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地公災基金大阪府支部長(T小学校教諭)慢性疲労症候群事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 地公災基金大阪府支部長(T小学校教諭)慢性疲労症候群事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 大阪地裁 - 平成13年(行ウ)第11号
- 当事者
- 原告個人1名
被告地方公務員災害補償基金大阪府支部長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2002年11月27日
- 判決決定区分
- 棄却(控訴)
- 事件の概要
- 原告(昭和28年生)は、昭和49年4月大阪市立公立学校教員に採用され、以後同市立小学校の教諭として勤務し、平成2年4月から同市立T小学校の教諭となった女性である。
原告は、平成8年9月2日、始業式の後、学級指導及び大掃除をし、翌3日は午前中だけ授業をし、午後は社会見学の下見のため下水処理場に行き帰宅した。原告は、同月4日、水泳指導の準備のため、午前8時に水着に着替えてプールに行き、気温と水温の和が内規で定める45度に満たなかったので、職員室に戻って待機した。その後原告と1学年主任はプール内で水泳指導をし、原告は軽度の知的障害を持つ児童2人の指導を行ったが、水泳指導の途中から寒気を感じ、夕方帰宅して体温を測ったところ、38.5度であった。原告は発熱と頭痛が続いたことから、翌5日から9日まで欠勤し、その後も37度前後の微熱や頭痛が続いたことから、同月11日から20日まで及び同月22日から29日までの間年次有給休暇を取得し、同月26日に自律神経失調症と診断された。原告は同月30日から第2学期終了まで病気休暇を取得し、内科を受診したが異常所見が認められず、精神科の受診を勧められたが受診しなかった。原告は3学期が始まった平成9年1月8日に出勤したものの、倦怠感があったため同日及び翌日は午後に帰宅し、同月21日には主治医から慢性疲労症候群と診断され、安静にするよう指示されたため、同日以降欠勤した。
原告は、同年7月からは主治医のクリニックに通院するようになり、同年9月からは担任を持たない理科専任の教諭として出勤したが、出勤後間もなく階段を上がることや続けて授業を行うことができなくなる、口の筋肉が全く動かなくなるなどの症状が出たため、同年10月21日から休職した。その後原告は、免疫・内分泌異常が認められ、慢性疲労症候群との診断を受けた。原告は、平成13年4月に、担任を持たない理科専任教諭で復帰したものの、体調が悪化したため、再び欠勤し療養を続けている。
原告は、水泳指導により風邪を引いたこと及び当日の低温下では実施すべきでない水泳指導の実施を余儀なくされたことにより発生した激しい心理的葛藤が要因となって慢性疲労症候群を発症したとして、平成10年3月2日、被告に対し、地方公務員災害補償法に基づき公務災害の認定を請求した。これに対し被告は、原告の疾病は公務に起因するものではないとして、公務外の認定(本件処分)をしたことから、原告はこれを不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 慢性疲労症候群については、いまだ医学的にその病因が解明されていないことからすると、本件疾病と原告が従事した本件水泳指導等の公務との因果関係は医学的にはいまだ証明されたとはいえない。もちろん、訴訟上の因果関係の立証は、必ずしも一点の疑義も許されない緻密な自然科学的証明に限られるものではないが、経験則に照らして、当該疾病が公務によって発症した高度の蓋然性があることを、通常人が疑いを差し挟まないほどの真実性の確信を持ち得る程度に立証されなければならないというべきである。しかも、地方公務員災害補償制度は公務に内在又は随伴する危険が現実化した場合に、それによって公務員に発生した損失を補償することを目的とするものであるから、当該疾病と公務との間に法的な因果関係すなわち相当因果関係があるといえるためには、当該疾病が公務に内在する危険が現実化したといえる場合、すなわち公務が当該疾病の単なる引き金になったというだけでは足りず、公務が他の原因と比較して相対的に発症の有力な原因となったといえる場合でなければならない。
本件水泳指導は、文部省文書において水泳指導をしない方が良いとされている気温やT小学校内規において水泳指導をしても良いとされた気温と水温の和を下回っていた状況で実施され、原告が本件水泳指導中から寒気を覚え、帰宅後発熱したことからすると、本件水泳指導が原告の体調を崩す原因の一つとなった可能性は十分考えられる。しかし、仮にこの症状が感冒であるとして、その感冒が慢性疲労症候群の発症をもたらしたとの前提に立ったとしても、(1)本件水泳指導中、プールの水温は文部省文書で定める水温、T小学校内規の標準水温を満たしており、同内規に定める水温と気温の和を下回っていたといっても1度に留まること、(2)本件水泳指導後のプールサイドの気温、水温はともに25度で、本件水泳指導中いずれも徐々に上昇したと推認されること、(3)文部省文書において、実施の可否を決定しにくい場合は指導者がプールに入って判断することが望ましいとされており、基準となる気温ないし気温と水温の和を下回る場合に直ちに水泳指導を中止するものとはされていなかったこと、(4)本件水泳指導当日は、近隣の市立小学校においても第1校時から水泳指導が実施されていたこと、(5)原告は本件水泳指導当日朝まで健康体であり、体調に全く問題はなかったことなどを総合すると、本件水泳指導が単に体調を崩す一因となったことを超えて、原告の身体に重大な負荷を加えるほどのものであったとは認め難い。しかも慢性疲労症候群の病因としては、感染症のほか、精神科的機能性疾患、免疫異常、内分泌異常、代謝異常等が挙げられ、医師が遺伝的素因の影響を指摘していることも併せ考えると、原告が本件疾病に罹患し、職務への復帰を念願しながらも約6年間にも及ぶ長期間公務に就くことが困難になり日常生活さえも支障が生じるほどの病状に陥ったことについて、本件水泳指導が相対的に有力な原因となったとするには疑問が残るといわなければならない。
原告が、その主張のように、本件水泳指導の際の学校側の対応により心理的ストレスを感じたとしても、それは客観的にはそれほど大きなストレスを与える性質のものではないといわなければならない。また水泳指導後の学校側の対応についても、原告に過度のストレスを生じさせるような状況があったとは認められない。本件水泳指導の際又はその後の学校側の対応により、原告が重大なストレスを感じたとすれば、それは本件公務に内在する客観的な危険が現実化したというよりも、むしろ原告の気質的な要因の果たした役割が大きいものと考えられる。更に、原告が本件疾病により公務に就くことができなくなり、日常生活に支障が生じるほど重篤な状態になっていることからすると、仮に前記ストレスが原告の慢性疲労症候群発症の原因になったものとしても、それが相対的に有力な原因であったということはできない。 - 適用法規・条文
- 地方公務員災害補償法31条
- 収録文献(出典)
- 労働判例844号29頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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