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K市水道局職員いじめ自殺事件【うつ病・自殺】
- 事件の分類
- うつ病・自殺
- 事件名
- K市水道局職員いじめ自殺事件【うつ病・自殺】
- 事件番号
- 横浜地裁川崎支部 - 平成10年(ワ)第275号
- 当事者
- 原告 個人2名A、B
被告 K市
被告 個人3名E、F、G - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2002年06月27日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- M(昭和42年生)は、昭和63年4月に被告K市の職員として採用され、水道局に配属され、平成4年10月同局資材課に、平成7年5月1日に同局工業用水課に、平成8年4月1日に同局資材課にそれぞれ配転された。Mが同局工業用水課に勤務していた当時、被告Eは同課課長、同Fは同課事務係長、同Gは同課事務係主査としてそれぞれ勤務していた。
被告K市は、工業用水送水管敷設替工事施工のため、Mの父である原告Aに対し、工業用立杭の建設用地として耕作地の貸与を申し入れて交渉したが、原告Aが断ったため、工事費が増大したことがあった。
Mは内気で無口な性格であったところ、工業用水課に配置された1ヶ月後くらいから、被告ら3名から、「なんであんなのがここに来たんだよ」といった発言や、Mに対する高い評価についての不満、猥雑なからかい、Mが太っていることを揶揄し嘲笑するといった行為を繰り返すようになり、平成7年9月以降Mは欠勤しがちになった。同年11月の職場旅行会にMが参加したところ、被告Gは果物ナイフを振り回しながら、「今日こそは刺してやる」などとMを脅かした。
同年12月5日、組合本部において、M、Mの母である原告B、職員課長、人事係長、被告E、支部長、書記長が立会いの上、Mに対するいじめ問題の事情聴取が行われ、Mは大きな声でいじめの事実を訴えるとともに、心因反応で1ヶ月の休養を要するとの診断書を提出したが、被告Eは錯覚であると答えただけであった。その後職員課長は、自ら被告ら3名や工業用水課の職員から事情聴取したり、被告Eに調査を命じたりしたが、Mはほとんど出勤しなかったことから直接事情聴取をせず、いじめの事実を確認できなかった。
Mは、平成7年11月頃から医師の診察を受け始め、ほとんど出勤できない状態になり、平成8年4月に元の職場である資材課に配転となった。Mは同月に首吊り、ガスによる自殺を図ったが未遂に終わり、同年7月に第1回目、同年11月に2回目の入院をしたが、退院直後の同月12日に首吊り自殺を図って、その翌日3回目の入院をした。Mの症状は、心因反応、精神分裂病と診断され、平成9年1月に復職したが、4日出勤しただけで、同年3月4日、被告Eらを恨む旨の遺書を遺して自宅で首を吊って自殺した。
原告らは、Mの自殺は、被告E、同F、同Gによるいじめが原因であるとして、被告ら3名及び被告K市に対し、それぞれ6424万0819円の損害賠償を請求した。 - 主文
- 1 被告川崎市は、原告らに対し、各金1172万9708円及びこれに対する平成9年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らの被告川崎市に対するその余の請求並びに被告E、同F及び同Gに対する各請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、原告らに生じた費用の2分の1と被告川崎市に生じた費用を3分し、その1を被告川崎市の負担とし、その余を原告らの負担とし、原告らに生じたその余の費用と被告E、同F及び同Gに生じた費用を原告らの負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告川崎市が各原告に対し各金400万円の担保を供するときは、その仮執行を免れることができる。 - 判決要旨
- 1 被告ら3名のMに対するいじめの有無
Mが工業用水課に配属になってからおよそ1ヶ月経過した頃から、内気で無口な性格であり、しかも、本件工事に関するトラブルが原因で職場に歓迎されていない上、負い目を感じており、職場にも溶け込めないMに対し、上司である被告ら3名が嫌がらせ行為を執拗に繰り返し行ってきたものであり、挙げ句の果てに厄介者であるかのように扱い、更に精神的に追い詰められて欠勤しがちになっていたものの同課における初めての合同旅行会に出席したMに対し、被告Gがナイフを振り回しながら脅すようなことを言ったものである。そして、その言動の中心は被告Gであるが、被告E及び同Fも同調していたものであり、これにより、Mが精神的・肉体的に苦痛を被ったことは推測し得るものである。以上のような言動、経過などに照らすと、被告ら3名の行動は、Mに対するいじめというべきである。
2 被告ら3名のいじめとMの自殺との間の因果関係
Mの自殺の原因については、自殺直前の遺書等がなかったが、Mの作成した遺書1には「工業用水課でのいじめ、E、F、Gに対する「うらみ」の気持ちが忘れられません。」などと記載されており、これに加え、いじめによって心理的苦痛を蓄積した者が、心因反応を含む何らかの精神疾患を生ずることは社会通念上認められ、更に「心因反応」は、ICの10第5章の「精神症障害、ストレス関連障害及び身体性表現障害」に当たり、自殺念慮の出現性は高いとされている。そしてMには他に自殺を図るような原因は窺われないことを併せ考えると、Mは、いじめを受けたことにより心因反応を起こし、自殺したものと推認され、その間には事実上の因果関係があると認めるのが相当である。
3 被告らの責任
一般的に、市は市職員の管理的地位にあるものとして、職務行為から生じる一切の危険から職員を保護すべき責務を負うものというべきである。そして職員の安全の確保のためには、職務行為それ自体についてのみならず、これと関連して、ほかの職員からもたらされる生命、身体等への危険についても、市は具体的状況下で、加害行為を防止するとともに、生命、身体等への危険から被害職員の安全を確保して被害発生を防止し、職場における事故を防止すべき注意義務(安全配慮義務)があると解される。また、国家賠償法1条1項にいわゆる「公権力の行使」とは、国又は公共団体の行う権力作用に限らず、純然たる私経済作用及び公の営造物の設置管理作用を除いた非権力作用をも含むものと解するのが相当であるから、被告K市の公務員が故意又は過失によって安全配慮義務に違背し、その結果職員に損害を加えたときは、同法1条1項の規定に基づき、被告K市は、その損害を賠償すべき責任がある。
職員課長は、Mがいじめを訴えた平成7年12月5日時点で、精神疾患が見られるようになったことを知り、調査を一応行ったものの、いじめの一方の当事者である被告Eにその調査を命じ、しかも欠勤を理由にMからの事情聴取もしなかったものであり、自らの調査及び被告Eによる調査の結果、いじめの事実がなかったと判断して、いじめ防止策等の措置を講じないまま、Mの職場復帰のことを話し合った。その後も職員課長らは、職場復帰したMが再び休暇を取るようになったことを知ったが、格別な措置を執らず、配転の話を進めていった。このような経過及び関係者の地位・職務内容に照らすと、被告Eは被告Gなどによるいじめを制止するとともに、Mに自ら謝罪し、被告Gらにも謝罪させるなどしてその精神的負荷を和らげるなどの適切な措置をとり、また職員課に報告して指導を受けるべきであったにもかかわらず、被告G及び被告Fによるいじめを制止しないばかりか、これに同調していたものであり、職員課長から調査を命じられても、いじめの事実がなかった旨報告し、これを否定する態度をとり続けていたものであり、Mに自ら謝罪することも、被告Gらに謝罪させることもしなかった。また、Mの訴えを聞いた職員課長は、直ちにいじめの事実の有無を積極的に調査し、速やかに善後策を講じるべきであったのに、これを怠り、いじめを防止するための職場環境の調整をしないまま、Mの職場復帰のみを図ったものであり、その結果、不安感の大きかったMは復帰できないまま症状が重くなり、自殺に至ったものである。したがって、被告E及び職員課長においては、Mに対する安全配慮義務を怠ったものというべきである。
以上に加えて、精神疾患に罹患した者が自殺することはままあることであり、しかも心因反応の場合には、自殺念慮の出現する可能性が高いことをも併せ考えると、Mに対するいじめを認識していた被告E及びいじめを受けた旨のMの訴えを聞いた職員課長においては、適正な措置を執らなければ、Mは欠勤にとどまらず、精神疾患(心因反応)に罹患しており、場合によっては自殺のような重大な行動を起こすおそれがあることを予見することができたというべきである。したがって、上記の措置を講じていれば、Mが職場復帰することができ、精神疾患も回復し、自殺に至らなかったであろうと推認することができるから、被告E及び職員課長の安全配慮義務違反とMの自殺との間には相当因果関係があると認めるのが相当である。したがって、被告K市は、安全配慮義務違反により、国家賠償法上の責任を負うというべきである。
公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国又は地方公共団体がその被害者に対して賠償の責任を負うべきであり、公務員個人はその責を負わないものと解されている。そうすると、本件においては、被告Eら3名がその職務を行うについてMに加害行為を行った場合であるから、原告らに対し、その責任を負担しないというべきである。
4 原告らの損害
Mは、生存していれば、60歳の定年まで約30年間稼働することができ、その期間中順次昇給した給与を受けることができ、生活費として50%を控除すると、逸失給与の額は4468万5939円となる。退職手当については支給分を控除すると、その額は217万8787円となる。
原告らは、被告Eら3名のいじめ、被告K市の安全配慮義務違反により唯一の子であるMを失ったものであり、その無念さは想像に余りあり、その他諸般の事情を考慮すると、原告らの慰謝料はそれぞれ1200万円とするのが相当である。
Mは、いじめにより心因反応を生じ、自殺に至ったものであるが、いじめがあったと認められるのは平成7年11月頃までであり、その後配置換えとなり、また同月から医師の診察を受け、入通院をして精神疾患に対する治療を受けていたにもかかわらず、これらが功を奏することなく自殺に至ったものであり、これらの事情を考慮すると、Mについては、本人の資質ないし心因的要因も加わって自殺への契機となったものと認められ、損害の負担につき公平の理念に照らし、原告らの上記損害額の7割を減額するのが相当である。また原告らの弁護士費用は、それぞれ110万円とするのが相当である。 - 適用法規・条文
- 04:国家賠償法1条1項
- 収録文献(出典)
- 労働判例833号61頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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横浜地裁川崎支部 - 平成10年(ワ)第275号 | 一部認容・一部棄却 | 2002年06月27日 |
東京高裁 − 平成14年(ネ)第4033号 | 各控訴棄却(確定) | 2003年03月25日 |