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日本赤十字社准看護婦配転抗議退職事件
- 事件の分類
- 配置転換
- 事件名
- 日本赤十字社准看護婦配転抗議退職事件
- 事件番号
- 金沢地裁 − 平成11年(ワ)第633号
- 当事者
- 原告個人1名
被告日本赤十字社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2002年11月14日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 被告は、日本赤十字社法に基づいて設立された特殊法人であり、原告(昭和29年生)は、昭和49年8月に被告に採用され、准看護婦として一貫して採血業務に従事していた女性である。
平成6、7年頃、原告の上司である課長に関する中傷のビラが血液センターに出回り、当時「怪文書」と呼ばれたビラの作成者が原告であるとの噂が流れ、原告は精神的に衝撃を受け、平成7年4月から10月まで肺ガンで入院した。病気から復帰した原告はC出張所で献血者の事前検査の業務に従事したが、所長代理は原告の手が遅いこと、原告がいることによって採血係の仕事の円滑な処理が阻害されていること等を理由に、血液センター本所に配置換えして欲しいと申し出た。これを受けて被告は、平成9年12月25日原告に対し異動を内示し、平成10年1月1日付けで原告を血液センター本所採血課に異動させた(第1回異動)。
平成11年5月26日、被告の担当者がNTT甲支店を訪問したところ、献血募集の受付担当者(原告)の言葉遣いについて抗議を受け、採血課の会議でも部長や副部長からNTT甲支店の話が出され、今後このようなことがないように指示がなされた。この時固有名詞は出されなかったが、原告は精神的に追い込まれた。
平成11年6月7日、献血のために来所したYに、原告が採血のため採血針を刺したところ、Yが痛みを訴えたため原告は直ちに抜針した。同月10日、Yが血液センター本所に来所し、しびれ感と痛みを訴え、左上腕は曲がったままの状態であったことから、病院において診断をし、通院回数は同月だけで12回を数え、同病院に2年以上通院を続けた。被告は、Yに重大な後遺症が残るようになった場合、その担当看護婦を引き続き採血業務に従事させていたのではYに弁明できないと考え、原告を採血業務以外の業務に就かせることとし、同年7月1日付けで原告を採血課に籍を残したまま業務課に配置換えした(第2回異動)。原告はこれに抗議したが、結局「わかりました」と言って所長室から退去した。
原告は、怪文書事件、第1回異動、NTT甲支店事件、第2回異動と続く処遇から、採血課が自分を必要としていないと考え、同年7月1日、退職願を提出した。原告は、第1回異動は原告の「手が遅い」との根も葉もない噂を鵜呑みにして恣意的になされた異動であること、第2回異動は、看護婦を本人の同意なく事務職に異動させるものであるなど違法なものであることを主張し、被告に対し、慰謝料500万円、逸失利益1年分451万2800円を支払うよう請求した。 - 主文
- 1 被告は原告に対し、金60万円及びこれに対する平成11年12月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを10分し、その9を原告のf右端とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決第1項は、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 本件就業規則に「任免の権限を有する者は、業務上その他必要があるときは、職員に任命換を命ずることができる」との規定があることに鑑みると、被告は原則として、職員に対し、その同意なく勤務地や職種の変更を命ずることができると解せられる。しかし、ある職員との労働契約において、勤務場所や職種を限定する旨の合意がある場合に、限定された勤務場所や職種の変更を命ずるについては、被告の業務上やむを得ない理由のない限り、原則として当該職員の個別の同意を要すると解するのが相当である。
事業部長が原告に対し、異動理由について「原告の手が遅い」と説明したことは、その内容が容易に反論し難い抽象的なものである上、原告に対しそのことを事前に告知したことがなく、弁明の機会も与えていないこと、その説明を受けた原告としては、これが通常の異動日を待たないで発令されるものだけに、被告の評価が深刻なものと受け止めざるを得ないこと、原告がかねて職場における人間関係に苦労していたし、そのことを事業部長も知っていたことに鑑みると、原告に対する不適切なものであったということができる。しかしながら、本件第1回異動を発令した理由がそれなりの理由があり、これに合理性がないとはいえないこと、異動後の職務も異動前と同じ採血業務であること、通勤等の負担は変わらないこと、1月1日の異動は例が少なかったとはいえ、一応年4回の定期異動の発令日であること等の事情に鑑みると、第1回異動の発令を違法とまでは評価できない。
原告は、准看護婦として被告に採用され、採血業務のみに携わってきたものであるから、原告と被告との労働契約には職種を(准)看護婦業務とする限定があったものと認めるのが相当である。そうすると、原告に看護婦業務とは関係のない事務部への配転を命ずるのは、原告の同意がある場合か、被告の業務上やむを得ない理由がある場合でない限り許されないことになる。第2回異動の内示を受けた際に原告が消極的な言辞を繰り返したこと、所長の内示の方法が、原告の同意を求める言い方ではなく、内示内容を告知する言い方であったこと、内示を受けた原告は取り乱していると思わせるような状況であったこと等の事実に鑑みると、所長は原告が同意していないことを知り得たし、少なくとも原告の同意を得たとの確信を持てないまま第2回異動の発令をしたと推認するのが相当である。
Yが平成11年6月10日から毎日のようにF病院に通っていたが、完治まで時間がかかりそうであり、左手が硬縮するおそれもあると聞いたことから、副部長や事務部長がYの手前何らかのけじめが必要であると考えたことには一応の合理性が認められる。他方、第2回異動は、兼務を命じるものであって、原告の採血課所属の准看護婦の地位を失わせるものではないし、原告を短期間で採血課に戻すことを予定していたから、客観的な労働条件の面で、原告にさほど大きな負担をかけるものとは言い難い。しかしながら、血液センターを訪れるYに原告が採血に従事している姿を現認されるのを避けることを目的とするのであれば、原告の職種の変更を伴わない他の方法もあり得るところ、所長らが第2回異動以外の方法の有無、その是非について真剣に検討した形跡は窺えない。
第2回異動は懲戒処分ではないが、原告が懲戒処分的な意味合いがあると理解することは避けられないし、第三者が見てもそのように理解されることは否定できない。ところで、採血のための針刺しによって献血者の神経を損傷させる事故の発生は希有なことではなく、その治療期間も本件事故のように長期に及んでいるものもある。しかるに、本件を除き、各事故を起こした看護婦に対し、何らの処分も人事異動もされていない。そうすると、第2回異動が他のケースと比較して不均衡な措置ではないかとの疑いが生じる。事故を起こした看護婦に対して実質的な処分をするのであれば、起こった結果もさることながら、その看護婦の過失の有無・程度を重視すべきであるが、所長らは本件針刺し事故の経緯について原告から事情聴取すらしていないから、原告が採血に当たる看護婦として、通常果たすべき注意義務を怠ったのか否かについての認識すら持っていなかったのではないかと推測される。そうすると、懲戒処分的意味合いを持つ人事異動を発令するには、手続きが杜撰であったとの評価を免れない。そして、上記諸事情を考慮すると、第2回異動が被告の業務上やむを得なかったとまでは認めることはできない。よって、第2回異動は、労働契約上、職種を(准)看護婦業務とする限定があった原告を、その同意なく、かつ被告の業務上やむを得ない事由もないのに、他の職種への転属を命じたものであって、違法との評価を免れないから、被告はこれによって原告が被った損害を賠償する責任がある。
原告は、自分としては落ち度がなく、避けられなかった事故であると考えているのに、その弁明の機会も与えられず、実質的な懲戒処分を受けたこと、今までの針刺し事故の例と比較してもあまりに不均衡な措置と思われたこと、怪文書事件では自らが作成者ではないかとの噂を流され、「手が遅い」という納得できない理由で第1異動を発令され、更にNTT甲支店事件では身に覚えがないのにトラブルの責任者であるように見られ、これらの出来事によって職場での孤立感を深めていたのに、更に納得できない実質的な懲戒処分を受けたこと等から、自分は暗に退職を求められていると思い詰めるほどの強い精神的衝撃を受けたことが認められるから、被告は原告に対し、原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料を支払う義務がある。そして本件に現れた一切の事情を考慮して、その金額は60万円をもって相当と認める。なお原告は、第2回異動と原告の退職との間に相当因果関係があると主張するが、第2回異動が原告の勤務場所や給与に影響を与えるものではなく、短期間で採血課に戻ることが予定されていたことに鑑みると、原告が孤立感を深めていたことその他原告が主張する事実を考慮しても、第2回異動と原告の退職との間に相当因果関係があるとまでは認めることができない。したがって、退職による逸失利益は認めることができないし、慰謝料についても退職に伴う精神的苦痛は評価の対象とすることができない。 - 適用法規・条文
- 民法709条
- 収録文献(出典)
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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