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地公災基金岩手県支部長(H小学校教諭)自殺控訴事件【うつ病・自殺】

事件の分類
うつ病・自殺
事件名
地公災基金岩手県支部長(H小学校教諭)自殺控訴事件【うつ病・自殺】
事件番号
仙台高裁 − 平成13年(行コ)第9号
当事者
控訴人 地方公務員災害補償基金岩手県支部長
被控訴人 個人1名
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2002年12月18日
判決決定区分
認容(原判決取消、被控訴人請求棄却)(上告)
事件の概要
 Tは岩手県の小学校教諭であるが、昭和57年4月にH小学校に転任になって以降、同年10月、11月には道徳教育研究会等のために連日自宅で準備をしたほか、H小学校における道徳教育のやり方について疑問を感じ、校長との軋轢に悩まされるなどの状態にあった。Tは、同年12月には体重が減少して疲労が激しくなり、昭和58年1月22日には指導案のことで校長に呼び出されるなどし、同月24日に出勤するといって行方不明となった後、同年2月6日、遺書とともに縊死の状態で発見された。

 Tの妻である被控訴人(第1審原告)は、Tの自殺は公務に起因したうつ病が原因であるとして、控訴人(第1審被告)に対し、公務災害認定を請求したところ、控訴人はこれを公務外と認定する処分(本件処分)をしたことから、被控訴人はこれを不服として審査請求、更には再審査請求をしたがいずれも棄却されたため、本件処分の取消しを求めて提訴した。
 第1審では、Tは過重な公務によりうつ病を発症して自殺に至ったとして、本件処分を取り消したことから、控訴人はこれを不服として控訴した。
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
判決要旨
 当裁判所は、被控訴人の本訴請求は、Tが軽症うつ病あるいは何らかの精神疾患に罹患していた可能性は否定できないが、その担当する職務は公務過重とは認められず、したがってTの自殺は公務に起因したものとは認められないので、これを棄却すべきであると判断する。

1 Tのうつ病について

 「うつ病エピソード」の各判断基準に照らしても、うつ病エピソードにおける基本症状である当人自身が抑うつ気分の存在、悲しみ又は空虚感を感じていることを表現するか、全て又はほとんど全ての活動における興味、喜びの著しい減退が当人の言明又は他者の観察によって証明されているとはいえず、Tが反応性うつ病を含む中等症ないし重症うつ病に罹患していたと断定することはできない。もっとも、昭和57年12月2日、Tは体重が以前から5kg減少した52kgであり、食欲不振であったことが認められること、同年10月18日から同年12月6日までの間は、週学習指導計画案簿の備考欄に従来のような記載がないこと、同年12月に疲労感を訴えていたこと、昭和58年1月20日には、被控訴人や義父母がTに病院に行くよう勧めていることなどを考慮すると、その頃軽度のうつ病あるいは何らかの精神疾患を発症した可能性を全く否定することもできないと解するのが相当である。

2 Tの自殺と公務との関連性について

 Tは1学年を初めて受け持ったものであり、1学年は高学年に比べて単元数は少ないが、他方他の学年よりも授業の準備に時間がかかることがあり、基本的な生活態度の習慣づけなどをする必要がある点でそれだけ手間がかかることも否定し難いところである。しかしながら、H小学校における学団研究会及び全校研究会の回数につき、昭和57年度は合計22回予定されていたところ、釜石市内の他の小学校でも年20回程度が行われていたことからすると、H小学校のみが特別多いということはできない。また、昭和57年度の学校経営計画によると、全校授業研は年間1人1回とし、学団研の準備は略案程度で、指導案作成についても、その教材は国語、道徳の既存の学習指導書を基礎にしているものであって、全く新しく作成しなければならないものではないこと、週学習指導計画案簿にはTが道徳教育や公開授業などについて悩んでいたことを窺わせる記載はなく、同僚教諭にもその悩みを打ち明けたり相談したりしたことは認められないこと、Tは教師になって7年目であり、前任地でも道徳の授業研を担当したことがあること、指導案について全く経験のない教諭らも、臨時の講師さえも作成していることが認められるのであって、これらの事実を総合すると、H小学校におけるTの公務が特に過重であったため、これが原因となってTに軽症うつ病が発症したとまでは認めることはできない。

3 公務以外の事情について

 Tは、岩手県教職員組合に所属し、H小学校に転任前は活発に活動していたが、転任後は以前ほど活発ではなかったところ、昭和58年1月19日の新年会の席で、もっと組合活動に積極的に取り組むべきである旨言われたことが認められることから、Tが組合活動について何らかの悩みがあったのではないかとも推測され、その意味で、Tが軽症うつ病あるいは何らかの精神疾患を発症した可能性について、公務以外の事情による可能性も否定できない。なお、TはH小学校に転任するに伴い、既に養子縁組をしていた被控訴人の両親とともに同居することになり、その同居先から自家用車で通勤していたことが認められるが、夫婦仲が悪かったとか、養親との折合いが悪かった等の事情はなく、むしろ、被控訴人も両親もTを気遣っていたことが認められるのであって、家庭内の事情が軽症うつ病等の発症可能性の心理的負荷となった事情は認められない。
 Tは、中等症ないし重症うつ病に罹患していたとはいえないものの、軽症うつ病あるいは何らかの精神疾患を発症した可能性を全く否定することはできない。しかしながら、以上の説示に従うと、Tの軽症うつ病の原因が、Tの担当した公務が特に過重であった点にあるとまで認めることはできないというべきである。したがって、公務の過重が原因でTが自殺したものであると認めることはできない。
適用法規・条文
地方公務員災害補償法31条
収録文献(出典)
労働判例843号13頁
その他特記事項
本件は上告されたが、2003年7月17日、不受理とされた。