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地公災基金京都府支部長(J市教委次長)くも膜下出血死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
地公災基金京都府支部長(J市教委次長)くも膜下出血死事件【過労死・疾病】
事件番号
京都地裁 − 昭和59年(行ウ)第20号
当事者
原告 個人1名
被告 地方公務員災害補償基金京都府支部長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1990年10月23日
判決決定区分
認容
事件の概要
Hは、昭和26年に京都府の教員になり、昭和38年以降京都府教育委員会に勤務し、昭和52年5月以降J市教育委員会教育次長の職にあった者である。

 Hは、助教諭になって以降ほとんど病欠もなく、血圧も正常であったが、昭和48年に本態性高血圧症と診断され、その後心肥大と診断された。その後の健康診断でも高血圧症、高脂血症と診断され、昭和51年の健康診断以降、通院して血圧降下剤の投薬治療を受け、最大血圧値も160,170,150,130,144,150,148,150、最小血圧値も100内外で安定していた。

 J市では、汚職事件、行政ミスの発生で、市長、助役が退陣し、教育庁も退任したことから、建て直しのためHが教育次長として派遣されたが、教育長が任命されないことから、教委事務局の実質的な最高責任者となった。Hは次長就任当時、小学校新公舎建設、中学校建設のための用地買収、給食センターの建設等難問が山積し、昭和52年5月にHが教育次長に就任して以降、時間外勤務は、5月24時間、6月71時間、7月49時間、8月59時間半、9月31時間半、10月(15日まで)12時間半に及んでいた。

 同年10月に新市長が初登庁し、Hは同月10日までに数回、新市長とともに中学校の用地を視察し、候補地を検討したが、開校予定時期まで時間的に切迫しており、Hの主張する用地の変更は不可能な状態にあった。同月11日から15日までの間、Hは毎朝8時半に出勤し、午後8時ないし10時頃に帰宅しており、この間予算査定、市議会社会文教委員会出席、小学校建設協議会への出席、教育庁会議への出席等を行い、同月15日(土)午前8時半頃出勤したが、学校建設に絡む新たな疑惑が報道されたことから、これに対する対策協議を行い、定例部長会議終了後の正午過ぎに倒れ、病院に運ばれたが、脳動脈瘤の破裂によるくも膜下出血と診断され、同月30日死亡した。
 Hの妻である原告は、昭和53年1月20日、被告に公務災害認定請求書を提出したところ、被告はこれを公務外災害と認定(本件処分)したことから、原告はこれを不服として審査請求、更には再審査請求を行ったが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消を求めて本訴を提起した。
主文
1 被告が、昭和55年1月11日付でなした原告に対する公務外認定処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
1 公務起因性の意義と要件

 地公法31条にいう「職員が公務上死亡した場合」とは、職員が公務に因り死亡し、負傷し、若しくは疾病にかかり、若しくはこれらにより死亡したものを指し(地公法45条1項)、右の死亡、負傷又は疾病と公務との間に相当因果関係のあることが必要であり、かつ、これをもって足る。そして、公務上災害であることを主張する原告において、この事実と結果との間の相当因果関係を是認し得る高度の蓋然性を証明する責任、即ち、通常人が合理的疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得る程度の立証する責任があると解するのが相当である。なお、公務災害と認めるのに必要な相当因果関係は、使用者である地方公共団体において、予見していた事情及び健全な常識と洞察力のある者が認識し得た一切の事情を前提として、公務によって所属職員の疾病又は死亡が生じたもので、これが公務に内在し又は通常随伴して生ずるものといえるものであること、即ち、公務なければ疾病、死亡がないといえる関係、又はそれが同種の結果発生の客観的可能性を一般的に高める事情にあると判断されることが必要である。

 地公災法が労災補償制度の一環であること、現行の労災補償制度は、労働関係に内在ないし随伴する危険により生じた労働者の死亡、負傷等の損失を、その危険の違法性や使用者の過失の有無を問わず、いわゆる従属的労働関係に基づき労働力を支配する使用者の負担において補償しようとしたものであることに照らし、地公災法による職員の災害補償の対象は公務により生じた死亡等に限られるのであって、公務に関連する発症ないし死亡のすべてを補償の対象とすることはできない。また、地公災法31条などが補償の要件として単に「公務上」の死亡等と挙げるのみで、災害的出来事を必要としていないことなど実定法上の根拠を欠くこと、現行労災補償制度が、沿革的に災害(施設欠陥、天災地変、第三者の行為等)と業務上疾病(災害性疾病と職業性疾病)とを併せて対象としていることなどに照らすと、公務員の死亡、負傷が必ずしも災害的出来事によるものでなくとも、公務との相当因果関係がある限り、「公務上」の死亡と認めることができるというべきである。

 被告は、認定基準を挙げて災害主義を主張するところ、右認定基準は行政庁たる労働省が、業務上認定を適正、迅速かつ全国斉一的に遂行する必要上各疾病の種類に応じて作成した下部行政機関に対する運用のための通達であって、もとより裁判所を拘束するものではなく、しかも基準自体においても、「この認定基準により判断し難い事案」については「本省にりん伺すること」と定め、継続的な心理的負荷と発症との医学的因果関係も確立していない旨説明がなされている。特に、基準作成に当たった専門家会議の報告書において、「諸種の継続的な負荷、中でも心理的負荷と脳血管疾患及び虚血性疾患等の発症との…関連性が推測されているが、反面…詳細について医学的に未解明の部分があり、現時点では過重負荷として評価することは困難である」、「したがって、この分野における医学的知見の収集を図るとともに、個々の事例については、それぞれ専門的検討を加え慎重に判断していく必要がある」と報告している。したがって、右各認定基準は行政の適正、迅速処理のための簡易判定基準に過ぎず、これに当たらないからといって、直ちに業務起因性を否定すべきものという被告主張の災害主義の根拠とすることはできない。

2 公務と死亡との因果関係

 Hは、昭和43年から昭和48年にかけて過重な業務の積み重ねで疲労が重なり、更に昭和49年以降継続して有害な強いストレスの曝露を受け、特に昭和52年5月のJ市への配置換え以来質的量的な職務の過重により精神的ストレスと疲労が蓄積し、かつ職務多忙のため迅速適切な治療を受けられないまま、高血圧症が進行、悪化し、発症前日、当日の超過密で困難な職務と強いストレスのため、当日の部長会の発言直前には、その発言内容の重要性にも照らし、極度の精神的緊張が生じたため、これが強い血圧上昇をもたらし、脳動脈瘤破裂を誘発したものであって、このようなHの過重な職務の継続と血圧を中心とした健康状態の推移に照らすと、使用者である京都府ないしJ市において、前示の過重な職務がHの健康に多大の影響を及ぼすことを認識し、又は客観的に認識可能であったというべきであるから、Hの公務と死亡との間に相当因果関係があるものと推認することができる。
なお、Hが多忙な職務に追われて高血圧の治療を受けないまま、血圧が悪化することが予測されるストレスの多い職務を継続して勤めたことを咎めて公務起因性を否定することは、Hが責任感が大きく、またそれ故にこそ使用者から選ばれて幹部職員に任命され、重大な問題の処理に当たっていたことに照らしても、また因果関係の理論からみても相当でない。よって、公務と死亡との因果関係を否定してなした本件公務外認定処分は違法であって、その取消を求める本訴請求は理由があるからこれを認容する。
適用法規・条文
地方公務員災害補償法31条
収録文献(出典)
労働判例574号45頁
その他特記事項
本件は控訴された。