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地公災基金北海道支部長(Y小学校教頭)心臓死事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 地公災基金北海道支部長(Y小学校教頭)心臓死事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 札幌地裁 − 平成10年(行ウ)第16号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 地方公務員災害補償基金北海道支部長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2001年10月01日
- 判決決定区分
- 認容(確定)
- 事件の概要
- K(昭和8年生)は、昭和27年4月から北海道の小学校の助教諭ないし教諭として稼働し、昭和62年4月からY小学校において教頭として勤務していた。
Kは、昭和63年以降、教頭及び学級担任としての日常生活のほか、校内活動、RTA行事及び校外教育活動等に従事し、同年5月の町内ジュニアマラソン大会及び同年7月の小学校陸上競技大会の練習指導に当たった。また、同年7月7、8日と宿泊学習が実施され、Kら教員はほとんど睡眠も取らずに指導に当たったほか、同年10月には音楽交歓会、同年11月には親子読書の集いにそれぞれ児童を参加させた。その他Kは、同年6月及び9月には勤務時間外に行われた体育指導委員会に出席し、同年6月のプール開き以降、学校教育の合間を縫って水泳指導を行いスポーツ少年団の水泳大会の四郷に当たり、同年8月のスポーツ少年団サイクリングに参加し、同年10月ゲートボール大会の運営に当たった。
Y小学校では、毎年12月から3月までスキー学習に力を入れていたところ、Kは毎朝のクロスカントリーコースの設営、児童への走行指導、200kgのスノーモービルの物置への格納などの作業を主に行っていた。また、この頃Kは、スポーツ少年団を引率してのクロスカントリー大会への参加、新年会や成人式への出席、スキー指導、学校施設の維持管理等、日曜、祝日、冬期休校日のほとんどを公務に充てており、同年12月27日から平成元年1月8日まで連日出勤した。
同年2月頃から、Kは学年末の学校行事の準備に取りかかったほか、スキーの各種大会が集中的に開催され、Kは週2回のスキー学習等を行ったほか、日曜祝日は各種スキー大会の指導等に当たり、その余の休日は生涯教育セミナーへの参加、日直登校、学校関係文書の作成に充てていた。そして、Kはこの頃から食欲が落ち始め、本件発症当日までの間、朝食後に嘔吐したことが3度あった。同年3月4日、Kはいつも通り出勤し、クロスカントリースキーの練習コース設営作業に従事し、途中雨のため作業を中止し、スノーモービルの格納などの重労働に従事した直後、心筋梗塞の発作を起こして病院に運ばれた。Kは、一旦仮退院したものの、同年4月9日に再び心筋梗塞の発作を起こして入院し、同月24日に急性心不全により死亡した。
Kの妻である原告は、Kの死亡は公務上災害であるとして、被告に対し地公災法に基づき公務上認定の請求をしたところ、被告が公務外認定処分(本件処分)をしたため、審査請求、更には再審査請求をしたがいずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 被告が原告に対して平成5年1月26日付けでした公務外認定処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 「職員が公務上死亡した場合」とは、職員が公務に基づく負傷又は傷病に起因して死亡した場合をいい、負傷又は傷病と公務との間に相当因果関係のあることが必要である。心筋梗塞等の虚血性心臓疾患は、加齢や日常生活における危険因子により基礎疾患が生じ、これが自然的経過の中で進行することによって発症し得る疾病である。したがって、虚血性心臓疾患が公務に起因するといえるためには、公務による過重負荷により基礎疾患が自然的経過を超えて悪化し、虚血性心臓疾患を発症したものでなければならない。
確かにKに基礎疾患である粥腫の形成(動脈硬化)があったことは否定できないけれども、その程度は明らかでない。Kのように心臓疾患の既往歴がなく、定期健康診断においても特別な指導を受けたりしたことがない患者の場合、粥腫形成の程度や心筋梗塞発症の相関等について医学的な解明が十分になされているとはいえないのであるから、日常生活の中でいつ心筋梗塞を発症しても不自然でない状態にまで至っていたのか、それとも日常生活の中では心筋梗塞を容易に発症しない状態であったのかは不明といわざるを得ない。そして、公務起因性の要件は原告側が立証すべき責任を負うものであるとしても、医学的に未解明である粥腫形成の程度や心筋梗塞発症の相関等についてまで原告側に立証責任を負わせることは相当ではない。公務起因性の有無は医学的知見を前提にしての法的判断であるべきであるから、本件発症前の諸事情から窺えるKの身体状態と、公務の過重負荷の状況とを相関的に考慮して、公務によってKの基礎疾患である粥腫の形成・破綻が自然的経過を超えて増悪し本件発症に至ったのか否かを判断するのが相当である。
これを本件についてみると、Kには粥腫形成の因子がいくつかあり、本件発症後に狭窄病変があったことが確認されていることからしても、粥腫が形成されていたことは否定できない。本件発症前定期健康診断の血液検査においても「正常値」又は「ほぼ正常値」の判定がなされ、粥腫形成又は心臓疾患に関して治療を受けたことはなく、周囲に対し胸部の痛みや異常を訴えた形跡もなかったところ、Kは昭和63年4月以降、教頭として勤務時間内の職務のみならず、勤務時間外の諸教育活動に従事するとともに、職務不熱心な校長をカバーするための余分な仕事まで余儀なくされるなどして、既に同年7月頃にはストレスを感じるようになり、その後もこれが高じていた。Kは同年11月中旬以降は、寒冷の中、連日、勤務時間前に重筋労働といえるクロスカントリースキーの練習コース設営作業をした上、児童に対する練習の指導をし続け、平成元年1月21日以降は、これに加えて勤務時間内とはいえ戸外で実施するスキー学習の指導に従事し、かつ休日には校外教育活動としての冬季スポーツ指導に当たり、次第に疲労が蓄積するうち、学年末及び異動期の繁忙期を迎え、同年3月1日及び2日には自宅において徹夜又は徹夜に近い状態で学校関係文書作成作業をしたため、重度の疲労状態に陥り、疲労の回復が十分でないまま同月4日クロスカントリースキーの練習コース設営作業に従事した。しかも、雨の中重いカッターをスノーモービルに乗せてこれを左手で抑えながら右手でスノーモービルを運転するという緊張を要する作業を強いられたものであるから、本件発症直前には、55歳のKにとって肉体的精神的にかなりの過重負荷の状態に至っていたものであるから、この公務の過重負荷に伴うストレスにより、交感神経系が著しく亢進し、カミコールアミンが分泌され、血圧上昇、血小板凝集能の亢進、血管攣縮が生じて、粥腫の破綻を招いた可能性が高く、基礎疾患である粥腫の形成・破綻が自然的経過を超えて増悪し、心筋梗塞が発症したものと認めるのが相当であり、本件発症は公務に起因するものというべきである。以上によると、本件発症は公務と相当因果関係を有するものであり、Kは公務上死亡したものと認められるから、これと異なる本件処分は違法であり、取消しを免れない。 - 適用法規・条文
- 地方公務員災害補償法31条
- 収録文献(出典)
- 労働判例823号39頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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