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おかざき専務過労死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
おかざき専務過労死事件【過労死・疾病】
事件番号
大阪地裁 − 平成14年(行ウ)第104号
当事者
原告個人1名

被告大阪中央労働基準監督署長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2003年10月29日
判決決定区分
認容(確定)
事件の概要
M(昭和15年生・死亡当時60歳)は、本件会社の専務取締役であり、死亡時における本件会社の役員は、M、社長であるS及びSの母の3人、従業員はSの妻を含め3人(半年前は7人)であった。

 平成12年8月26日、Mは5泊6日の北陸出張に出かけ、26,27日と福井県内の小売店訪問、28,29日と石川県内で営業活動をした。Mは30日商談等をして富山県内を巡回し投宿したが、翌31日客室ベッドの上で死亡していた。Mは平成7年9月、腰椎間板ヘルニアと診断され、その後も変形性股関節炎を患うほか、本態性高血圧の診断も受けていた。なお、被告会社においては定期的な健康診断は行われていなかった。
 Mの妻である原告は、Mの業務が量的に過重であり、死亡直前には猛暑の中で勤務したために死亡したものであり、Mの死亡は業務上災害に当たるとして、平成12年10月20日、被告に対し労災保険法上の遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求した。これに対し被告は、平成13年6月15日、Mが労働基準法上の労働者と認められず、労災保険の適用はないとして、不支給決定処分をし、審査請求でも棄却となり、再審査請求を受けた労働保険審査会が3ヶ月を経過しても裁決をしなかったため、本訴を提起した。
主文
1 被告が原告に対して平成13年6月15日付けでした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
1 Mは労災保険法上の「労働者」に当たるか

 労災保険法の保険給付の対象となる労働者の意義については、同法が労働基準法第8章「災害補償」に定める各規定の使用者の労災補償義務を補填する制度として制定されたものであることに鑑みると、労災保険法上の「労働者」は、労働基準法の「労働者」と同一のものであると解するのが相当である。そして、労働基準法9条は、「労働者」とは「職業の種類を問わず、事業又は事業所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」と規定しており、それは、使用者との使用従属関係の下に労務を提供し、その対価として使用者から賃金の支払いを受ける者をいうと解されるから、「労働者」に当たるか否かは、その実態が使用従属関係の下における労務の提供と評価するにふさわしいものであるかどうかによって判断すべきものである。

 Mは、昭和33年にSの祖父が営む本件会社の前身である個人商店に雇用され、少なくとも昭和51年に専務取締役に就任するまでの間は、前記祖父との使用従属関係の下、労務を提供していたということができるから、その間において労働者性を有していたことは明らかである。そしてMは専務取締役に就任した後も、その担当は営業であり、その業務は格別変化なく、他の従業員と同様に、小売店を回って注文を取る営業活動や商品の出荷作業に従事していただけでなく、事務所等の清掃も行うことがあり、営業成績についても、他の従業員と同様、Sから叱責を受けることもあったのである。そうすると、Mが専務取締役に就任したことをもって、直ちに本件会社との使用従属関係が消滅したということはできない。

 もっともMは、従業員の採用や賃金の決定についてSから相談を受けて関与していただけでなく、一定の範囲で決裁を行い、Sの不在の際はこれに代行して決裁するなど、従業員に対し一定の指揮命令を行い、一定の裁量を与えられていたことが窺われる。そして、Mについては労働時間管理の対象とはされておらず、Sと同額の月額48万円の報酬が支給され、決算書類上役員報酬として処理されていたことなど他の従業員との間には待遇等の面で差異がある。しかし、Mが25年間営業に従事し、それに精通していたことからすると、業務執行に関与し一定の範囲で従業員に対し決裁や指揮命令を行い、営業について一定の裁量が与えられていたとしても、必ずしもMの労働者性と両立しない事実と評価することはできない。また、労働基準法41条は労働時間の規制を受けない管理監督者に該当する労働者の存在を是認しているし、本件会社では従業員についても厳格な時間管理がなされていなかったことに照らしても、それのみで労働者性を喪失したものとはいえないし、Sと同額の報酬が支払われていた点についても、Mの本件会社における地位の重要性を裏付けるものであるといえるが、これが必ずしも労働者性と矛盾するということはできない。更に、本件会社では取締役会も通常は開かれず、定款・内規上取締役に業務執行権を認める旨の規定もないばかりか、Mの死亡時に本件会社には営業担当の従業員は2名しかいなかったことも、Mが使用人兼取締役であったことを推認させるというべきである。

 以上のとおり、Mは労働基準法9条の「労働者」に該当し、労災保険法の保険給付の対象となる「労働者」にも該当するというべきである。

2 業務起因性の存否

 Mが労災保険法における「労働者」に該当するにもかかわらず、被告はMを労働者と認めず、労災保険法の適用がないことを理由として本件処分をしたのであるから、本件処分は違法であるといわなければならない。そして、Mの死亡の業務起因性の有無については、第一次的に労働基準監督署長にその判断の権限が委ねられているところ、本件においては被告がその点について判断をしていないことが明らかであるから、裁判所としてはその点についての認定、判断を留保し、本件処分を違法として取り消すべきである。
 被告は本件訴訟において、予備的な主張として、仮にMが労働者性を有するとしても、その死亡については業務起因性が認められない旨主張する。しかし、労災保険法が、保険給付に関する決定に対する不服について、二段階の審査請求手続きを定めるとともに、取消しの訴えにつき第二段階の審査請求に対する裁決の前置を定めていることに照らすと、その専門的知識に基づく判断が最も要求される業務起因性の要件について、被告が本件処分の取消訴訟において業務起因性がない旨主張立証を行ったからといって、これをもって行政庁側が実質的に第一次判断権を行使したと評価することはできないといわなければならない。
適用法規・条文
労働基準法9条、41条、労災保険法16条の2、17条
収録文献(出典)
労働判例866号58頁
その他特記事項
本件は会社を被告とする損害賠償請求事件としても争われた。      

(大阪地裁平成16年(ワ)1193号 2006.4.17判決

大阪高裁平成18年(ネ)1417号 2007.1.23判決)