判例データベース
中央労基署長(D社)過労死事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 中央労基署長(D社)過労死事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 東京地裁 - 平成11年(行ウ)第290号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 中央労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2003年04月30日
- 判決決定区分
- 認容(確定)
- 事件の概要
- T(昭和5年生)は、昭和60年4月、約40年間勤務した国鉄を退職した後、鉄道を専門とする電気工事行を営むD社に入社し、工事部のJR担当の責任者として、主にJRから請け負った工事に関する受注、監督、専属下請業者の調整・決定等の業務に従事していた。
Tが従事していた業務は、大別して、(1)主に昼間業務として行うJR関係の工事に関する受注・監督・専属下請業者の調整・決定等、(2)夜間業務として行う検電接地工事等であり、(1)がTの本来業務であるが、必要に応じ(2)業務にも従事しており、昼間勤務、夜間勤務連続して従事することがあった。
平成元年1月1日から5月13日までのTの就労状況をみると、1月は昼間勤務22日、夜間勤務18日、うち昼夜来務17日、不就労日8日、2月は昼間勤務20日、夜間勤務18日、うち昼夜勤務14日、不就労日4日、3月は昼間勤務25日、夜間勤務22日、うつ昼夜勤務20日、不就労日3日、4月は昼間勤務21日、夜間勤務4日、うち昼夜勤務4日、不就労日9日、5月(13日まで)は昼間勤務7日、夜間勤務0日、昼夜勤務0日、不就労日6日となっており、多くの場合昼間勤務と夜間勤務を連続して行っていた。
Tは、平成元年5月14日午前4時頃自宅においてくも膜下出血を発症したことから、Tは、本件発症は業務に起因して起こったものであるとして、被告に対し労災保険法に基づき障害補償給付の支給を請求したが、平成8年に死亡したため、Tの妻である原告は、改めて未支給の障害補償給付等の支給を請求した。これに対し被告は、Tの発症は業務外であるとして不支給処分(本件処分)をしたことから、原告はこれを不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 被告が原告に対し平成8年6月28日付けでした労働者災害補償保険法による未支給の傷害補償給付等を支給しない旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 業務起因性の判断基準
労災法は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり、治った場合において、その身体に障害が存するときは、補償を受けるべき労働者の請求に基づき、傷害補償給付を支給する旨を定める(労災法7条1項、12条の8第1項、2項、労働基準法77条)ところ、「業務上負傷し、又は疾病にかかり」とは、労働者が業務に起因して負傷し又は疾病にかかった場合をいい、負傷又は疾病との間に相当因果関係のあることが必要であると解すべきである。また、労基法及び労災法による労災補償制度は、業務に内在又は随伴する危険が現実化して労働者に傷病等をもたらした場合には、使用者等に過失がなくとも、その危険を負担して損失の填補の責任を負わせるべきであるとする危険責任の法理に基づくものと解され、この制度の趣旨に照らすと、業務と傷病との間の相当因果関係の有無は、経験則、科学的知見に照らし、その傷病が当該業務に内在又は随伴するする危険の現実化したものと評価し得るか否かによって決せられるべきである。
ところで、脳血管疾患は、業務による過重な負荷が加わると血管病変等がその自然経過を超えて著しく増悪し、発症に至る場合があるから、脳血管疾患における業務起因性の成否については、労働者が従事した業務が、その血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ、発症に至らせるほどの過重負荷になるものであったか否か、当該業務が業務以外の因子と比較して、発症につき相対的に有力な原因となったか否かにより判断することが相当である。
2 業務の過重性
Tが従事した業務は、昼間勤務、夜間勤務について、それぞれを個別にみると、その業務内容及び就労時間において、いずれも肉体的、精神的に特に過重な負荷となるようなものであったということはできない。しかしながら、平成元年1月以降、Tが1日のうちに本来の業務である昼間勤務の後、休日を取らずに引き続き同様の昼夜勤務に従事することも少なからずあった。これを具体的にみると、同年1月10日以降4月1日までの82日間では、昼夜勤務の日が53日間もあり、しかも6日連続の昼夜勤務が3回、5日連続、4日連続、3日連続の昼夜勤務が各2回となっている。この間完全な休日は10日にすぎず、昼間勤務のみの日は僅か11日、夜間勤務のみの日が8日である。そして、昼間勤務に続いて夜間勤務に従事する際には、午後8時ないし9時過ぎ頃に一旦帰宅し、午後11時過ぎ頃に自宅から工場に車で出向き、翌日午前5時頃に再び帰宅し、午前6時30分頃に再び出勤することが多かったことからすると、連続して昼夜勤務に従事するときは、まとまった睡眠時間を確保することが困難であったと認められる。
そして、長時間労働がこの脳血管疾患の発症に影響を及ぼす理由として最も重視すべきは睡眠不足であり、睡眠時間が1日に4時間ないし6時間以下である場合は、1日7、8時間である場合と比べ、脳・心臓疾患の有病率や死亡率を高めることが指摘されている。また、不規則な勤務は、生活リズムの悪化をもたらす場合が多く、交替制・深夜勤務は、シフトの変更に伴い、生体リズムと生活リズムとの位相のずれを生じさせ、その修正の困難さから疲労が取れにくくなる場合があるとされており、勤務時間の変動や不規則さも、疲労の蓄積に悪影響を及ぼすことが指摘されている。
以上の医学的知見に照らしてTの就労状況をみると、Tは昼夜連続勤務に頻繁に従事していた平成元年1月10日から4月1日までの間において、勤務に全く従事しなかった10日間を除くと、夜勤中の待機時間を睡眠時間として考慮に入れても、睡眠時間が1日6時間以下であった日が多いとみられる上、この間52日にも及ぶ昼夜勤務の場合には、断続的に短時間ずつの不規則な睡眠しか取れず、また昼間勤務のみ、夜間勤務のみの勤務形態が不規則に続いている。このように、Tはこの間業務による疲労を回復することができず、長期にわたり疲労が蓄積した状態にあったものということができ、この長期間にわたる疲労の蓄積は、Tの脳動脈瘤が増悪し破綻に至る要因となったというべきである。
被告は、Tがくも膜下出血を発症する前の6ヶ月間において、1ヶ月当たりの時間外労働時間数の最大値が27時間30分にすぎず、発症前1ヶ月間には夜間勤務がほとんどなく発症前1ヶ月間ないし6ヶ月間において、1ヶ月当たり概ね45時間を超える時間外労働が認められない場合は、業務と発症との関連性が薄いとしている。しかしながら、専門検討委員会報告書によれば、1日7.5時間の睡眠が確保できる状態を検討し、これが1日の労働時間8時間を超え2時間程度の時間外労働を行った場合に相当することから、疲労が蓄積しない場合として、1ヶ月概ね45時間以内の時間外労働を想定したことが認められるから、本来問われるべきは睡眠時間の長さというべきである。
もっとも、被告が指摘するとおり、Tは平成元年4月2日以降は、昼間勤務のみの本来の勤務形態に戻り、昼夜勤務は3日間のみであり、本件疾病発症の前約2週間は7日間の休暇を取っているから、蓄積した疲労が多少は回復したということができよう。しかし、同年1月10日以降4月1日まで続いた前記勤務形態に照らすと、なお破綻に至るまでに増悪したTの血管病変(脳動脈瘤)を修復させるものではなかったとみるべきである。
また、被告は、TがD社にとってさほど利益の大きくない工事を受注し、これを自ら行ったことを問題とするが、労働者における業務が過重であったか否かは、当該労働者が就労した業務の内容及び態様に基づき判断すべきものであり、当該労働者において当該業務又はこれによる負担を自ら軽減することができたか否かによって左右されるものとはいえない。以上によると、Tが従事した業務は、脳動脈瘤を増悪させ、破綻させるほどの過重負荷になるものであったというべきである。
以上のとおり、Tが発症前に従事していた業務は、長期にわたる蓄積疲労をもたらし、本件疾病の原因である脳動脈瘤破綻の要因となったものと認められる一方、Tには本件疾病発症の要因になったとまでいえるような個体的因子は認められない。そうすると、Tが従事した業務は、同人の脳動脈瘤をその自然経緯を超えて著しく増悪させ、本件発症に至らせる程度の過重負荷になったものであり、業務以外の基礎的要因と比較して、本件疾病の発症につき相対的に有力な原因となったものといえるから、Tの業務と本件疾病の発症との間には相当因果関係が認められ、本件疾病は業務に起因するものといえる。 - 適用法規・条文
- 労働基準法77条、労災保険法7条1項、12条の8第1項、15条、16条、17条
- 収録文献(出典)
- 労働判例851号15頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|