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菓子店店長暴言・暴行事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
菓子店店長暴言・暴行事件
事件番号
東京地裁 − 平成18年(ワ)第28784号
当事者
原告個人1名

被告株式会社X堂
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2008年03月26日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
 被告は、和洋菓子の製造・販売を業とする株式会社であり、原告は高校卒業後の平成17年4月1日から1年更新の契約社員として被告に雇用され、研修後の同月21日からV店に配属された女性である。

 V店は、店長C、パート従業員D、E及び原告が勤務しており、Cが外出した時期は唯一の社員である原告が商品の発注をし、発注数が少ないとして、原告はCから「僕がいないときは君が店長だ」と叱責されることがあったことから、原告はCに対し不満と不信感を持った。またCは、原告に対し「昨夜遊びすぎたんじゃない?」、「頭おかしいんじゃないの」などと言って命令に従うよう求めたり、「エイズ検査を受けた方がいい」、「秋葉原で働いた方がいい」などと発言したりもした。

 平成18年1月2日、V店全員とCの後輩店長の5人で居酒屋に行き、二次会にカラオケに行った後、午前1時頃タクシーで帰ったが、その際Cは原告に対し、「キスされたでしょ」、「俺にはわかる」、「処女に見えるけど処女じゃないでしょ」などと言った。また、原告は同日カラオケ店でCに右頬を手加減なしで殴りつけられたと主張した。

 同年7月の送別会の際、原告は他店で働く恋人の給料をEに話し、Eはこれを聞いてCに不満を述べたことから、Cは原告に対し他店の給与等をパートに話すべきでない旨強く注意した。また同月13日、Cは原告に対し工房に入らないよう再度注意しようとして「後で話があるからな」と強い口調で言った。原告は、恋人の給与が自分より高いことが嘘だったら、「土手に顔だけ出して埋めて、小便をかけて飲ませる」とCに脅されたとして、同月15日から出勤を拒むようになった。
 原告は、Cの度重なるセクハラや暴言、暴行という不法行為により、著しい精神的苦痛を受けたとして、Cの使用者である被告に対し、慰謝料500万円、6ヶ月分の休業損害99万5616円、弁護士費用50万円を請求した。
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 Cの原告に対する言動

 Cが原告に対し、「頭おかしいんじゃないの」、「遊びすぎじゃないの」等の言い方で原告に対し仕事上の注意、叱責をしていたことが認められるが、これらは指示に従わなかったときの叱責、勤務に差し支えないようにとの注意・指導であって、その言葉自体は必ずしも適切とまでいい難い部分があるものの、このような言葉で原告を叱責・注意したことが、直ちに損害賠償義務を発生させるような言動であるとは認め難い。

 Cが原告に「エイズ検査を受けた方がいい」と言ったことは認められるが、その話が出た状況、脈絡が不明であるから、これをもって違法の言動であるということはできないし、「秋葉原で働いた方がいい」の発言は、職場における雑談、軽口の域を出ないものであるから、これをもって原告に対する違法な言動であるとは認め難い。

2 平成18年1月2日の飲食店での言動

 Eは、1月2日の打ち上げでは参加者全員が和気藹々と飲んでおり、原告は普通に話しに乗っており、涙を浮かべる場面もあったものの、悪い雰囲気ではなかったとの印象を持っていること、Cが勤務中に注意しても原告がそれを無視したり、不服そうにしていて、Cが高校時代の陸上部で頑張って走った旨の思い出話をしたことが認められることに照らすと、Cが原告と近隣店舗の男性従業員との関係を尋ねたりすることを原告が不快に感じていたことが認められるものの、これらの発言は、Cが職務上の注意をする際に、それに関連して話が及んだものと推認されるのであって、発言の内容や態様が適切であったとまではいえない部分があるとしても、酒席における上記発言が直ちに原告に対する損害賠償義務を生じさせるような違法性を帯びるものであるとまでは認め難い。Cがカラオケ店内でシャドーボクシングのまねごとをしたことは認められるが、DもEもCが原告を殴ったところを見ていないことからすると、Cに殴られたとする原告の主張は信用できない。

3 平成18年7月13日のCの言動

 原告の主張する「土手に顔だけ出して埋めて、小便かけて飲ませる」旨の言動は、Cの日常の叱責等の言動に照らすと、極めて特異な発言であり、唐突であって脈絡も不明である。また、D、Eともその頃原告からCの脅迫的言辞について何ら苦情を言われていないことからすると、Cが同日原告主張のような脅迫的言辞を発言したと認めるには少なからず疑問が残る。そして、Cが同月10日頃、原告に注意した趣旨、内容は、社員としての原告に自覚を促すものであり、Cが相当程度厳しい口調で原告を叱責・説諭したことは窺われるものの、上記認定の注意、叱責が違法性を帯びるとまでは認め難い。

4 Cの一連の言動の違法性の有無

 個々のCの言動は違法性を帯びるものとは認められないこと、Cの一連の言動について、女性であるEは、原告がCからセクハラを受けていることを目撃したことはないと証言していること、原告は本店舗に友人をアルバイトとして紹介しておりセクハラ行為等で店長として問題があるとの認識は持っていなかったことが窺われること、平成18年1月2日から同年7月13日までは、Cには特別問題になるような出来事はなかったと原告が供述していることに照らすと、原告には、同年7月15日から出勤を拒むまでは、Cについて継続したセクハラ行為をする加害者であるとの認識を前提に、それを回避したり、周囲に訴えたりする行動は一切窺えないのである。そうすると、Cの原告に対する一連の言動は、雑談や酒席における一部の言動を除いて、原告に対する職務上の指導、注意、叱責であることは明らかであり、Cの一連の言動を全体としてみても、原告に対する継続したセクハラ行為であったとは到底認め難いものである。
 Cは、唯一の社員ではあるものの、その自覚が足りないと感じていた原告に対し、折に触れ、指導、注意し、時には厳しく叱責していたものであるが、他方で、原告はCの叱責について、その理由が必ずしも納得・理解できないと感じ、不安と嫌悪を感じていたものと推認できる。しかしながら、店長であるCが唯一の社員である原告に対して行ってきた注意や叱責には、職場の状況や原告の態度、対応からみて相応の理由や必要性があるものである。確かに、社会経験が乏しい中での初めての就職である原告が、Cの叱責、注意に対して十分に納得、理解していたとはいえなかった現状等に照らすと、Cの叱責、注意の仕方については、必ずしも適切かつ的確なものであったとはいえない部分があることは否めず、C自身が原告の出勤拒否を意外なものととらえているように、職場の上司として、注意、叱責をした原告がそれをどのように感じ、受け止め、Cや職場についてどのように考えているかについての理解や認識が十分ではなかったことは明らかであり、部下である原告についての相応な認識に基づく配慮に欠けた面があることも否めないのである。しかしながら、本件店舗の店長として、また原告の上司として、原告についての理解、認識、配慮等が十分ではない点があったとしても、Cの原告に対する注意、叱責等の発言が職場において許容される限度を超えた違法な言動であったと認めるには足りないというべきである。
適用法規・条文
収録文献(出典)
労働経済判例速報2019号9頁
その他特記事項
本件は控訴された。