判例データベース

和歌山労基署長(NTT和歌山設備センター)過労死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
和歌山労基署長(NTT和歌山設備センター)過労死事件【過労死・疾病】
事件番号
和歌山地裁 - 平成13年(行ウ)第4号
当事者
原告個人1名

被告和歌山労働基準監督署長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2003年07月22日
判決決定区分
認容(確定)
事件の概要
 T(昭和29年生)は、昭和48年4月にNTTの前身である日本電信電話公社に入社し、昭和63年4月から和歌山支社技術センターにおいて、線路技術設計担当の業務に従事していた者である。

 Tは、平成6年12月15日から平成7年2月10日までの予定で、設計積算業務に従事していたが、この工事はTの苦手なメタリックケーブル系の工事であった。Tは、同年2月1日から10日まで、午後5時10分の終業時間後、課長の承認を受けずに残業し、所定労働日8日間の労働時間は76時間50分となったほか、同月1日、2日、3日、6日及び10日にはそれぞれ持ち帰り残業をし、その時間の合計は約15時間となっていた。また、Tは所定休日(4日、5日)にも出勤し、午前10時前後から午後6時30分頃まで設計書作成等の作業を行っていた。一方、Tの同年1月12日から同月31日まで(所定労働日13日間)の労働時間をみると、同月12日、13日、17日、19日及び20日の5日間の合計労働時間は少なくとも58時間41分、同月23日から27日まで並びに30日及び31日の7日間の総労働時間は少なくとも約65時間20分となっており、所定労働日以外の6日間も出勤し、その合計労働時間は約33時間20分となっていた。

 Tは、同年2月7日夜、自宅において原告に対し頭痛を訴え、同月11日、設計書作成等の作業を完成させるために出勤の準備をしていたところ、自宅で倒れ、病院に搬送されて開頭血腫除去手術を受けたが、同年4月25日、本件疾病に起因するストレス性潰瘍による消化管出血により死亡した。
 Tの妻である原告は、Tの発症及びこれに基づく死亡は、異常な長時間労働及び担当業務が予定期間を徒過したことを原因とする精神的緊張に伴う過重負荷によるものであるとして、被告に対し、平成7年9月18日、労災保険法に基づき、遺族補償年金及び葬祭料の給付を請求したところ、被告はTの疾病は業務が有力な原因となって発症したとは認められないとして、これらを給付しない旨の決定(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として、審査請求更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本訴を提起した。
主文
1 被告が原告に対し平成9年3月28日付けでした労働者災害補償保険法による遺族補償年金を支給しないとした決定及び同月25日付けでした同法による葬祭料を支給しないとした決定をいずれも取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
判決要旨
1 脳血管疾患の発症と業務との間の相当因果関係(業務起因性)の判断基準

 労災保険法1条、7条1項1号にいう「業務上の事由による労働者の死亡」及び労働基準法79条、80条にいう「労働者が業務上死亡した場合」とは、労働者が業務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい、単に死亡の結果が業務の遂行中に生じたとか、あるいは死亡と業務との間に事実的因果関係があるというだけでは足りず、これらの間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする相当因果関係の認められることが必要であるところ、労災補償制度が、業務に内在又は随伴する危険が現実化した場合にそれによって労働者に発生した損失を補償するものであることからすると、当該発症が当該業務に内在する危険が現実化したことによるものと評価できる場合に相当因果関係があるというべきであり、業務とそれに直接関連性のない基礎疾患とが協働して当該疾病が発症した場合において相当因果関係が肯定されるためには、当該業務に内在ないし随伴する危険が当該疾病の発症について相対的に有力な原因となっていることが必要であるというべきである。そして、労働者が業務により肉体的、精神的に過重な負荷を受け、これにより当該基礎疾患が自然経過を超えて著しく増悪し、疾病を発症したと認められる場合には、当該業務に内在ないし随伴する危険が当該疾病の発症について相対的に有力な原因になっているものというべきである。

2 本件疾病と業務との相当因果関係(業務起因性)の有無

 本件疾病発症前1ヶ月間のTの労働時間は、少なくとも約272時間11分、所定労働に数が21日であり、法定労働時間が1日8時間であることからすると、Tのこの期間における所定外労働時間は、少なくとも約104時間11分にのぼることとなる。厚生労働省が平成13年11月16日付けで発表した検討会報告書に基づき定めた新認定基準には、発症前1ヶ月間に概ね100時間を超える時間外労働が認められる場合には、業務と脳血管疾患の発症との関連性が強いと評価できるとされていることが認められていることに照らしても、Tの業務が相当過重であったと評価することができる。

 しかも、Tは平成7年1月9日から本件発症の前日である同年2月10日まで所定労働日のみならず所定休日も出勤して、連日設計積算業務に従事していたのであり、新認定基準に、休日のない連続勤務が続くほど業務と発症との関連性をより強めるとされていることが認められることに照らしても、Tの業務が過重であったということができる。

 Tは、不得手とされるメタリックケーブル系の工事の設計積算業務を期間内に完成させる必要があったところ、その作業が遅滞していた上、同僚らから支援を受けることも困難な状況にあり、期間内の完成が困難となっていたのであり、現に期間内に完成させることができなかったのであるから、Tは同工事の設計積算業務に従事するに当たり、業務の困難性と期限の切迫性という点で、相当程度の精神的緊張を強いられていたとみることができる。

 被告は、Tが朝早く出勤して勤務した時間、自宅における作業の時間は、使用者の指揮監督が及んでおらず、労働密度は一般に低いものであるから、労働時間に算入すべきではないと主張する。しかし、平成7年1月ないし2月当時、NTTにおいては、労使協定により、残業時間を1ヶ月当たり18時間以内に抑えることとされている一方、管理職から正規に発令された残業時間のみで担当業務を消化し切れない場合に、労働者が自主的に残業ないし持ち帰り残業をすることが多かったことに照らすと、たとえ使用者の指揮監督の及んでいない時間における作業であっても、それは自己の担当業務の消化のためにやむを得ずされていたものにほかならないから、作業の身体及び精神に与える負荷は、使用者の指揮監督下における残業による負荷と変わらないものということができる。

 Tが遅くとも平成2年1月25日から平成6年2月10日までの間、中等症高血圧又は重症高血圧症に該当する血圧の数値である上、遺伝的にも高血圧症であった可能性が高い一方、血圧降下剤の服用のみで特段の血圧コントロールの措置をとっておらず、かえって、脳出血の危険性を相乗的に増大させる多量の飲酒(1日当たり水割り4、5杯)及び喫煙(1日当たり30本)の嗜好があったということができる。しかし、(1)心臓左室肥大の所見が平成6年2月の検査では消失し、尿蛋白は一貫して発現しておらず、血清クレアチニンの数値も正常範囲内であり、眼底についての異常の証拠はないこと、(2)Tの状態は、臓器障害の他覚的徴候が明らかでない期に分類されていること、(3)脳血管奇形、腎性高血圧、重症糖尿病、薬物や他の疾患による出血傾向といった事情が存在しないこと、(4)Tの両親は脳出血を発症していないこと、血圧の数値は検査の際、緊張等により実際の数値より高い値が多いこと等が認められる。

以上の事実によれば、Tの血圧の数値は高いものの、それは検査に伴うものである上、同人の不安神経症によって高くなっている可能性がある一方、Tの臓器には高血圧に起因する特段の他覚的な異常所見が見られないか消失しており、臓器障害の他覚的徴候は明らかでないということができ、また遺伝的にみても、両親が高血圧であるにもかかわらず脳出血を発症していないことからTが特に脳出血を発症しやすい遺伝的素因を有しているとはいえないと評価できる。更に、Tが他に高血圧性脳出血を発症しやすい腎疾患や糖尿病といった素因を有していないことに照らすと、本件疾病が、同人の高血圧症の自然経過を有力な原因として発症したということはできない。

 以上の通り、Tは、同人の経験から困難な業務を期間内に行わなければならない一方、阪神淡路大震災の影響により同僚らからの支援を期待できないという精神的な緊張を伴う業務を、1ヶ月間に所定労働時間を少なくとも104時間以上超過して行うという過重な業務を行っていた。他方、Tは高血圧症であったということができ、また飲酒、喫煙といった脳出血の発症する危険のある嗜好を有していたものの、臓器障害の他覚的徴候に欠けること、不安神経症も抗不安剤の服用により症状が消失していたことに照らすと、これらの私的な要因が有力な原因となって発症したということはできない。したがって、本件疾病は、Tの業務が過重であったことが相対的に有力な原因となって発症したものということができる。
 以上によれば、Tの本件疾病の発症及びこれに起因する死亡と同人の業務との間には相当因果関係が認められる。よって、Tの本件疾病の発症に業務起因性が認められないことを理由として、原告主張の遺族補償年金及び葬祭料を支給しないと決定した本件各決定は違法であって、原告の請求には理由があるから、本件各決定を取り消すこととする。
適用法規・条文
労働基準法79条、80条、労災保険法1条、7条1項、16条の2、17条
収録文献(出典)
労働判例860号43頁
その他特記事項