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地公災基金香川県支部長(T市職員)過労死事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 地公災基金香川県支部長(T市職員)過労死事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 高松地裁 - 平成4年(行ウ)第3号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 地方公務員災害補償基金香川県支部長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1993年11月08日
- 判決決定区分
- 認容
- 事件の概要
- Nは、昭和36年7月、T市に正規職員として採用され、一般行政事務部門において勤務を続けてきたが、昭和58年6月から環境部清掃工場業務係長の職についた。
清掃工場では深夜勤務を含む三直四交代の勤務形態であり、Nはごみ消却責任者として部下を指揮監督するとともに、自らも交替制勤務の一員として業務に従事した。
Nは、毎年1回の健康診断によると、死亡までの10年間、最高血圧は160から208の間、最低血圧は100から120の間で推移しており、殆ど毎年高血圧症として、B(要軽作業)と判定されていたが、特段の自覚症状もなく、正常な状態が継続していた。
Nは、昭和61年1月7日から13日までの5日間の研修の命令を受け、N以外は通常の勤務時間帯の職員であったため研修参加時間は職務専念義務を免除されていたが、Nは三直明けに研修に入っていた。同月12日、Nは二直勤務を終えて帰宅し、入浴した上夜食を取り翌日の研修の予習を始めたところ、頭部の激痛と足のしびれを原告に訴え、原告が救急車で病院に搬送したが、脳幹出血のため同月17日死亡した。
Nの妻である原告は、Nの死亡は、清掃工場での過重な業務により疲労が蓄積されていたことに加え、職務専念義務を免除することなく担当業務と無関係な内容の研修の受講により脳幹出血を発症したものであるから、Nの死亡は公務災害に当たるとして、昭和61年2月3日、被告に対し地公災法に基づき公務災害の認定請求を行った。これに対し被告は昭和62年3月17日付けで、Nの死亡を公務外の災害との認定(本件処分)をし、原告に通知した。原告は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却とする裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 被告が原告に対し昭和62年3月17日付けでした地方公務員災害補償法による公務外認定を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 「職員が公務上死亡した場合」とは、職員が公務に基づく負傷または疾病に起因して死亡した場合をいい、公務と死亡との間に相当因果関係が存在する場合でなければならないが、経験則に照らし当該公務に従事したことが相対的に有力な原因として作用し、死の結果を生じさせたことが必要で、またこれをもって足りると解すべきである。そして、当該職員の死亡原因が疾病に物尽く場合には、公務が基礎疾患を急激に増悪させ本来の死亡時期を早める等、公務と基礎疾患が共働原因となっている場合には、相当因果関係を認めるのが相当である。
Nが、昭和52年以降継続して高血圧と指摘されてきたこと、Nの本件発症時の年齢(48歳)、及び次のような点からすると、Nの脳幹出血は、高血圧症が自然経年の過程で増悪したものではないかと考えられないではない。すなわち、(1)Nにとって清掃工場の勤務は、それまでの事務吏員としての勤務とは極めて異質で、初期の段階では相当な負担を強いたであろうが、本件発症まで2年6月を経過していることからすれば、過重とまではいえないのではないか、(2)年末年始の繁忙期とはいっても、Nは昭和60年12月31日から翌年1月3日まで及び5日、6日が休日であったこと、(3)本件直前の研修は講義が主であり、もともと事務吏員であったNにとって特に過重とはいえないのではないかとの疑問がある。
なるほど、清掃工場の平常業務にせよ、研修内容にせよ、これらを個別に取り上げるならば、それらを過重負荷であると断定するには躊躇を感ずるが、それまでの普通の勤務形態から清掃工場の騒音・温度差・悪臭の存在する厳しい職場環境のもとでの三直四交代という特殊な勤務に代わったNにとり、2、3ヶ月で仕事に慣れたとはいえ、約2年6月の間に相当な疲労、ストレスが蓄積していたと推認できること、清掃工場の業務に加えて研修を命ぜられ、同月7日の研修参加だけ本来の業務を免除されたほかは、8日は研修後午後2時から午後6時椙まで就寝後三直勤務をし、9日は三直勤務明けの50分後研修に入り、午後2時から午後6時すぎまで就寝後三直勤務を経て、10日は三直勤務明けの50分後に入るという異常な激務を3日間連続し、その後の10日、11日には睡眠を取るには不足のない時間があったとはいえ、二晩の睡眠では十分な休養が取れず疲労が残ったまま12日に出勤したと想定しても必ずしも不自然・不合理とは認められない。Nは準夜勤務を12日午後10時30分に高温の作業場で終えた後、夜分冷え込んでいる道を乗用車で帰宅し、入浴・夜食後の温まった体をストーブのない部屋に置き、翌13日午前の研修に備えた予習を始めてから20分後に本件脳幹出血が発症したこと、Nが高血圧症でB判定(要軽作業)であり、夜勤を免除しないままで研修に参加させると高血圧症を増悪させる状況が惹起されるであろうことを予知するのは必ずしも困難ではないのに、職員の健康管理に十分な配慮をすべき責務のある当局者は、研修参加を命じた職員30名のうちN1人だけ職務専念義務を免除しなかったこと、本件発症に至るまでの近接した期間を通じて、他にNの高血圧を急激に増悪させるべき事由を見出せないことの点を考慮すると、Nの本件発症は、高血圧症の自然経過的な増悪によるものでなく、基礎疾患としての高血圧症が存在したところへ、清掃工場の業務に研修業務が長期間にわたり重なるという過重負荷が加わったためであり、この公務が相対的に有力な共働原因となったものと認められる。したがって、Nの死亡と公務との間には相当因果関係があり、Nの死亡は公務上のものというべきである。
以上のとおりであるから、Nの死亡を公務外と認定した本件処分は違法であり、取消しを免れない。 - 適用法規・条文
- 地方公務員災害補償法31条
- 収録文献(出典)
- 労働判例640号47頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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