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E工務店溶接士脳梗塞死控訴事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- E工務店溶接士脳梗塞死控訴事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 大阪高裁 − 平成14年(ネ)第1673号
- 当事者
- 控訴人兼被控訴人(1審原告) 個人3名 A、B、C
被控訴人兼控訴人(1審被告) 株式会社 - 業種
- 建設業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2003年05月29日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(上告)
- 事件の概要
- Tは、昭和33年に中学卒業後溶接工として稼働し、平成5年9月に第1審被告(被告)に就職した者である。
Tは、平成8年5月22日から23日の夜間作業の際、鉄粉が目に突き刺さる事故に遭い、その激痛のため十分な睡眠が取れないまま同月25日に出勤し、溶接作業中に脳梗塞を発症して同月29日に死亡した。
Tの妻である第1審原告(原告)A、Tの子である原告B及び原告Cは、Tの脳梗塞による死亡は業務に起因するものであり、被告には安全配慮義務違反があったとして、原告Aに対し5005万3267円、原告B及び原告Cそれぞれに対し2502万6633円の損害賠償を請求した。
第1審では、被告の安全配慮義務違反を認める一方、Tにも持病がありながら治療を受けなかったなどの過失があったとして、被告に対しTの損害額の3分の1に当たる損害賠償額の支払いを命じた。これに対し被告は安全配慮義務違反がなかったことを主張するとともに、原告らは過失割合を不服として、双方が控訴した。 - 主文
- 1 1審原告らの控訴に基づいて原判決を次のとおり変更する。
一 1審被告は1審原告Aに対し、2187万9845円及びこれに対する平成10年6月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
二 1審被告は1審原告Bに対し、1093万9922円及びこれに対する平成10年6月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
三 1審被告は1審原告Cに対し、1093万9922円及びこれに対する平成10年6月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
四 1審原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
2 1審被告の控訴を棄却する。
3 1審における訴訟費用については、これを5分し、その3を1審原告らの、その「余を1審被告の負担とし、控訴費用の内1審被告の控訴によって生じた分は1審被告の負担とし、1審原告らの控訴によって生じた分はこれを10分し、その7を1審被告の、その余を1審原告らの負担とする。
4 この判決は主文第1項一ないし三に限り仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 当裁判所は、1審原告(原告)らの本件請求は主文の限度で理由があると判断する。
1 Tの業務と死亡との間の相当因果関係
Tの脳梗塞は、同人が有していた心房細動や高脂血症、飲酒等の危険因子の危険因子の自然的経過によって発症したと考えることは困難である。そして、Tが平成8年5月23日まで極めて過重な業務に継続的に従事した上、同月22日から23日にかけての夜間作業中業務遂行中のグラインダーの事故が原因で、2日にわたり激痛のため睡眠を殆ど取れず、著しい疲労が蓄積状態のまま同月25日に就労したため、血液の乱流等の血行動態の変化、血液凝固能の亢進等を引き起こし、あるいはTの心房細動を誘発増悪する等して、心臓内における血栓の急激な増加を招き、その結果、脳血栓を発症した可能性が高いというべきである。
Tの死亡原因となった脳血栓は、同人が基礎疾患として有していた心房細動やその他の危険因子等が、1審被告における過重な業務遂行によって、その自然的経過を超えて急激に増悪促進した結果発症した蓋然性が高く、1審被告におけるTの業務と死亡との間には相当因果関係があることが優に認められる。
2 安全配慮義務違反の有無
Tは、平成8年5月22日の夜間勤務において事故に遭い、同月24日に突然有給休暇を取ったものであるところ、Tが被告に対し、事故やその後の体調について報告等していなかったため、被告において知り得なかったことはやむを得ない点もあるが、他方で、Tが就業予定日に突然有給休暇を取ることはかなり異例の事態であり、被告はTの健康診断の結果を把握していたのであるから、翌25日に出勤してきたTの状況に特段の注意を払うべきであったということができる。そして被告が上記対応をとっていれば、当日予定されていた業務への従事を止めさせた上安静を採らせることもでき、その結果本件脳梗塞の発症を回避し得た可能性もあったというべきである。
被告は、心臓等に異常があり治療を要する状態にあったTの年齢、健康状態等に応じて従事する作業時間及び内容の軽減、就労場所の変更等の業務内容調整のための適切な措置をとるべき注意義務を怠ったのみならず、法令の要求する労働者の健康管理を講じるための適切な措置をとることができるよう体制を整えていなかったものであって、仮に、被告がこのような安全配慮義務を履行していれば、Tは死亡しなかったと認められるから、被告の安全配慮義務違反とTの死亡との間には相当因果関係が認められるといわなければならない。
Tの健康状態及び業務実態によれば、本件脳梗塞は、Tの業務によって蓄積した疲労のみを原因とするものではなく、Tの心房細動(の素因)、高脂血症及び飲酒といった身体的な素因や生活習慣もその原因となっており、とりわけ、Tの脳梗塞は心原性のものでありその発症に心房細動が大きく関与したものと考えられる。そして、被告はTに対し、使用者として安全配慮義務を負っており、労働者であるTの健康状態を把握した上で、同人が業務遂行によって健康を害さないよう配慮すべき第一次的責任を負っているから、Tの身体的な素因等それ自体を過失相殺等の減額事由とすることは許されない。しかしながら、健康の保持自体は、業務を離れた労働者個人の私的生活領域においても実現されるべきものであるから、使用者が負う第一次的責任とは別個に、労働者自身も日々の生活において可能な限り健康保持に努めるべきことは当然である。
本件において、Tは平成6年及び7年の各予防検診で、心房細動により治療を必要とするとの所見を医師から示されており、それ以前から、心由来の疾病に罹患した経験を有していたのであるから、指示された治療等を受けるべきであったというべきである。それにもかかわらず、Tは本件脳梗塞が発症するまで心房細動等についての治療等を受けなかったものであり、Tが上記治療を受けていれば、本件脳梗塞の発症を回避し得た可能性が相当程度あることは否定し難いというべきである。
Tが平成8年5月23日まで過重な業務に継続的に従事した上、夜間業務遂行中の事故が原因で、2日にわたり激痛のため睡眠を殆ど取れず、著しい疲労が蓄積した状態のまま就労したため、心房細動更には脳梗塞を発症した可能性が高い。そして、労働者が業務中にその後の労務提供に支障を生ずるような事故に遭った場合も、使用者は当該労働者の症状を前提に今後の治療や業務担当等について十分に配慮すべき第一次的な義務を負うことは当然である。しかしながら、他方で、使用者が上記義務を十分に履行するためには、その前提として、労働者が使用者に対して、発生した事故の内容や自己の症状に関する報告をし、使用者側がこれを十分に認識する必要があるから、労働者は特段の事情がない限り、事故の内容や自己の症状等について報告すべきである。しかるにTは、上記事故に遭ったことや、同事故に起因する症状等について、被告に対して一切報告しないまま就労したものであり、Tの年齢、経験年数及び職務上の地位に照らしても、上記報告が困難であったと窺える事情は認定できない。そして、Tが被告に対し、上記報告を直ちに行っていれば、被告において、より迅速かつ適切な措置を採ることが期待でき、本件脳梗塞の発症を回避できた可能性が高かったということができる。
以上によれば、Tが脳梗塞に罹患して死亡したことによる損害を全て被告に賠償させることは、労使関係の非対称性を十分考慮しても、なお損害の公平な分担という法の趣旨に鑑み相当とはいえない。したがって、本件については、過失相殺について規定した民法418条を適用ないし類推適用し、本件における業務の過重性の程度や労務提供期間、その他T及び被告双方の諸般の事情を総合考慮して、Tが被告の安全配慮義務違反により被った損害額から4割を減じた額について被告は責任を負うと解するのが相当である。 - 適用法規・条文
- 民法415条、418条、労働基準法32条の4、労働安全衛生法3章
- 収録文献(出典)
- 労働判例858号93頁
- その他特記事項
- 本件は上告された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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大阪地裁 − 平成10年(ワ)第5264号 | 一部認容・一部棄却 | 2002年04月15日 |
大阪高裁−平成14年(ネ)第1673号 | 一部認容・一部棄却(上告) | 2003年05月29日 |
大阪地裁 − 平成14年(行ウ)第142号 | 認容(確定) | 2004年07月28日 |