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K社心臓性突然死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
K社心臓性突然死事件【過労死・疾病】
事件番号
大分地裁 − 平成16年(ワ)第433号
当事者
原告 個人3名 A、B、C
被告 株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2006年06月15日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 被告は金属の加工及び販売や工作機械等の販売を目的とする会社であり、T(昭和50年生)は、平成14年5月7日から被告に勤務し、鉄板の凹凸をならす業務に従事していた。

 Tの従事していた面取り作業は、中腰の状態での作業であり、長時間作業すれば腰が痛くなる上、振動により手のしびれを誘発するものであり、工場内には冷房もなく、夏場の作業は高温による負担もかかるものであった。Tは6月頃から体の痛みや吐き気などを訴えるようになり、7月末には疲れや体の痛みを訴えていた。

 被告における労働時間は、午前8時から午後5時まで、休日は隔週2日及び祝日、盆、年末年始と定められていたが、Tの所属する面取りグループは、土曜日及び祝日は全て出勤し、日曜も出勤となることが度々あり、土曜日及び休日出勤日以外は、午後8時まで残業するのが常態であった。Tが被告で勤務を始めてから8月10日までの休日は合計8日であり、7月29日から8月10日までの13日間は休日がなかった。

 8月9日の作業は深夜に至り、午前零時頃まで作業を続行した上、10日も朝から同作業を続行し、Tは同僚と炎天下で土砂をならす作業を行っていたところ、午後4時20分頃倒れ、病院に搬送されたが死亡した。病理解剖が行われていないので傷病名は不明であるが、医師は心疾患が疑われるとの見解を述べている。Tは死亡当時26歳で、これまで特に大きな病気をしたことがなく、親族にも心臓の疾患のある者はいなかったし、健診でも異常は認められていなかった。
Tの養子である原告A、Tの長女である原告B及びTの配偶者である原告Cは、Tの死は被告の安全配慮義務違反によるものであるとして、それぞれ2297万8151円、2297万8151円、4595万6303円の損害賠償を請求した。
主文
1 被告は原告Aに対し、2107万0989円及びこれに対する平成14年8月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 被告は原告Bに対し、2107万0989円及びこれに対する平成14年8月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 被告は原告Cに対し、金4215万0989円及びこれに対する平成14年8月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4 原告らのその余の請求を棄却する。

5 訴訟費用はこれを18分し、その1を現告らの、その余を被告の負担とする。
6 この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 Tの業務と死亡との因果関係

 健康診断の結果等からみて、Tが先天的な心臓疾患を有していた可能性は低く、高血圧、高脂血症、糖尿病、肥満といった虚血性心疾患の危険因子を有していたとも認められず、解離生大動脈瘤があったとも考えにくい。医師は心筋梗塞の可能性が大きいとの見解であり、長時間労働などによる職業性ストレスは、心筋梗塞の発症の下地を形成し、これを誘発・惹起する可能性があり、若年者心筋梗塞の場合、その発症の背景には過労状態があるとの指摘がなされていること、高温条件で熱を放射しにくい衣服を着て作業を行ったりすると、体温調節機能が消失し、時に不整脈が起こること等が認められるところ、Tの経歴、被告入社前の健康状態、業務内容、死亡直前の健康状態、殊に7月から8月9日までの勤務については、暑い環境の中で長時間労働が続き、休日も少なく、死亡前日には深夜まで勤務し、通勤時間等を考慮すると睡眠も十分に確保できず、疲労困憊とまではいえないにしても、その疲労がピーク又はそれに近い状態に達していたと考えられることなどを総合考慮すると、被告における過重な業務により肉体的・精神的負荷がかかり、Tの疲労が蓄積している状態の中で、長時間労働などによる職業性ストレスの結果、心筋梗塞を発症したものと推認することができる。したがって、Tの死亡と同人が従事していた業務との間に相当因果関係があると認められる。

2 被告の安全配慮義務の有無

 労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続する等して、疲労や心理的負担が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険があるというべきである。被告は、使用者として、労働者との間の雇用契約上の信義則に基づいて、業務に従事させるに当たっては、業務過程において労働者にかかる負担が著しく過重なものとなって、労働者の生命・健康を損なうことのないように、労働時間、休憩時間及び休日等について適正な労働条件を確保し、労働者の安全を確保する安全配慮義務を負うというべきである。そして具体的には、被告はTの労働状態を認識していたのであるから、Tに対し、過度に長い労働を課することのないよう残業や労働時間を調整し、休日又は代休を定期的に与えることにより最低限の休息日を確保し、業務時間中もTのような若い若しくは見習の従業員も最低限必要な休息を取ることができるように一斉休憩を適宜与えることにより、Tの健康が損なわれることのないよう配慮する義務があった。そして、上記の注意義務が履行されていたとしたら、Tの死亡は回避できたと考えられるから、被告の安全配慮義務違反とTの死亡との間には因果関係があるというべきであり、被告は債務不履行によりこれによって生じた損害を賠償する責任がある。

 被告は、Tは若年であり、健康上の問題もないため、虚血性心疾患等を発症して死亡することを予見することは不可能である旨主張する。しかしながら、長時間労働が継続するなどして疲労やストレス等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう可能性のあることは周知の事実であり、またTは見習期間終了前の段階であり、他の労働者が適宜休憩を取っていても、真面目な性格とその立場上休憩が取りにくく、残業を断ったり、代休を申し出ることも困難であったことが認められる。そうすると、Tに対し休日を与えることなく、長時間の過重な労働をさせた被告には、Tの死亡について予見可能性があったというべきである。

 被告は、8月12日からはお盆休みが予定されていたことを理由に7月の労働に対する業務軽減措置が取られていなかったと主張する。しかし、Tの過重労働の状態が7月に限られるわけではなく、お盆休みは就業規則上8月13日から15日までと定められ、特別な業務軽減措置となるのは12日のみであり、Tには炎天下で砂ならしの作業をさせるなどしているのであるから、8月12日からのお盆休みをもって業務軽減措置であるということはできない。

3 損 害

 被告は、再三の注意にもかかわらず、Tが水分補給をしなかったから、心不全による死亡について過失があると主張するところ、上司に注意された際に直ちに水を飲もうとしなかったことがあったとしても、当日の暑さや労働状況からしてTが全く水分を補給しなかったと断定することはできず、夏期の水分の不足は虚血性疾患のリスクファクターであることは否定できないとしても、寄与度減額をするに足りる両者の関係や寄与度については、これを認めるに足りないというべきである。

 Tは、死亡当時26歳の男性であったところ、平均賃金が得られる蓋然性があり、1年間に少なくとも平成14年賃金センサス産業計全労働者の平均収入額である494万6300円の収入を、満67歳までの41年間就労して得ることができたとして、家族構成等を顧慮し、生活費として30%、ライプニッツ方式によりTの逸失利益を算出すると、5987万9957円となる。Tが死亡するに至った経緯、年齢、原告Cと結婚後僅か半年で、幼い原告A、これから生まれてくる原告Bを残して死亡したことに鑑みれば、Tが受けた精神的苦痛を慰謝するには2000万円が相当である。Tを失った原告らの精神的苦痛は大きく、原告らには固有の慰謝料が認められるべきであり、各精神的苦痛を慰謝するには、原告Cについては400万円、原告A及び原告Bについては、各200万円が相当である。
4 損益相殺の範囲 (略)
適用法規・条文
民法415条、709条、労災保険法64条
収録文献(出典)
労働判例921号21頁
その他特記事項
本件は控訴された。