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立川労基署長(T保険会社)突然死事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 立川労基署長(T保険会社)突然死事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成12年(行ウ)第343号
- 当事者
- 原告 個人2名A、B
被告 立川労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2003年10月22日
- 判決決定区分
- 認容(確定)
- 事件の概要
- P(昭和40年生)は、平成元年T保険に入社し、情報システム管理課に配属されたSEである。
Pは、データベース(DB)運用管理を主に担当し、平成3年6月以降は、実質的なチームリーダーとして、困難な業務を担当したほか、コンピューターの経験や知識の乏しい者への指導等も行っており、サービス残業を含み恒常的な残業を行っており、特に同年11月には有事テストが行われたことなどから、休日出勤15時間30分を含み62時間37分の時間外労働を行った。
Pは、本件発症前、昭和62年3月から平成3年1月までの間、7回の意識消失発作を起こしており、いずれも数分で自然に意識が解決していたが、同年11月30日、Pは友人の結婚披露パーティーに出席し、2,3杯のビールを飲むなどし、数歩歩いたところ突然前方に倒れ、意識を回復しないまま死亡した。
Pの両親である原告らは、Pの本件発症とそれによる死亡は、過重な業務に起因するものであり、業務上災害に該当するとして、被告に対し労災保険法に基づく遺族補償給付の支給を請求したが、被告はこれを業務外として不支給処分とした。原告らは、この処分の取消しを求めて、審査請求、更には再審査請求を行ったが、いずれも棄却されたため、本処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 被告が原告らに対して平成8年6月25日付けでした労働者災害補償保険法による遺族補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 業務起因性の判断基準
労災保険法に基づく保険給付は、労働者の「業務上」の死亡について行われるが、労働者が業務上死亡したといえるためには、業務と死亡との間に相当因果関係があることが必要である。また、相当因果関係の判断基準については、労災保険法に基づく保険給付が労基法上の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることを踏まえたものであることからすると、業務起因性が肯定されるには、当該業務に内在する危険が現実化することによって発症したと評価できることを要するのである。そして、脳・心疾患の基礎となり得る素因又は疾病(素因等)を有していた労働者が、脳・心疾患を発症する場合、様々な要因が上記素因等に作用してこれを悪化させ、発症に至るという経過を辿るといえるから、その素因等の程度や他の危険因子との関係を踏まえ、医学的知見に垂らし、労働者が業務に従事することによって、その労働者の有する素因等を自然の経過を超えて有意に増悪させたと認められる場合には、その増悪は当該業務に内在又は随伴する危険が現実化したものとして、業務との相当因果関係を肯定するのが相当である。また、訴訟上の因果関係の立証は、自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつそれで足りるものである。
2 業務の量的な過重性
Pの月間時間外労働時間は、平成3年5月が34時間(うち休日出勤2時間)、6月49時間10分(休日出勤8時間10分、深夜残業4時間10分)、7月46時間、8月46時間45分(休日出勤7時間45分、深夜残業が1時間)、9月40時間、10月49時間、11月71時間10分(休日出勤18時間、深夜残業11時間25分)となっており、水、金曜日以外はほぼ全日3ないし4時間の残業を申請実施していた。一方、Pが同年4月か以降本件発症までの間、所定休日以外に取得した休日は、有給休暇が7、8月に各1日、忌引きが8、9月に合計2日、休日出勤の代休が1日である。
上記によると、Pは平成3年6月以降は、所定外の休日を取ることは難しく、恒常的に時間外勤務をせざるを得ない状況が継続していたこと、しかすに会社は残業を抑制し、残業について申告許可制を採用するなど、サービス残業が起こりやすい素地があったこと、現に全般的に長時間のサービス残業が行われていたこと、水曜日と金曜日は極力残業申請はせず、なるべく入退館記録簿設置時間までには帰るようにしていたが、これを超えることがしばしばあったこと、月、火、木曜日も残業予定時間を超えることも多く、超過分の残業申請はされなかったことが認められる。また、夕食を摂るよりは早く残業を終わらせて帰るというのがPの部署の一般的傾向であった事実からすると、夕食時間を考慮することなく全在社時間を残業時間と認定すべきである。
同年11月には、Pの退社は午後10時近く、あるいはそれより遅い日が、実労働日22日中12日存在する。Pの通勤所要時間は1時間30分ないし1時間50分であったから、帰宅は午後11時30分ないし午前0時を超える時刻になり、他方、Pは毎朝7時半頃には自宅を出発していたから、Pの在宅時間は僅か7、8時間しかなく、睡眠時間は5時間前後という程度であったと認められる。また、本件発症前2週間は、7時までに退社することになっていた金曜日に連続して午後9時過ぎまで残業しており、多忙であったことが窺える。しかも、本件発症の4週間前までに集中したとはいえ、出張のため休日出勤があり、出張の移動のための時間的な拘束を受けており、自宅での深夜トラブルの電話対応や、これに引き続く未明の出勤もあり、これらも加わったことによる肉体的精神的具胆は非常に重いものであったと認められる。
4 業務の質的な過重性
Pの担当していたDBの業務は、平常の業務だけでも相当に高度な知識と技術が要求される上、T社は特に大規模なオンラインシステムを導入したばかりで、これに関わるSEはもともと強い精神的緊張を強いられた。しかも、Pはコンピューターに関し課内でもトップクラスの高度な知識と技術を有しており、より重要でより困難な業務を与えられ、それをこなしていった。平成3年6月以前は、2年先輩のSEであるAがリーダーであったためPの責任は軽かったが、同月以降転出したAに代わり、Pが実質責任者となったことにより責任が重くなり、多数の新たな業務を抱えることになった。しかも、同時に、コンピューターに関しほとんど知識も経験もない、あるいはDB管理に不慣れなメンバーが半数を占めるという事態に直面し、本来はそれらの者が行うべき作業を自ら行うとともに、指導・教育も行わなければならなかった。要するに、平成3年6月以降、Pは非常に多忙で、その労働は時間以上に密度の高いものであったが、周囲からの支援はさほど期待できず、むしろチームのメンバーへも指導等に手が掛かり、Pが支援しなければならない状況にあったといえる。
そして、夜間・休日におけるトラブル対応は、いつ連絡があるか予想がつかず、電話があれば睡眠は中断され、電話で対応できない重要なトラブルであれば深夜であっても出社してDBリカバリー作業に当たらなければならないことになり、そのこと自体による精神的負担も決して軽くはない。しかも、平成3年6月以降は、メインマスター以外のDBは
Pが常時担当し、メインマスターもPが常時対応を求められる体制となった。しかもその頻度も月に4回程度電話連絡があることが想定される程度であって、Pは夜間・休日においても、これを想定し業務から完全には解放されない状態が存したといえる。以上のとおり、労働の質的な目からも、ストレスの多い状況が本件発症まで約半年にわたって続いたと認めることができる。
以上検討したところによると、Pにはもともと激しい運動あるいは飲酒後の運動により希に誘発され、短時間で自然回復するような心室頻拍を起こす素質があったと推測されるが、業務従事を含め通常の社会生活を送る限りでは、そう頻繁に発作を生じさせるようなものではなく、致死的とならない程度のものであると考えられるところ、平成3年6月以降6ヶ月間にわたりPが継続して従事した業務は、労働時間、業務内容、人的体制、作業内容等からみて、不整脈による突然死の危険性を増大させるに足る過重なものであった。他方、Pは本件発症当時26歳7ヶ月と若年であり、仕事以外には不摂生をした形跡はなく、本件発症当時の酒量もその量からみて特に重視すべきものとは認められず、特に危険因子もなかった。これらに鑑みると、6ヶ月間にわたる上記過重業務がPの上記素質を徐々に悪化させるとともに、発症の誘因にも作用することによって、自然的経過を超えて、その基質を有意に増悪させ、遂には本件の致死性心室細動を引き起こしたものであることを、経験則に照らし通常人が疑いを差し挟まない程度の真実性をもって肯定することができる。したがって、その増悪は当該業務に内在又は随伴する危険が現実化したものとして業務との相当因果関係を肯定するのが相当である。
以上によれば、Pの死亡は、その従事した業務に起因するものというべきであるから、これを業務上の死亡と認めなかった本件処分は違法であり、取り消されるべきである。 - 適用法規・条文
- 労災保険法7条1項、16条の2
- 収録文献(出典)
- 労働判例866号71頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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