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横浜南労基署長(T社横浜支店)運転手くも膜下出血事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
横浜南労基署長(T社横浜支店)運転手くも膜下出血事件【過労死・疾病】
事件番号
横浜地裁 − 平成元年(行ウ)第24号
当事者
原告 個人1名
被告 横浜南労働基準監督署長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1993年03月23日
判決決定区分
認容(処分取消)
事件の概要
原告(昭和4年生)は、昭和48年10月、T社の子会社で、自動車運転者の派遣を業とするF社に入社し、T社とF社の契約に基づきT社に派遣され、T社横浜支店支店長付きの運転手として配属された。

 原告の勤務時間は、平日は午前8時30分から午後5時30分まで、土曜日は午前8時30分から正午までとされていたが、原告は常にこれを遙かに超える時間勤務しており、特に支店長が交代した昭和56年7月からは、勤務時間が早朝から深夜に及ぶようになり、昭和58年1月から昭和59年5月11日までの原告の超過勤務時間は、1ヶ月平均約150時間に、走行距離は1ヶ月平均約3500kmに及び、運転手の1日平均走行距離78kmの2倍に及ぶものであった。また、自動車運転者の労働時間の改善のための基準(平成元年労働省告示第7号)に定める一般旅客自動車運送事業に従事する自動車運転者に対する1ヶ月の拘束時間の最高限度(325時間)、1日の拘束時間の最高限度(13時間)及び勤務終了後の休息期間の最低限度(8時間)と対比してみても、1ヶ月においてその限度に近いか又はこれを超える月が多く、1日についてはその限度を大幅に超える日が多く、休息期間において最低限度に満たない日が多かった。

 昭和59年4月13日から翌14日までは、原告はゴルフ場への往復などによる長距離・長時間運転、宿泊による不眠などにより体調を崩し、その後も長時間運転が続き、同年5月11日は、午前5時前に車庫を出て坂道を上ったところ、突然目の前に対向車が現れ、急ブレーキをかけたが、その後気分が悪くなり、吐き気や激しい頭痛に襲われ、車庫に車を戻して帰宅したところ、その直後にくも膜下出血で意識を失った。

 原告は、自動車運転の業務は精神的緊張が連続すること、長時間姿勢を固定すること、時間に追われることによる心理的負担が生じること、拘束時間が非常に長いことから、それ自体、過重性、反生理性が強く、原告の業務は労働省告示の基準等に照らしても過重であるから、原告の業務と本件くも膜下出血の間には相当因果関係があるとして、被告に対して労災保険法に基づく休業補償給付の支給を請求した。 
 これに対し、被告は、原告の発症は新認定基準が定める業務起因性の要件を満たしていないとして、不支給決定としたため、原告はその処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1 被告が原告に対し昭和60年5月17日付けでした労働者災害補償保険法に基づく休業補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
疾病と業務との因果関係を、被告の主張するように新認定基準の要件を満たさない場合いには医学上個別具体的に立証しなければならないとすると、本件の場合は、もともと現代の医学において解明されない部分の多い分野のことであるから、不可能な立証を強いることになる。しかし、この場合に要求される因果関係とは、労災補償制度との関係で必要とされる法的評価としての因果関係であって、医学的、自然科学的因果関係を一旦の疑いもないほどに立証することができなくても、現代の医学からみてその因果関係が存在する可能性があり、他の事情を総合検討し、業務が疾病の原因となっていたとみられる蓋然性が証明されたときは、因果関係があるというべきである。そして、基礎疾患が原因となっている場合であっても、当該業務の遂行が当該労働者にとって精神的・肉体的に過重な負荷となり、基礎疾患をその自然的経過を超えて増悪させて発症させるなど、それが基礎疾患と共慟原因となって生じたものと認められるときは、業務上の疾病というべきである。

 原告の血圧は正常値と高血圧の境界領域にあり、脳には先天的なごく小さな動脈瘤があったが、それらは加齢と日常生活等による自然的経過により脳血管疾患を生じさせるほどのものではなかった。それが、原告をめぐる職場環境と職務の性質からくる精神的緊張の連続、不規則かつ長時間の勤務による肉体的疲労の蓄積等により、発症当日の朝、家を出る頃には僅かの刺激によっても血圧が上がり、脳動脈瘤が破裂しやすい状態にまでなっていたところ、そこへ対向車と衝突しそうになって急ブレーキをかけたことによる急激な血圧の上昇が加わり、脳動脈瘤が破裂してくも膜下出血を発症させたものとみることができる。そうすると、原告のくも膜下出血は、先天的血管病変である脳動脈瘤が一因となって生じたものであるが、過重な業務が原告にとって精神的・肉体的に過重な負荷となり、その基礎疾患をその自然的経過を超えて著しく増悪させて発症に至らしめたというべきであるから、右疾病は業務上の疾病であるというべきである。
 よって、原告のくも膜下出血には業務起因性がないとして休業補償費の支給を認めなかった本件処分は違法である。
適用法規・条文
労災保険法14条
収録文献(出典)
労働判例628号44頁
その他特記事項
本件は控訴された。