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中央労基署長(N社)くも膜下出血死事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 中央労基署長(N社)くも膜下出血死事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 東京地裁 - 平成6年(行ウ)第67号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 中央労働基準監督署長
被告 東京労働者災害補償審査官 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1999年08月11日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部却下
- 事件の概要
- T(昭和8年生)は、昭和27年8月、製本業を営むN社に雇用され、裁断工として勤務してきた者である。裁断工は昭和56年まではTの外に1名いたが、その者が退職してからはT1人だけとなり、交替で複数の従業員がTの助手を務めていた。また、昭和54年ないし55年頃から、会社内の人間関係に何かと波風が生じ、Tは人間関係にあつれきを感じるようになっていた。
本件発症までの1年間におけるTの勤務日数及び残業時間を見ると、昭和61年12月度から昭和62年12月度(前月26日ないし当月25日)まで、それぞれ、28日・72.5時間、20日・19時間、28日・49時間、26日・33.5時間、29日・56時間、24日・41時間、24日・22時間、26日・18.5時間、25日・24時間、26日・25時間、18日・16時間、27日・50時間、3日・7時間となっている。
本件発症の直前である昭和62年11月25日、26日、27日におけるTの勤務状況を見ると、いずれも午前7時20分台に出社し、退社時刻は、それぞれ、午後8時06分、午後8時11分、午後9時07分であり、この間助手が休んでいたため、Tは作業の全てを終始単独で処理しなければならないこととなった。本件発症の前夜、Tは午後11時近くに帰宅し、発症当日である同月28日も、体調がおかしいと感じながらも、通常どおり午前6時過ぎに自宅を出て、午前7時20分台に出社した。Tは、午前8時に裁断作業に取りかかってから約1時間半経過したところでトイレに立ち、午前10時10分頃トイレ内で意識を失い心肺停止状態で倒れているところを発見され、同日午前11時49分死亡が確認された。死因はくも膜下出血によるものであった。
Tの妻である原告は、Tの死亡は業務に起因するものであるとして、労災保険法に基づき、被告労基署長に対し遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、平成2年3月31日付けで不支給決定(本件処分)を受けた。原告はこれを不服として、労災保険審査官に対して審査請求をし、その棄却の裁決を受けて労働保険審査会に対して再審査請求をしたが、これも棄却の裁決を受けたことから、本件処分の取消しと、労働保険審査官の裁決の手続きに違法があったとしてその裁決の取消を求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 被告中央労働基準監督署長が、労働者災害補償保険法に基づき、平成2年3月31日付けで原告に対してした、遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。
2 原告の被告東京労働者災害補償保険審査官に対する訴えを却下する。
3 訴訟費用は、原告と被告中央労働基準監督署長との関係では同被告の、原告と被告東京労働者災害補償保険審査官との関係では原告の、各負担とする。 - 判決要旨
- 労災保険法に基づく保険給付は、労働者の「業務上」の死亡について行われるが(同法7条1項1号)、労働者が「業務上」死亡したといえるためには、業務と死亡との間に相当因果関係のあることが必要である。くも膜下出血は、その原因が脳動脈瘤の破裂であれ、脳出血の脳室への穿破であれ、その発症の基礎となる動脈瘤ないし血管病変が存在し、これが種々の危険因子の集積によって増悪し発症に至るものであるから、ある業務に従事していた者がくも膜下出血により死亡した場合において、右発症が業務上のものであること、すなわち、業務とくも膜下出血の発症との間に相当因果関係を肯定するためには、当該業務が、くも膜下出血の発症を、自然経過を超えて急激に著しく促進させるに足りる程度の加重負荷となっていたものと認定できることを要し、かつそれで足りるものと解するのが相当である。けだし、右のような場合には、当該業務に内在ないし通常随伴する危険が、それ以外の発症の原因と比較して相対的に有力な原因となっていたものと評価することができるからである。
そして、本件発症前にTが従事した業務の内容、勤務状況等、(1)特に裁断業務の作業が肉体的・精神的な負担の大きいものであったこと、(2)11月10日以降年間の最繁忙期に入っていて、Tは連日午後8時過ぎまでの残業を余儀なくされたこと、(3)本件発症前の3日前については、Tの業務を手伝っていた助手が連続して休んだため、Tは全ての作業を残業終了に至るまで単独で進めなければならず、それ以前にも増して大きい肉体的・精神的な負担を被ったこと、他方、Tの本件発症に係る危険因子としては年齢以外にはさほど有意とすべきものは見当たらないこと、以上の事実に照らすと、本件においては、Tの業務が、くも膜下出血の発症を、自然経過を超えて、急激に著しく促進させるに足りる程度の過重負荷となったこと、このような過重負荷が、Tの有していた動脈瘤ないし血管病変を、自然経過を超えて急激に著しく増悪させた結果、本件発症に至ったものと認めることができる。そうすると、Tの業務と本件発症との間には相当因果関係があるというべきである。
以上によれば、本件発症については業務起因性が認められるところ、これと異なる見解に立って被告労基署長がした本件処分は違法であるから、取消しを免れない。
原処分である本件処分が取消しを免れない以上、原告はこれによって審査請求に対する裁決の取消しを求める法律上の利益を有しないこととなることは明らかである。したがって、被告審査官に対する訴えは却下を免れない。 - 適用法規・条文
- 労災保険法7条1項、16条の2、17条
- 収録文献(出典)
- 労働判例770号45頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
東京地裁 - 平成6年(行ウ)第67号 | 一部認容・一部却下 | 1999年08月11日 |
東京高裁 − 平成11年(行コ)第204号 | 控訴棄却(上告) | 2000年08月09日 |