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保険会社メール名誉毀損事件

事件の分類
その他
事件名
保険会社メール名誉毀損事件
事件番号
東京地裁 − 平成15年(ワ)第28020号
当事者
原告個人1名

被告個人1名
業種
金融・保険業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2004年12月01日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
原告は、昭和50年、P保険会社(P社)の前身であるQ保険会社に入社し、平成13年10月から、P社中央サービスセンター(SC)課長代理として勤務している者であり、被告は同サービスセンターの所長で、原告の人事考課の第一次査定者である。

 原告の総合考課は、7段階評価で、平成10、11年がA(上から4番目)、12年がB(同5番目)、13年、14年がC(同6番目)であり、原告はこれを不服として、平成15年、評定がG(同3番目)以上であることの確認、賞与・給与の差額等の支払いを求める訴えを提起した。

 原告の所属するユニットのリーダーであるDは、平成14年12月10日、原告の処理件数が1件であったことから原告を叱咤激励をしたが、その後も成果が上がらなかったため、同月18日、ユニットの従業員及び被告に対し、原告が課長代理として全くの力不足である旨メールを送信した。これを受けた被告は、同日、職場で次の内容を含むメール(本件メール)を、原告のみならず、原告と同じ職場の従業員十数名に対し送信した。

「意欲がない、やる気がないなら会社を辞めるべきだと思います。当SCにとっても損失そのものです。あなたの給料で業務職が何人雇えると思いますか。あなたの仕事なら業務職でも数倍の業績を挙げていますよ。本日現在、塔傷10件処理。Cさんは17件。これ以上当SCに迷惑をかけないで下さい。」
 これに対し原告は、本件メールは部下の人格を傷つけるもので、原告の名誉感情を害するパワーハラスメントに当たるとして、被告に対し、慰謝料100万円を請求した。
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
名誉毀損とは、具体的な事実を摘示して、人の社会的評価を客観的に低下させることをその本体としている。本件メールの内容は、原告の業務遂行状態に対する上司としての評価であり、送信された相手も原告と同じユニットの従業員であるから、原告の業務遂行状態は同僚として認識していたものであり、原告の社会的評価を客観的に低下させる具体的な事実を摘示しているとはいえない。「原告が無能で会社に必要のない人間である」という表現を仮にとったとしても、職場内において名誉毀損としての要件を充足しているとはいえないから、名誉毀損を理由とする主張は理由がない。

 本件メールは、原告の私的な生活に干渉するものではなく、純粋に原告の業務の遂行状態についての評価を内容とするものであるから、「適切な範囲を超えた働きかけ」といえるかどうか、言い換えれば、被告が部下である原告に対し、業務上の指導の範囲を逸脱していたと評価できるかどうかが問題である。

 本件メールの「意欲がない、やる気がないなら会社を辞めるべきだと思います」という表現は、相当に過激である。特に、口頭ではなくメール(文字)によって伝達する場合には、そのニュアンスが介在しないだけに、直接的な伝わり方をする。被告は、業務実績が上がらない原因を原告の熱意の問題として表現をしており、その意味では、原告の業務遂行状態が就業規則上解雇事由に当たることをほのめかすといった意味合いでないことは明らかである。したがって、「辞職願を出せ」といった意味での働きかけではなく、一時的な叱責の範囲であると理解でき、「会社にとっても損失そのものです」、「あなたの給料で業務職が何人雇えると思いますか」というのは、原告のキャリア、職掌に照らして、この業務成績が問題であると指摘しているものである。

 本件メールは、上司の叱責としては、相当強度のものと理解でき、これを受ける者としては、原告に限らず、相当のストレスを感じることは間違いないが、この表現だけから直ちに本件メールが業務指導の範囲を逸脱したもので、違法であるとするのは無理がある。

 本件メールに至った経緯をみると、原告に対する会社の評価は平成10年度以降下降しており、人事考課の過程で本人と上司の面接が行われているので、その意味での原告と被告との間には緊張関係がそれなりにあったものと推認できる。そして、平成14年12月10日にDが原告に指導を行い、その成果が顕れないことから、同月18日、被告が本件メールを送信した。その経緯に照らせば、被告が組織の責任者として、課長代理にある原告に対し、その業務成績低下防止のため奮起を促す目的で本件メールを送信したことは十分に首肯できる。本件メールが原告以外の所属ユニットの従業員に送信されている点を原告は不当とするところ、確かに、Dが同様に他の従業員にもメールを送信しているから、他の従業員の原告に対する不満に対処するという目的からすれば、重ねて被告が他の従業員にまで送信する必要はないという考え方もできる。しかし、そのことは、業務指導を行う上司の裁量の範囲内であり、原告に対する人格権の侵害になるとまで断ずることはできない。
 以上検討したところによれば、被告の本件メールは、原告に対する業務指導の一環として行われたものであり、私的な感情から出た嫌がらせとはいえず、その内容も原告の業務に関するものに留まっており、メールの表現が強いものの、いまだ原告の人格を傷つけるものとまで認めることはできない。
適用法規・条文
収録文献(出典)
労働判例914号86頁
その他特記事項
本件は控訴された。