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地公災基金東京都支部長(T消防署事務主事)致死的不整脈事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 地公災基金東京都支部長(T消防署事務主事)致死的不整脈事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成7年(行ウ)第109号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 地方公務員災害補償基金東京支部長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2000年05月17日
- 判決決定区分
- 棄却(確定)
- 事件の概要
- H子(昭和32年生)は、昭和51年9月東京消防庁に事務主事として採用され、H消防署管理課を経て昭和56年4月T消防署総務課管理係に配属され、庶務・福利厚生、接遇、湯茶接待等の事務に従事していた女性である。
H子は、同僚のN主事が産前産後休暇を取得した等の事情により、昭和63年3月14日から同月31日まで及び同年7月18日から同月末日までの間、従前2人で行っていた職務を1人で遂行した。またT署では出張所が新設され、その落成式等の準備が行われ、H子もN主事とともに接待係に指名されたほか、落成式関連の文書についてのワープロ浄書が増加した。H子がワープロ浄書業務に従事した時間数は、昭和63年6月は14日間で延べ49時間20分、同年7月は12日間で延べ39時間、同年8月は11日間で40時間40分、同年9月は4日間で延べ13時間21分であった。H子は同年6月には出勤22日間、超過勤務時間3時間、同年7月は出勤20日間、超過勤務時間3時間、同年8月は出勤19日間、超過勤務3時間であり、同月12日から18日まで7日間連続して勤務を休んでいた。
H子は同年9月6日午前8時20分頃T消防署に出勤し、昼まで公務に従事した後外出したが、午後0時10分頃路上に倒れて意識不明となり、救急車で病院に搬送されたが、同日午後2時22分死亡した。
H子の夫である原告は、H子の致死的不整脈の発症による死亡は、過重な公務に起因するものであるとして、地方公務員災害補償法45条に基づき平成元年3月11日付けで被告に対し公務災害の認定請求をした。これについて被告は、H子の公務は特に過重とはいえないこと、H子は3人の子供を抱え転居により通勤時間が大幅に延びたことなど個人的なストレス要因が強かったことなどとして、平成2年1月11日付けでこれを公務外の災害であると認定(本件処分)したところ、原告は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたことから、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 昭和63年6月から9月までの間にH子がワープロ浄書事務に従事した時間数は1日平均3時間15分から3時間41分であり、所定労働時間のかなりの部分を占めた。このワープロ浄書事務は期限が限定され、限られた時間内に処理しなければならない場合も多かった上、ワープロ浄書事務がこれだけあったため、H子は他の庶務・福利厚生事務を処理するためかなり忙しかったものと考えられるが、一方この期間中毎月合計3時間しか超過勤務を行っていない。
H子は何らかのストレッサーに反応して体内に強いストレス状態が発生し、かなり重い不整脈が繰り返され、最終的にはそれまで自然に回復していた不整脈が治らず死に至ったものと考えられること、H子は7年数箇月慣れ親しんだ住居から転居し、通勤時間は従前徒歩で往復10分程度であったのが、同年4月からは往復2時間30分を要するようになったこと、H子には当時10歳、8歳及び2歳10ヶ月の子がいたこと、医学的知見によれば、このような通勤時間増加の事情は、それだけでは致死的不整脈を発症させるに足りないが、他の要因と相まって発症させることはあり得るのであり、致死的不整脈発症への寄与度は60%程度と考えられること、慣れてしまえばさほどの負担増とならない通勤時間ではあっても、一時的にはH子の心身にとって相当の負担増となったものと考えられること、H子は家事及び子の養育と両立させるため、超過勤務も極力行わず所定労働時間内で事務処理の効率を高めて処理していたものと考えられ、同様に家事及び子の養育についても忙しい中で密度濃く取り組んでいたものと推認できるから、右のような通勤時間の増加の事情は同年4月から7,8月にかけてH子に対して相当強いストレッサーとして働いたものと考えられること、医学的知見によれば、H子のように致死的不整脈の発症にまで至るのは希れであり、どのような場合にその発症に至るのかは医学的にまだ解明されていないため、発症した本人の素因として理解するほかはないこと、以上の事実が認められる。
H子は昭和63年4月以降、通勤時間増加の事情から従前に比して時間的余裕が大幅に減少し、そういう中で仕事量も相当増加していたから、限られた所定時間内に従前より増えた事務を処理しなければならず、また家事及び子の養育についても忙しい中で密度濃く取り組んでいたのであるから、その心身の負担は増加し、殊に同年7月下旬からは相当程度のものとなったことが認められる。右の事実に基づいて考えると、通勤時間増加の事情もH子の従事していた職務の負担贈も、いずれもその事実だけでは致死的不整脈を発生させるに足りないが、相互に他の要因と相まってH子に致死的不整脈を発症させたものというべきである。したがって、右各事情はいずれもその死亡との間に条件関係がある。
しかし、前記のとおり、H子の従事していた職務の負担贈だけでは致死的不整脈を発症させるに足りず、H子の通勤の負担増と相まって初めて致死的不整脈を発症させたのであり、しかも通勤の負担贈の方が比重が大きいものというべきである。前記のような通勤時間増加の事情は慣れればさほど大きな負担となるものではなく、それだけではH子に致死的不整脈を発症させるだけの危険を内在させているものではなかった。このことに照らして考えると、H子の従事していた公務に内在する危険が現実化した結果致死的不整脈が発症したものと認めるには足りないというほかはない。結局、H子の従事していた公務と本件災害(死亡)との間に相当因果関係を認めることはできない。 - 適用法規・条文
- 地方公務員災害補償法31条
- 収録文献(出典)
- 労働判例799号51頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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