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電信電話会社北海道支店心筋虚血死事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 電信電話会社北海道支店心筋虚血死事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 札幌地裁 - 平成15年(ワ)第282号
- 当事者
- 原告 個人2名 A、B
被告 電信電話会社 - 業種
- 運輸・通信業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2005年03月09日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- K(昭和18年生)は、昭和37年に電電公社に入社し旭川事業所に配属になり、経営が被告に代わっても、一貫して同事業所に勤務していた。
Kは、平成5年の職場定期健康診断で異常を指摘され、受診の結果、陳旧性心筋梗塞(合併症として高脂血症)と診断され手術を受けた。Kは高脂血症の治療と併せて、冠状動脈疾患に対する治療を受けており、指導区分「要注意C=日勤、夜勤以外の服務に原則として就かせない、時間外労働は原則として命じない、過激な運動を伴う業務、宿泊出張は原則としてさせない」に区分されていた。
被告は、平成13年、構造改革の一環として、(1)繰延型(被告を退職し新会社に採用し、賃金を15~30%低下させて65歳まで雇用継続可能、(2)一時金型(雇用形態は(1)と同じで、被告退職時に一時金支給)、(3)60歳満了型(被告で継続雇用し、全国転勤・業績主義徹底)の3つの雇用形態・処遇体系の選択肢を用意し、Kは(3)を選択した。
被告は、Kを法人営業部門に異動させ、平成14年4月24日から同年6月30日までの2ヶ月余、札幌と東京での研修を行うこととし、医師と協議の上、Kが安定した状態にあると判断して、Kに本件研修の受講を命じた。Kは札幌での研修中同年6月7日の研修後旭川の自宅に帰宅し、同月9日先祖の墓の前で死亡しているのが発見された。
Kの妻である原告A及び子である原告Bは、Kは心臓の既往歴があって「要注意C」に指定されながら、平成13年以降時間外労働の増加が顕著になり、雇用形態の選択で心理的負荷が過大になった上、長期的かつ継続的な宿泊を伴う研修に参加したことが急性心筋虚血発症の危険因子となったから、業務と死亡との間には因果関係が認められ、被告には重大な安全配慮義務違反があったとして、被告に対し、逸失利益3380万9160円、葬儀費用141万9563円、慰謝料3000万円、弁護士費用652万円を請求した。
なお、原告らは、労働基準監督署長に対し、労災保険法に基づく遺族補償年金等の支給請求を行ったが、不支給決定処分を受けた。 - 主文
- 1 被告は、原告らに対し、それぞれ3314万1886円及びこれに対する平成14年6月9日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求(但し、1項で認容した金額に相当する債務不履行に基づく損害賠償請求及びこれに対する附帯請求部分を除く。)をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを10分し、その1を原告らの、その余を被告の各負担とする。
4 この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 因果関係の有無
Kの冠状動脈硬化は、心筋梗塞を伴い、外科的治療を望めないほど重症であったと解されるところ、心筋梗塞を含む虚血性心疾患の危険因子としては、喫煙習慣、高脂血症、加齢、精神的・肉体的ストレス等が挙げられ、Kは約30年にわたる喫煙習慣があり、高脂血症を併発していて、年齢的にも死亡当時58歳であるなど、上記危険因子に該当するところ、Kは雇用形態の選択に際して60歳満了型を選択したが、その選択に際して精神的ストレスを感じていたことが窺える。更に本件研修は、研修内容が全く新たな分野であったことや宿泊場所が他の研修生と同室であったことなどから睡眠不足に陥るなど、精神的・身体的にも種々ストレスがあったことが窺えるところである。
一般に、心筋梗塞、動脈硬化などの基礎疾患が存在している場合に、業務に起因する過重な精神的、身体的負担によって労働者の基礎疾患が自然的経過を超えて増悪し、急性心筋虚血等の急性心疾患を発症するに至ったといえる場合には、業務と急性心筋虚血等との間の因果関係を肯定できると解するのが相当であるところ、Kに関して遺伝的素因が見当たらないことに照らすと、本件研修によるストレスが動脈硬化の危険因子となっていることは推認できるところである。加えて、Kには重度の冠状動脈硬化が発症していたこと、Kの心臓は予備能力のない状態であったこと、本件研修が、被告に残るか新会社等に転出するかという処遇選択を伴ったもので、研修後にこれまでと全く異なる職種の仕事に従事しなければならなくなるといった点でKの精神面に大きな作用を及ぼすと考えられること、本件研修は長期間の連続する宿泊を伴うもので、Kの生体リズム及び生活リズムに大きな変化が生じたと解されること、平成13年6月以降、Kには自律神経に関わると思われる多彩な症状が現れていたこと、本件研修の約4ヶ月前からKが不整脈や体調の不良を訴えており、研修期間中も睡眠不足等の不具合を訴えていたこと、宿泊を伴う出張が予備能力のない心臓にとっては危険であると考えられることなどの諸事情を総合考慮すると、Kが本件研修に参加したことで、その精神的、身体的ストレスが同人の冠状動脈硬化を自然的経過を超えて進行させ、その結果、突発的な不整脈等が発生し、急性心筋虚血によりKが死亡するに至ったものと推認するのが相当である。
2 被告の過失又は安全配慮義務違反の有無
被告は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の健康を損なうことがないように注意する義務を負うと解される。被告は、Kに陳旧性心筋梗塞の既往症があり、合併症として高脂血症に罹患していたことを前提に、Kに対して指導区分「要注意(C)」の指定をし、原則として時間外労働や休日労働を禁止し、過激な運動を伴う業務や宿泊を伴う出張をさせないこととしていたのであるから、Kのその後の治療経過や症状の推移、現状等を十分検討した上で時間外労働や宿泊出張の可否が決定されるべきであった。
具体的には、Kに高度の冠状動脈硬化と著しい心機能低下があった上、平成10年以降、やむを得ない理由があるとして、Kに対して時間外労働を命じ、その時間は年々増加傾向にあって、平成13年には1ヶ月平均4.83時間の時間外労働を命じており、同年6月以降、頻脈、欠滞、不眠等の症状が現れ、また平成14年4月24日から2ヶ月間以上にわたって、自宅から離れて宿泊を伴う研修に参加させ、その際の宿泊場所として、そのほとんどを2人ないし4人部屋で過ごすことになることが予め分かっていたのであるから、これらの事情を総合すると、Kを本件研修に参加させることになれば、同人の生体リズム及び生活リズムに著しい変化を生じさせ、過度の精神的、身体的ストレスを与えることが十分予測でき、これらの経過に照らすと、被告において、Kを本件研修に参加させることにより、同人が急性心筋梗塞等の急性心疾患を発症する可能性が高いことを少なくとも認識することが可能であったというべきである。被告が、本件研修にKを参加させるか否かを決定するに際して、カルテを取り寄せるとか、主治医から具体的な診療、病状の経過及び意見を聴取するなどしておけば、その問題点に気付いたと考えられ、宿泊を伴う長期間の本件研修に参加させるか否かを決定するに際してはより慎重な対応が必要であったというべきである。
にもかかわらず、健康管理医と課長は協議の上、前年における医師との面談等で特別問題がなかったこと、毎月の保健師による職場巡回の際に、Kから症状の悪化や体調不良等の訴えがなく、職場の上司との話し合いの中でも特別な事情が出て来なかったことから、被告はKが安定した状態にあると判断し、Kの本件研修への参加を決定したのであって、その結果、Kが急性心筋虚血によって死亡するに至ったのであるから、被告の担当者には、上記の義務に違反した過失があるということができる。なお、本件研修開始後、東京研修が始まる1週間前に医師がKと面談し、主治医から診断書が出れば東京出張は回避できる旨話したが、一般的な内容に終始しており、Kが主治医に相談するのは必ずしも容易ではなかったと考えられる。被告は、労働者自身の健康管理義務を主張するが、本件研修が雇用形態・処遇体系の選択を伴うものであって、Kが被告に対し本件研修への参加を見合わせることを要請することを期待できるような状況にあったとは考えにくいことを考慮すると、Kが本件研修への参加を見合わせることを申し入れなかった事情は、被告の注意義務違反を否定ないし軽減するものではない。
以上によれば、被告は、Kの本件研修への参加を止めさせるべきであったというべきであり、それにもかかわらず、Kを本件研修に参加させた過失があるから、被告は、同人及び相続人である原告らが被った損害を賠償する責任がある。
3 損害額
Kは死亡当時58歳であって、少なくとも原告ら請求に係る620万3288円の限度で年収があったものと推認することが相当であり、生活費控除は30%、67歳までの9年間就労が可能であったと考えられ、逸失利益は、3086万4211円となる。
被告の注意義務違反の内容、程度、Kの年齢、生活状況その他の事情を考慮すると、本件によりKが被った精神的苦痛を慰謝するには、2800万円の支払をもってするのが相当である。また、葬儀費用は141万9563円、弁護士費用は600万円とするのが相当である。 - 適用法規・条文
- 民法709条
- 収録文献(出典)
- 労働判例893号93頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
札幌地裁 - 平成15年(ワ)第282号 | 一部認容・一部棄却(控訴) | 2005年03月09日 |
札幌高裁 − 平成17年(ネ)第135号 | 控訴棄却(上告) | 2006年07月20日 |
https://www.jaaww.or.jp/joho/data/20090117145504.html | 原判決破棄(控訴認容)差戻し | 2008年03月27日 |
平成20年(ネ)第113号 | 原判決変更(一部認容・一部棄却) | 2009年01月30日 |
札幌地裁 - 平成20年(行ウ)第18号 | 認容(控訴) | 2009年11月12日 |
札幌高裁 − 平成21年(行コ)第20号 | 控訴棄却(確定) | -0001年11月30日 |