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地公災鹿児島県支部長(U町教委職員)心筋梗塞死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
地公災鹿児島県支部長(U町教委職員)心筋梗塞死事件【過労死・疾病】
事件番号
鹿児島地裁 − 平成9年(行ウ)第12号
当事者
原告 個人1名
被告 地方公務員災害補償基金鹿児島県支部長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2000年04月21日
判決決定区分
認容(控訴)
事件の概要
K(昭和20年生)は、昭和40年9月、U町に臨時職員として採用され、同44年1月に正式採用となり、同59年5月以降教育委員会に出向し、同61年4月から教委総務課学校教育主査として公務に従事していた。

 平成2年5月12日、Kは、平成2年度にU町に転入してきた教職員の歓迎を兼ね、教職員相互及び教委事務職員との親睦を目的としたバレーボール大会に、教委職員として参加した。Kは、当初司会進行役等が担当で、選手として参加することは予定されていなかったが、負傷者が出たため、急遽選手として出場することとなった。

 Kは、第2セット終了直後、突然息遣いが荒くなり、呼吸困難に陥って、救急車が到着した時点で、瞳孔拡大、呼吸停止の状態に陥っており、病院で心臓マッサージ、カウンターショック等の措置が施されたが、同日急性心筋梗塞により死亡した。

 Kは、昭和57年6月、心筋梗塞の疑診断で約1ヶ月入院し、その後のカーテル検査等を経て、昭和58年3月、大動脈から左前下行枝8番へ吻合するものと、大動脈から左回旋枝12番を吻合し、更に左前9番へ吻合するものの2本のバイパス手術を受けた。Kは、昭和57年11月9日以降休職していたが、同58年6月1日職場復帰し、昭和59年2月1日、急性心筋梗塞と診断されて入院し、同年6月1日、総合的には陳旧性心筋梗塞で心筋傷害の強いことが示唆された。Kは、昭和59年5月1日から服務休職扱いとなっており、同年9月1日職場復帰した後昭和62年6月8日までの間、定期的に診察を受けたが、日常生活や事務作業等は許容できるとの診断を受けたこと等から、同日以降受診しなくなった。

 Kが、昭和59年6月に退院して以後スポーツ競技に参加したのは、前年のソフトボール大会のみであり、バレーボールに参加したのは退院以来初めてのことであった。
 Kの長男である原告は、被告に対し、平成3年3月30日、Kの死亡は公務上の災害であるとして、被告に対し地公災法に基づく公務上災害の認定を求めたが、被告は、平成5年6月28日付けで、Kの死亡について公務外認定の処分(本件処分)を行った。原告は本件処分を不服として、地公災基金鹿児島県支部審査会に対し審査請求をしたが棄却され、更に地方公務員災害補償基金審査会に再審査請求をしたが、これも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1 被告が原告に対してした平成5年6月28日付け公務外認定処分を取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
判決要旨
 地公災法31条、42条に定める職員が「公務上死亡した場合」とは、職員が公務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい、右負傷又は疾病と公務との間には相当因果関係のあることが必要であり、かつこれをもって足りるというべきであるが、必ずしも死亡が公務遂行を唯一の原因ないし相対的に有力な原因とする必要はなく、本件のように、基礎疾患を有する公務員がこれを増悪させて死亡し、公務の遂行に伴う高度の精神的・肉体的負荷により、病変である基礎疾患を医学的経験則上の自然的経過を超えて急激に増悪させ死亡の時期を早めたと認められる場合には「公務上の死亡」に当たると解するのが相当である。

 Kは、陳旧性心筋梗塞の基礎疾患を有しており、昭和59年6月時点と昭和61年8月時点の症状を比較すれば、駆出率が低下するなど心機能は低下している状態にあり、Kが通常の日常生活を送る過程においても心筋梗塞が起こるなどして突然死することはあり得たとするところであり、Kの心疾患が重篤であったことは否定できない。

 しかしながら、昭和59年6月に退院して以降、Kには狭心症、心不全あるいは心筋梗塞の再発は見られず、昭和61年8月の心臓カーテル検査以後、診療録にKの心疾患が増悪したことを示す記載は見られず、投薬治療による経過観察を続けていた。また、医師も昭和62年6月8日の段階で日常生活や日常勤務をすることは許容し得る旨の判断をしており、本件災害に至る前の勤務状況や生活状況を見ても、災害前半年間、病欠もなく順調に公務を遂行していたことが窺われる。また、例年4月から5月にかけて教育委員会の事務量が増嵩するのに加え、平成2年3月末以降小学校休校に伴う事務が重なったにもかかわらず、特に体調の不調を訴えるなどしたこともないのであり、日常公務及び日常生活においても心機能の変調、心筋梗塞ないし不整脈の予兆を窺わせるような事情は本件災害に至るまで全く存しない。更に、冠状動脈バイパス手術後、Kのように努めて節制した日常生活を送っていたような場合には、統計上、相当長期間にわたり生存し得た可能性も否定できないところである。したがって、Kの心疾患は重篤であって突然死する可能性は全く否定することはできないものの、公務復帰後から本件災害までの約5年8ヶ月の通院・診療状況、公務遂行及び生活状況等のいずれをとってみても、本件災害時において、Kの心疾患が自然的経過により極度に増悪しており、突然死に至るような兆候を見出すことはできない。

 Kは、バレーボール大会の選手として出場する予定ではなかったのに、選手の負傷退場という突発的出来事が起こり、急遽出場するほかない状況であったため、責任感の強いKは、自ら出場を申し出たものである。Kの出場した試合は優勝候補同士の白熱した接戦であり、一般人であっても相当程度の精神的緊張感と、肉体的負荷を伴うものであったと認められる。ましてや、重篤な心疾患を有するKにとっては、本件バレーボール試合への出場は、致命的結果をもたらしかねないものであったが、教育長は、Kが心臓バイパス手術を受け、継続的に心臓病の薬剤を服用し、日頃から節制した生活を心がけていることを知っており、右出場がKの生命身体に危険をもたらしかねないことを予見しておりながら、「大丈夫か」と声をかけるだけで制止することをせず、本件バレーボール試合への出場を命じたものである。その結果、Kにとって、本件バレーボール試合への出場という公務に内在する危険が発現し、心疾患の急激な増悪により死亡するに至ったと認めるべきである。
 Kは、重篤な陳旧性心筋梗塞という既往症を有していたものの、直ちに死亡に至るまでの可能性があったとはいえず、むしろ、本件バレーボール試合に出場したことにより、自然の経過を超えて、基礎疾患である心疾患を急激に増悪させ、その結果死亡するに至ったものと認めるのが相当であり、本件バレーボール試合への参加は肉体的・精神的に過重な負荷であったということができるから、本件死亡と公務との間には相当因果関係があるというべきである。したがって、Kの死亡は、地公災法31条、42条に定める「公務上死亡」した場合に当たるものであり、これを公務外と認定した本件処分は違法である。
適用法規・条文
地方公務員災害補償法31条、42条
収録文献(出典)
労働判例919号13頁
その他特記事項
本件は控訴された。