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神戸東労基署長(G社)疾病控訴事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 神戸東労基署長(G社)疾病控訴事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 大阪高裁 − 平成11年(行コ)第74号
- 当事者
- 控訴人上告人 個人1名
被控訴人 神戸東労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2000年07月31日
- 判決決定区分
- 棄却(上告)
- 事件の概要
- 控訴人(第1審原告・昭和27年生)は、昭和59年3月からG社に営業員として勤務し、海外の顧客との通信文書作成、製造業者との価格等の交渉、新製品の探索、海外代理店への指示等の業務に従事していた。
G社の所定労働時間は7時間30分で、1年間に4回程度海外出張があり、本件疾病発生前1年間の時間外労働時間は月18時間程度で、出張のない月にはほとんど時間外労働はなく、本件出張以前2ヶ月間は時間外労働、休日労働とも全くなかった。
控訴人は、平成元年11月20日から24日まで国内出張を命じられ、同月26日から12月9日まで12日間、韓国、台湾、シンガポール、マレーシア、タイ、香港に外国人社長らに随行して出張し、商談等に従事した(その間の1日当たり労働時間13.1時間、時間外労働62時間)が、同月7日香港に移動中、腹痛を起こし、救急車で病院に搬送されて十二指腸潰瘍の手術を受け、平成2年初めに退院した。なお、控訴人は、昭和44年と55年に十二指腸潰瘍に罹患、同63年にも治療を受けたが、以後、本件疾病発症に至るまで通院せず、薬も服用していなかった。
控訴人は、本件十二指腸潰瘍は業務に起因するものであるとして、被控訴人(第1審被告)に対し、労災保険法に基づく療養補償給付の支給を請求したが、被控訴人が本件疾病は業務に起因することの明らかな疾病に当たらないとして不支給の決定(本件処分)をしたため、控訴人は本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
第1審では、控訴人のストレスが著しいものとまでは認められない上、控訴人が前回の疾病後に十二指腸潰瘍の維持療法を怠っていたことからすると、私病の状態が本件疾病発症の原因との疑いを払拭することはできないから、控訴人のストレス相対的に有力な原因として本件疾病を発症させたとまでは認めることはできないとして控訴人の請求を棄却したことから、控訴人はこれを不服とし控訴した。 - 主文
- 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 1 本件各出張の過重性
本件国内出張は、特に過重な勤務とはいえないが、国内数カ所を短期間に回ることにより、控訴人にはある程度の疲労は蓄積していたと窺われるところ、平成元年11月25日は休日であったにもかかわらず、控訴人本件海外出張の準備のため十分な疲労回復ができなかったことが窺われる。また、本件海外出張は、12日間に5カ国をわたる過密な日程である上に、G社はこの出張をW社との取引を拡大するための重要な機会と位置づけており、商談の後は夜間までほぼ連日接待し、ホテル帰着後も業務報告書作成などの作業を行っていたことから、控訴人の通常業務及び本件海外出張以前の海外出張と比較して厳しい内容であったということができ、本件各出張により控訴人に精神的・肉体的負担がかかっていたことが窺われる。しかし他方、接待は営業活動上重視されていたとはいえ、通常行う商談と比較すれば業務性に乏しい上に、本件海外出張の接待のすべてをG社側で行ったわけでもない。また、本件海外出張中に社長らとの間で特にトラブルはなく、本件各出張中の出来事は、控訴人に精神的負担を与えたとしても、いずれも商取引上異常な出来事とまではいえないことからすると、これまで営業員として商談を行い、数度の海外出張経験を有する控訴人にとって強度の精神的負担であったとは認め難く、他に本件各出張中に著しい精神的負担を与える異常な出来事は見当たらないことや、本件海外出張とほぼ同程度の日程を、当時60歳代半ばの社長もこなしていることからすると、本件海外出張が、控訴人に対し著しいストレスを与えたとまでは認めることができない。
確かに、控訴人にはある程度の疲労が蓄積していたものと窺われるが、国内出張期間は5日間であり、ホテル宿泊は東京の2日だけであること、出張先も東京を除けば、大阪、三重もそれ程遠距離とはいえず、必ずしも大きな負担とはいえないこと、3ヶ月遡ってみても、8月に2日間休日勤務があるだけであること等を考慮すると、客観的にみて特に過重な業務であるとはいえないというべきである。
2 業務起因性
壮年期の日本人の60%程度がH・P菌に感染しているといわれる現状において、大多数の成人が消化性潰瘍を発症することなく日常の業務を遂行している。H・P菌が消化性潰瘍の大きな要因であるとしても、H・P菌に感染していることから直ちに当該疾病が業務起因性を欠くと速断するのは相当でなく、H・P菌感染者についても業務の内容などから客観的に判断して、当該疾病が業務によるストレスに起因すると判断される余地もないわけではない。しかしながら、H・P菌感染者が十二指腸潰瘍を発症した場合、H・T菌除菌に成功しない限りその再発可能性は高いところ、本件各出張により控訴人が受けたストレスは著しいとまでは認められない上、控訴人が前回の疾病後に十二指腸潰瘍の維持療法を怠っていたことからすると、控訴人の私病の状態が本件疾病発症の原因ではないかとの疑いを払拭することはできない。したがって、控訴人の右ストレスが、本件疾病の発症にいくらか寄与したとしても、ストレスが相対的に有力な原因として本件疾病を発症させたとまで認めることができず、本件疾病について、本件各出張中の業務に内在する危険が現実化したものと考えるのは相当でない。
確かに、控訴人が主張するように、本件各出張前には自覚症状がなく、本件海外出張の終わり近くになって十二指腸潰瘍が発症したことに照らすと、ストレスが右発症に寄与していたことは否定できないところではあるが、本件各出張が特に過重な業務であるとまではいえない上、H・P菌感染者が十二指腸潰瘍を発症した場合において、再発率が非常に高いことは、本件疾病の原因を判断する上において重視せざるを得ない事情であって、以上の点を考慮すると、ストレスが相対的に有力な原因として本件疾病を発症させたと認めるにはなお疑問が残るといわざるを得ない。したがって、本件疾病が本件各出張中の業務上のストレスに起因する疾病であると認めることはできない。 - 適用法規・条文
- 労災保険法13条
- 収録文献(出典)
- 労働判例880号49頁
- その他特記事項
- 本件は上告された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
大阪高裁 − 平成11年(行コ)第74号 | 棄却(上告) | 2000年07月31日 |
最高裁 − 平成12年(行ヒ)第320号 | 原判決取消(控訴認容) | 2004年09月07日 |