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裁判所事務官くも膜下出血死控訴事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
裁判所事務官くも膜下出血死控訴事件【過労死・疾病】
事件番号
東京高裁 − 昭和45年(行コ)第49号
当事者
控訴人個人1名

被控訴人国
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1975年09月10日
判決決定区分
控訴棄却(上告)
事件の概要
Sは、熊本地裁八代支部の裁判所事務官と勤務していたが、昭和39年2月25日、公判立会中脳出血のため倒れ、翌26日脳出血・くも膜下出血によって死亡した。

 Sの妻である控訴人(第1審原告)は、Sの死亡は公務遂行中のことであり、Sが公務を遂行することがなければ災害を受けることがなかったものであり、国家公務員災害補償法15条にいう「職員が公務上死亡した場合」とは、職員が公務中死亡した場合であれば足りるものであり、公務起因性の要件は不要であること等を主張して、同法に基づく補償金の支払いを請求した。原告は、その主張の根拠として、名古屋簡裁のK書記官が法廷立会中に脳卒中で倒れ死亡し公務災害と認定された事例を示し、同様な事例である本件についても同様に解すべきであることを挙げた。

 これに対し被控訴人(第1審被告)は、公務上死亡したとは、死亡と公務との間の相当因果関係の存在を要するところ、Sの場合には既に何年も前から高血圧症にかかり、医師の指示により日常生活をしていたのであるから、災害と公務との間に相当因果関係は認められないと主張して争った。
 第1審では、Sの死亡は公務災害に当たらないとして、控訴人の請求を棄却したため、控訴人はこれを不服として控訴した。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
判決要旨
国家公務員災害補償法15条の「職員が公務上死亡した場合」とは、職員が公務に基づく負傷もしくは疾病に起因して死亡した場合をいい、右負傷ないし疾病と公務との間には相当因果関係があること(業務起因性)が必要であり、その負傷ないし疾病が原因となって死亡事故が発生した場合でなければならないと解釈すべきである。

 ところで、本件事故発生当時のSの職務負担量が、同人の高血圧症状を考慮に入れても本件疾病発生の起因をなす程に過重であったと認めるに足りる証拠がなく、2度に及ぶ退職勧奨も右疾病発生の要因となるほどの精神的負担をSにもたらしたものとは認められず、Sの執務していた熊本地裁八代支部の位置、設備の状況及び室温が他の部屋より低かったことを考慮に入れても、執務環境が社会通念上著しく劣悪であったとは認められず、また定期健康診断において、医師からSの勤務制限すべき旨指示、指導されたことを認めることはできないから、同支部長がSの勤務を軽減する措置を講じなかったことが健康管理上瑕疵があったとはいえず、同人の自重を促す以上の具体的措置を講ずべき責務があったとはいえない。本件疾病がSの昭和39年2月24日の執務に起因して発生したものと認めることはできないこと、及びSの死因は脳出血とそれに一部伴ったくも膜下出血であることは原審の認定判断のとおりである。

 ところで、脳出血は高度の高血圧症、動脈硬化症等の基礎疾患を有するときは、顕著な肉体的・精神的刺激等のない場合でも、基礎疾患の自然的発展結果として発病するものであることは一般に知られているところであるが、Sは殆ど常時最高200mm、最低110mmないし120mmの高血圧症、動脈硬化症にかかり、昭和29年頃から投薬、治療を受けていたことが認められる。

 以上の認定事実によれば、脳出血発病前、Sは高血圧症、動脈硬化症等の相当高度な基礎疾患を有し、かなり高度の危険性を有していたものであり、発病前の公務の遂行に基づく疲労が本人の身体状況に対し全く影響を与えなかったとはいえないものの、その発病を著しく促進したものということはできず、また発病当日の公務の遂行過程をみても、その直接の動機となるものがあったとはいえない。従って、本件災害は公務に起因するものではないといわなければならない。
 ところで、K書記官の場合と本件の場合とを比較すれば、後者においては既に昭和27年から11年以上にわたる高血圧症、動脈硬化症の素地があったものであるのに、K書記官はこのような病的素地を認めることができなかったものであり、発病の動機となる病的素因ないし健康状態が全く違っていたのである。また両者は職務内容を異にし、精神的緊張を強いられる情況も同一でないことは明らかであるから、K書記官の発病に対し公務災害の認定がされたからといって、そのことが本件について適切な比較例となるものでないといわなければならない。
適用法規・条文
国家公務員災害補償法15条、18条
収録文献(出典)
判例時報798号26頁
その他特記事項
本件は上告された。