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広島中央労基署長(N社)虚血性心不全死事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 広島中央労基署長(N社)虚血性心不全死事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 大阪地裁 − 平成18年(行ウ)第44号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 国 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2008年10月15日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- 被災者(昭和26年生)は、工業高校卒業後の昭和45年4月、情報通信システム事業等を業とするN社に入社し、平成7年7月から中国支店技術部技術課長となり、その後システム部課長の地位にあった者である。
被災者の主な通常業務は、電話交換機、情報処理関連、LAN関連工事の設計施工に係る見積書等のチェック及び承認、個別物件進捗状況のチェック、工事仕様書の作成、積算・設計図面の作成、注文者との交渉等であり、平成9年12月以降、ISO業務の責任者としての業務が加わったが、ISO業務担当になったことにより通常業務が何割か減少した。
被災者の1ヶ月当たりの時間外労働時間は、発症前1ヶ月11時間39分、同2ヶ月9時間26分、同3ヶ月16時間09分、同4ヶ月12時間55分、同5ヶ月61時間10分、同6ヶ月35時間35分となっており、平成10年2月7日、8日、14日、15日、20日、21日、同年4月18日に休日労働をしているものの、同年4月29日から5月10日まで連続休暇を取得した。
被災者は、平成2年1月には糖尿病に罹患していたところ、東京に出張中であった平成10年7月12日午後9時頃、宿泊先のホテルにおいて、虚血性心不全のため死亡した。被災者の本件疾病の発症前1,2週間の時間外労働は、いずれも5時間を超えるものではなく、休日も取得しており、作業環境や業務も特段それまでと相違することはなかった。
被災者の妻である原告は、被災者の死亡は過重な業務に起因するものであるとして、平成15年5月9日、労働基準監督署長に対し、労災保険法に基づく遺族補償年金の支給を請求したところ、同署長は同年12月8日、これを不支給とする処分(本件処分)を行った。原告は本件処分の取消しを求めて審査請求、再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 業務起因性の判断基準
被災労働者に対して、労災保険法に基づく遺族補償給付が行われるには、当該労働者の疾病が「業務上」のものであること(労災保険法7条1項1号、12条の8第1項、2項、労働基準法79条)を要するところ、本件では「その他業務に起因することが明らかな疾病」(労基則35条、別表1の2第9号)により本件疾病が発症し、死亡に至ったことが要件となる。そして、労災保険制度が業務に内在ないし随伴する各種の危険が現実化して労働者に疾病の発症等の損失をもたらした場合に使用者の過失の有無を問わずに被災者の損失を填補する制度であることに鑑みれば、労働者の発症を「業務上」のものというためには、当該労働者が当該業務に従事しなければ当該結果(発症)は生じなかったという条件関係が認められるだけでは足りず、両者の関に相当因果関係、すなわち業務起因性があることを要すると解される。
2 業務起因性の有無
被災者には、発症当日までの間、精神的、肉体的な突発的事故や異常な出来事、過重労働は見当たらない。また、発症前1、2週間も、長時間労働や不規則労働は認められず、作業環境や業務による精神的緊張の状態について特別な事情も認められず、休日も取得できている。発症前6ヶ月間の時間外労働についても、発症前1ヶ月間で100時間若しくは発症前2ヶ月間ないし6ヶ月間にわたって1ヶ月平均80時間を超える程の時間外労働を行ったとは認められない。被災者の業務内容も特別困難視するほどのものとは認められず、周囲の支援・協力もあり、勤務形態、作業環境の劣悪さも見当たらない。なお、被災者の業務にはしばしば出張が含まれるが、その内容、頻度、交通手段、宿泊の有無・態様等に照らし、業務の過重性を認める程のものとは認められない。そうすると、被災者の業務上の負荷が発症の基礎となる血管病変等について、その自然的経過を超えて増悪させるほど重いものであったとまでは認められない。
本件疾病は、その発症の基礎となる血管病変等が加齢や一般生活等における通常の負荷ないし種々の要因によって長い年月の間に徐々に形成・進行・増悪する経過を経て発症するのがほとんどであり、業務に特有の疾病ではなく、生活状況の如何にかかわらず発症する頻度は極めて高いものである。被災者は、平成2年1月の時点で既に初期状態よりも増悪した糖尿病に罹患していたところ、それ以降も十分な血糖値コントロールができずにおり、殊に平成7年以降の測定値は全て「不可」とされる状態にあった上、死亡時までの飲酒のほか、喫煙(1日20本以上)、高脂血症もあり、その死亡当時46歳と危険因子が複数併存する高リスク群であったことを踏まえると、特段業務による疲労の蓄積がなくとも被災者の有する基礎疾患が徐々に進行・増悪していたことは容易に推認し得るところであり、その自然的経過によって本件疾病を発症する可能性が相当高かったということができる。
J医師の意見書には、「糖尿病の自然的経過により虚血性心不全あるいは急性冠症候群を来したとするには悪化のスピードが速く、無理がある」、「被災者は平成10年以降の過重労働により、自然的経過を超えた糖尿病の悪化を来たし、冠動脈の動脈硬化の進行に加え、死亡直前の血栓形成により死亡したと認められる」、「被災者の寿命を縮めた糖尿病の著しい増悪の原因は過重労働による蓄積疲労にあるから、その業務と死亡との間には密接な因果関係があると判断される」旨の記載があり、被災者と本件疾病の発症との相当因果関係を肯定している。しかし、J医師の意見書は、被災者の業務が過重であると認められないのに過重であったとの前提に立っていること、被災者の糖尿病が急性心筋梗塞を発症させたとする各医師の意見は医学的知見として不自然でないこと、被災者は平成2年1月に糖尿病と診断されて以降死亡時までの8年間、指導を受けた食事療法や運動等もきちんと実行することなく、その結果適切に血糖コントロールができていなかったこと、以上の事実を総合考慮すると、J医師の意見は直ちに採用することはできない。
そうすると、被災者の業務の過重が疾病の自然的経過を著しく超えて悪化させたと認めることができず、したがって、被災者の業務と本件疾病との間には相当因果関係を認めることはできない。 - 適用法規・条文
- 労働基準法75条、79条、
労災保険法7条1項、12条の8第1項、2項 - 収録文献(出典)
- 労働経済判例速報2027号9頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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