過度な負担をかけ心身に変調を来して自殺をすることがないように注意すべき義務を有していたといわなければならない。しかるに、上司としてTに対し指揮監督命令をなし得る立場にあったSらにおいては、Tが台風後の処置の中で既に処理の目処が立った損害について思い悩み、Sらに対して蒸し返すように同じ趣旨の発言を繰り返していたことなどからすると、Tの異変を認識し得る可能性を有していたにもかかわらず、旧組合は、浸水被害を受けた翌日から4日間通常業務を休業することとして、その間、旧組合本所等から応援の者を派遣して清掃等を手伝わせたに止まり、Tを筆頭とする本件給油所従業員にその後の復旧作業を委ねた結果、Tを自殺させるに至ったものであるから、旧組合には安全配慮義務違反及び不法行為上の過失が認められる。

3 損害額

 Tの生活状況、勤務内容、給与額等に照らすと、Tは定年である60歳までは旧組合に勤務し、退職後64歳まで、65歳から67歳まで、それぞれ平成9年賃金センサスの経金賃金を得ることができたものと認めるのが相当であり、生活費控除をした上、各期間の中間利息の控除をして算定すると、Tの死亡時における逸失利益は、2611万5331円となり、退職金は87万4941円となる。 旧組合の不法行為ないし安全配慮義務違反の態様ないし内容、Tが自殺するに至った経緯等本件に現れた一切の事情を考慮すると、旧組合の不法行為ないし安全配慮義務違反によりTが受けた精神的・肉体的苦痛による損害を慰謝するには1800万円をもって相当と認める。また、原告Aの葬祭料は150万円、原告ら固有の慰謝料は、各自につき200万円をもって相当と認める。 旧組合には安全配慮義務違反及び不法行為上の過失が認められるものの、台風襲来からTの自殺までが1ヶ月足らずという比較的短い期間であったこともあって、Sらはその異変に対して直ちに何らかの対処を要するとは考えておらず、また、およそ通常人であれば誰しもが直ちに対処を要する事態であることを容易に認識することができるほどの認識可能性があったとまではいえない(1)。他方、Tの損害については、同人の自殺がその素因(精神疾患)に主たる原因があり、また、原告らの損害については、原告らは自らの手によってTの勤務環境を改善し得る立場にあったとは認められないものの、Tの家族として同人の症状に気付いて対処すべきであり、また、昭和61年当時、旧組合が従業員であるTの勤務環境に対して相当な配慮をなしていたことからみると、Tが精神疾患に罹患したと認められる8月頃においても、Tの異変に気付いた家族の者から、その旨連絡がなされれば、旧組合において相応の対処がなされたものと考えられる(2)。
 上記(1)と(2)を比較考量すると、Tの損害及び原告ら固有の損害のいずれにおいても、その損害を算定するに当たり、過失相殺ないし同類似の法理により、T及び原告らに生じた各損害の7割を減額するのが相当である。
適用法規・条文
02:民法415条、709条、722条2項、
収録文献(出典)
労働判例826号67頁
その他特記事項