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S社過労死損害賠償請求事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
S社過労死損害賠償請求事件【過労死・疾病】
事件番号
名古屋地裁 − 平成17年(ワ)第472号
当事者
原告 個人2名A、B
被告 株式会社
業種
卸売・小売業・飲食店
判決・決定
判決
判決決定年月日
2007年10月05日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
被告は、薬局の経営等を目的とし、愛知県、三重県及び岐阜県にまたがってドラッグストア等のチェーン店を展開している株式会社であり、T(昭和52年生)は、大学薬学部を卒業した平成12年3月被告に入社し、新入社員研修を経てE店に配属になった者である。

 Tは、同年7月に薬剤師免許を取得したが、同年10月にCが異動になった後はE店唯一の薬剤師となった。Tは、店長代行がCからDに代わった頃から平日に休みを取得できなくなり、概ね全体の5分の3が通し勤務となったほか、Dに付き合う形で残業が多くなり、体重が減少し、吹き出物が出るようになった。

 平成13年5月8日から6月6日までは、E店での特売、A店の開店協賛セール等が実施され、Tは接客業務や商品の補充作業などに追われた。そして同年5月21日にDが異動してTがその地位に就いたが、引き続き多忙な勤務が続いた。Tは、同年6月6日、午後9時35分にE店を出て同僚2人と焼肉店に行き、その後交際しているFのアパートを訪れ、共にケーキを食べて酎ハイを飲み、ベッドに横になった。翌朝、Tはうつ伏せの状態で倒れており、救急車が到着した時には、心肺停止、瞳孔散大・対光反応なしの状態であった。

 Tの両親である原告らは、TはE店で唯一の薬剤師となって以降、本来2人で担うべき業務を1人で担当し、特に死亡前1ヶ月間は特に著しい長時間労働や休日も取れない労働などを強いられ、それによって死亡に至ったとして、被告に対し安全配慮義務違反を理由として、逸失利益1億4212万5599円、慰謝料5000万円、葬儀費用655万5829円、弁護士費用2000万円を請求した。
 なお、労働基準監督署長により、Tの死亡は業務に起因する災害であると認定され、労働者災害補償保険金として、原告らに対し、遺族補償一時金1164万9000円、葬祭料69万8940円が支給された。
主文
1 被告は、原告Aに対し、4149万0447円及びこれに対する平成17年2月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 被告は、原告Bに対し、4149万0447円及びこれに対する平成17年2月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 原告らのその余の主位的請求をいずれも拒否する。

4 訴訟費用は、これを2分し、その1を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
5 この判決は、第1項及び第2項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 Tの労働時間

 平成13年5月8日から同年6月6日までの期間において、Tは合計338時間11分の拘束を受け、このうち労働時間は310時間11分であると認められ、時間外労働時間は、約138時間46分となる。

 E店では、通常、午前9時50分から朝礼が行われ、Tは早朝及び通し勤務の際これに参加したから、10分間の前残業があったと認めるのが相当である。Tについては、1時間の昼休憩が与えられることになっていたにもかかわらず、客から説明を求められた場合には、休憩時間を中断して説明することになっていたことが認められるから、昼休憩の時間でも必ずしも労働から解放されていたということはできないが、他方、夕方までの間にある程度の休憩が取れていた可能性も否定できない。以上の点を考慮すると、Tの1日当たりの労働時間から休憩時間として1時間を控除するのが相当である。

 店長B及び交際者Fの労働基準監督署での聴取書等に、当時、店舗を施錠して帰宅する際は複数の者が一緒に帰宅するようにとの指示が被告から出されていたことを併せれば、遅番及び通し勤務であったこの間、Tは施錠するまで居残っていたものと認めるのが相当である。Tには、所定労働時間後にも行うべき業務があり、またTの仕事に対する姿勢から、BやDが残業している場合に、これを手伝ったり、又はそれに備えて待機すべき居残ったものと認めるのが相当である。

 以上のとおりであるから、Tは、Cが異動し、薬剤師がT1人となった平成12年10月以降、平成13年4月16日から6月15日までの間と同様に概ね5分の3の割合で通し勤務を行ったと認めることができる。

2 Tの業務と死亡との間の相当因果関係の有無

 Tは、死亡する前1ヶ月の期間において、時間外労働時間はおよそ138時間46分に上ることになるところ、これに通勤時間も考慮すると、必要な睡眠時間の確保も難しく、Tが従事した業務は、その労働時間に照らして著しく過重であり、心室細動などの致死性不整脈を成因とする心臓突然死を含む心停止発症の原因となるものであったというべきである。またTは、平成12年10月16日以降、E店唯一の薬剤師となり、休みが取りづらくなる一方、通し勤務や残業が多くなっていた。更にTは、管理薬剤師として責任ある立場で業務に従事し、医薬品に関する接客業務においては、副作用や禁忌などに配慮するなどの慎重な対応が求められ、また接客の合間を縫って、販売促進用のPOPの制作・商品の補充等をし、重い商品の運搬などの肉体労働にも従事し、店舗内を走り回ったりもし、その業務内容はTに対して一定の身体的負荷を及ぼすものであったというべきであるから、Tの業務は、質的にみても心身の負担となるものであった。このようにTの業務は、平成12年10月16日以降、疲労を蓄積させるようなものであったといえる。特にTが死亡する前の1ヶ月間は、恒例のセールスのほか、A店の開店協賛セールのために多忙を極め、その後もDの異動などに伴う業務が加わったものであるから、同期間中における1時間当たりの労働密度は一層高かったというべきである。

 Tは、被告入社前は健康であったにもかかわらず、薬剤師が1人になって以降、体重が減少し、吹き出物ができて治らない、風邪をひいてこじれる、立ちくらみがするなどの体調不良の状態となり、特に多忙となった平成13年5月中旬以降は、更に甚だしい疲労状態となり、交際相手Fに死ぬかも知れないなどと訴えていたこと、死亡の前日は、特段変わった様子もなく、焼き肉をよく食べ、一旦帰宅後、Fとケーキを食べ、酎ハイを2杯飲んで午前2時頃就寝したこと、そして午前5時頃までの間に隣で寝ていたFが気付かないまま死亡したこと、Tに何らかの死に至る原因疾患があったとは窺えないこと、このような場合には心室細動などの致死性不整脈により瞬間的に重い意識障害に陥り心停止に至った可能性が高いことが認められる。

 以上の外、Tの年齢や死亡前1ヶ月間に休日が2日しか取得できなかったことなども考慮すると、Tは過重な業務により心室細動等の致死性不整脈を発症して心停止に至って死亡したものと推認することができ、これによれば両者間には相当因果関係が存するものというべきである。

3 安全配慮義務違反の債務不履行責任又は不法行為責任の存否

 一般に、使用者はその雇用する労働者に対し、当該労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことのないように注意すべき義務(安全配慮義務)を負うと解される。本件において、被告もTに対してかかる義務を負っており、その具体的内容として、労働時間等について適切な労働条件を確保する義務を負っていたものというべきである。しかるに、被告は、平成13年5月8日から6月6日までの間において、労働基準法32条1項に照らすと、およそ138時間46分にも上る時間外労働にTを従事させ、この期間中Tに僅か2日の休日しか与えず、これにより、Tは業務に伴う疲労を過度に蓄積していったものである。そして、被告は店長を通じるなどしてこのような過重労働の実態を十分に認識できたものといえるし、これにより疲労やストレスなどが過度に蓄積し、労働者の心身の健康を損なう危険があることは周知のとおりであることからすれば、被告はTの死亡について予見することが可能であったというべきである。以上によれば、被告は安全配慮義務に違反しており、Tの死亡に対して債務不履行責任を負う。

4 損害額

 Tは死亡当時24歳で、入社後1年強しか経っておらず、今後も被告ないし同程度の企業に勤務するなどして昇給する可能性が合理的に期待されていたというべきである。かかる昇給可能性に照らせば、Tは平成13年度賃金構造基本統計調査第1巻第1表の企業規模1000人以上の企業・産業計・男性労働者・大卒・全年齢の年間平均給与額を下らない762万9000円を67歳まで受給できた蓋然性を推認できる。また、Tが死亡時独身であったことを考慮すると、逸失利益算定の基礎となる生活費控除率は50%とするのが相当である。そして、中間利息控除についてはライプニッツ法により行うのが相当であるところ、67歳までの就労可能年数43年間に対応するライプニッツ係数は、17.5459であり、Tの死亡による逸失利益は6692万8835円と認めるのが相当である。
 志半ばで死亡するに至ったTの無念さその他本件に現れた一切の事情を考慮すると、Tが過重な業務に従事した死亡により被った精神的苦痛の慰謝料は、2200万円とするのが相当であり、葬儀費用としては140万円をもって相当と認める。また、弁護士費用としては500万円をもって相当と認める。
適用法規・条文
民法415条、709条、労働基準法32条1項
収録文献(出典)
労働判例947号5頁
その他特記事項
本件は控訴された。