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国立循環器センター看護師くも膜下出血死公務災害請求控訴事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 国立循環器センター看護師くも膜下出血死公務災害請求控訴事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 大阪高裁 - 平成20年(行コ)第37号
- 当事者
- 控訴人 国
被控訴人 個人2名 A、B - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2008年10月30日
- 判決決定区分
- 原判決一部変更(一部認容・一部棄却)
- 事件の概要
- K(昭和50年生)は、平成9年4月、控訴人(第1審被告)に厚生技官として採用され、循環器病センター(センター)において看護師として勤務していた女性である。
センターの労働時間は週40時間であり、深夜勤、日勤、準夜勤、早出、遅出の5種類の勤務形態があり、これらのローテーションによる勤務シフトが組まれ、Kは勤務時間外に研究発表の準備等を行ったほか、新人教育も担当していた。
Kは、平成13年2月13日午後11時30分頃、勤務を終えて自宅に帰宅した後、くも膜下出血を発症し、同年3月10日死亡した。
Kの両親である被控訴人(第1審原告)らは、Kの本件発症による死亡が公務上の災害に当たるとして、厚生労働大臣に公務災害の認定の請求をしたが公務災害に該当しないとされ、人事院に対する審査申立についても棄却されたことから、被控訴人らは控訴人国に対して遺族補償一時金等の支払いを請求した。
第1審では、Kの本件発症前6ヶ月の勤務は、時間外労働が長く、交代制勤務による質的な過重性も認められるとして、Kの本件発症とそれによる死亡に公務起因性を認めたことから、国がこれを不服として控訴したものである。 - 主文
- 1 原判決主文2項を次のとおり変更する。
2 控訴人は、被控訴人らに対し、それぞれ629万3750円及びこれに対する平成14年6月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、第1、2審とも、控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 1 公務起因性の判断基準
国家公務員災害補償法による補償給付である遺族補償一時金及び葬祭補償が支給されるためには、職員の死亡が「公務上」のものであること、すなわち公務起因性が認められる必要がある。そしてこれを認めるためには、負傷又は疾病と公務との間に相当因果関係が存することが必要である。
ところで、くも膜下出血を含む脳・心臓疾患は、労働者に限らず一般の人々にも普遍的に数多く発症する疾患であるから、業務についても、それが日常的な通常の負荷に止まるときは、基礎疾患の増悪があったとしても自然的経過の範囲内のものと考えるのが自然であるが、一方、業務による過重な負荷が加わることにより、基礎疾患を自然的経過を超えて増悪させ、脳・心臓疾患を発症させる場合があることは医学的に広く認知されているところである。そうだとすると、労働者が過重な業務により、基礎的疾患を自然的経過を超えて増悪させ、くも膜下出血を発症したと認められるときには、その疾病の業務起因性を肯定するのが相当である。そして、Kの基礎疾患たる脳動脈瘤が、確たる発症の危険因子がなくとも、その自然的経過によりくも膜下出血を発症させた場合には、この発症と公務との相当因果関係を否定すべきであるが、上記基礎疾患が、確たる発症の危険因子がなくとも、その自然的経過により、脳・心臓疾患を発症させる寸前まで進行していたとは認められない場合に、Kの従事した公務が、同人の基礎疾患たる脳動脈瘤を自然的経過を超えて増悪させる要因となり得る負荷のある業務であったと認められ、かつKに公務の他に確たる発症の危険因子がないことが明らかになれば、くも膜下出血の発症(本件発症)と公務との相当因果関係が肯定されるというべきである。2 公務による過重負荷について
本件発症から遡って6ヶ月前までの各1ヶ月の時間外労働時間数は、発症前1週間については11時間15分、発症前1ヶ月間については54時間45分、発症前2ヶ月目については59時間10分、発症前3ヶ月目については64時間45分、発症前4ヶ月目については50時間25分、発症前5ヶ月目については38時間15分、発症前6ヶ月目については54時間15分であり、時間外労働が恒常化していたということができる。
Kの従事していた看護業務には、身体の不自由な患者を介助するための身体への負荷の高い重労働があり、患者の生命に係わる複雑かつ緊急を要する判断を要求されるなど他の職業にない緊張や能力を求められる面があるといえる。特に循環器疾病に対する高度の専門的医療・調査・研究の役割を担うセンターにおいては、医師、看護師は、日夜先端的な医療、新しい医療技術の開発、循環器病を専門とする医療従事者の育成等に専心しており、看護師に求められる業務の水準も自ずから高度であり、身体的負担及び精神的緊張の程度も相応に大きなものであることが推認される。
Kの勤務する9階東病棟は、主として脳血管外科の手術待機患者及び手術回復期の患者が入院しており、外来患者や一般患者が入院する病棟に比べると、患者の体位変換、食事・排泄・入浴介助等の割合が高く、身体的負担の高いものであった。そして、Kはセンターに勤務する看護師の平均在職年数及び平均年齢を上回り、勤務する9階東病棟において、中堅看護師としてリーダーシップを発揮して後進の指導等についても重要な役割を担う立場にあり、Kが担当していた新人看護師は特に指導が困難な者であり、Kはこれによる精神的な負担も抱えていた。
交代制勤務や深夜勤務は直接的に脳・心臓疾患の発症の大きな要因になるものではないものの、交代制勤務、深夜勤務のシフトが変更されると、生体リズムと生活リズムの位相のずれが生じ、その修正の困難さから疲労が取れにくいといったことが生じることから、交代制勤務は心血管疾患に対し、概ね1.2から1.5倍のリスクを有するとされている。日勤から深夜勤へのシフト(シフト1)の場合、勤務終了から勤務開始までの間隔は5時間であり、準夜勤から日勤へのシフト(シフト2)の場合、その間隔は5時間45分である。Kの本件発症前6ヶ月の勤務実態を見ると、シフト①が発症前1ヶ月から6ヶ月まで、それぞれ3回、4回、4回、5回、1回、5回(合計22回)であり、シフト2が1回、1回、2回、1回、2回、1回(合計8回)であった。その結果、Kは疲労回復のために十分な睡眠時間を取ることができず、疲労が回復することなく蓄積していったと見ることができる。本件発症前1ヶ月間においては、4連続、4連続、5連続、4連続の勤務形態が取られており、この連続勤務のうちには3回のシフト1及び1回のシフト2が含まれ、5連続勤務の中ではシフト1とシフト2が併存している。
以上に見たとおり、Kが実際に従事していた9階東病棟における看護師としての業務は、身体的負担の高いものであった上、不規則な夜間交代勤務によって、Kに対し身体的・精神的に高い負荷を与えていたものと認められる。かかる職場環境において、Kは25歳、在職3年10ヶ月にすぎないにもかかわらず、中堅看護師として業務の中核を担い、看護研究、新人看護師の教育等を含むセンター勤務看護師としての重要な業務に従事し、本件発症前1ヶ月以降においては、とりわけ身体的負荷が大きい状況の下で勤務を続けていたことが認められる。これらの事実などを総合すると、Kが従事していた業務は、その質的な面から見て、慢性の疲労、その蓄積、過度のストレスの持続に連なる過重なものであったと認めるのが相当である。
Kは平成12年9月19日から26日まで、夏期休暇を利用して海外旅行に出かけたこと、同年10月16日に遊園地に出かけ、長島温泉に宿泊したこと、同年11月5日、知人とアイススケートに出かけたこと、同月25日、京都に紅葉巡りに出かけたこと、平成13年1月7日及び8日に泊まりがけで岐阜方面にスキーに行ったことが認められ、Kは私生活においても活発に活動し、休日が疲労回復としての役割を十分に果たせなかった可能性はある。しかし、そのことは、Kの公務が同人の基礎疾患たる脳動脈瘤を自然的経過を超えて増悪させる要因となり得る負荷のある業務であったとする上記判断を左右するものではない。また、Kの従事した公務の他に、同人の基礎疾患たる脳動脈瘤を自然的経過を超えて増悪させる要因となり得る確たる因子が存在するとは認められない。3 本件発症の公務起因性について
以上のとおりであって、Kの基礎疾患たる脳動脈瘤は、確たる発症の危険因子がなくとも、その自然的経過により、脳・心臓疾患を発症させる寸前まで進行していたとは認められないところ、Kの従事した公務は、同人の基礎疾患たる脳動脈瘤を自然的経過を超えて増悪させる要因となり得る負荷のある業務であり、かつ、Kに公務の他に確たる発症因子はないと認められるから、Kのくも膜下出血の発症には公務起因性が認められるというべきである。
以上によれば、被控訴人らの本件請求は、控訴人に対し、それぞれ629万3750円及びこれに対する平成14年6月6日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で認容する。 - 適用法規・条文
- 国家公務員災害補償法15条、18条
- 収録文献(出典)
- 労働経済判例速報2035号3頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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大阪地裁 - 平成14年(ワ)第7614号 | 棄却 | 2004年10月25日 |
大阪地裁 - 平成17年(行ウ)第80号 | 一部認容・一部却下・一部棄却(控訴) | 2008年01月16日 |
大阪高裁 - 平成20年(行コ)第37号 | 原判決一部変更(一部認容・一部棄却) | 2008年10月30日 |