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栃木労基署長(R社)くも膜下出血死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
栃木労基署長(R社)くも膜下出血死事件【過労死・疾病】
事件番号
宇都宮地裁 - 平成10年(行ウ)第14号
当事者
原告 個人1名
被告 栃木労働基準監督署長

その他補助参加人 R社
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2003年08月28日
判決決定区分
認容(確定)
事件の概要
 T(昭和16年生)は、昭和39年4月に、段ボールの製造販売を業とする補助参加人R社に入社し、松山工場、新潟事業所勤務を経て、平成6年4月、北関東事業部小山工場販売担当課長になり、平成7年4月の組織変更に伴って同工場販売課内勤課長となった。

 Tは、従来の勤務場所では主に外勤を担当していたが、小山工場では、東京本社営業部への報告及びそれに伴う資料作成、小山工場内で使用する資料の作成、会議への出席、納期調整業務であり、その勤務状況を見ると、小山工場に異動になってから死亡に至るまで(約1年間)の休日出勤は50日以上、本件発症前1ヶ月間の時間外労働時間は100時間を超えていた。Tは、平成7年4月13日朝、出勤直前に自宅で、脳動脈瘤の破裂によるくも膜下出血を発症して倒れ、病院に搬送されたが、同年5月1日死亡した。
 Tの妻である原告は、Tの発症及び死亡は業務に起因するものであるとして、労災保険法に基づき、被告に対し遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求した。これについて被告は、Tの業務は通常業務であり、原告の業務がいかなる性質及び強度の精神的ストレスを及ぼしたかについて具体的な主張をしていないこと等からみて、ストレスとTの発症との間には相当因果関係を認められないとして、不支給決定処分(本件処分)をしたことから、原告は本件処分の取消しを求めて審査請求をしたが棄却され、更には再審査請求をしたが3ヶ月を経過しても裁決がなされないことから、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1 被告が、労働者災害補償保険法に基づき、原告に対し平成8年12月26日付けでした遺族補償給付をしない旨の処分及び平成9年1月6日付けでした葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用のうち参加によって生じた部分は補助参加人の負担とし、その余は被告の負担とする。
判決要旨
 労災法に基づく保険給付は、業務上の負傷、疾病、傷害又は死亡に関して行われるものであり(7条)、遺族補償給付及び葬祭料は、労働者が業務上死亡した場合に支給される(12条の8第2項、労働基準法79条、80条)ところ、労働者が業務上死亡した場合とは、労働者が業務に起因して死亡した場合をいい、業務起因性が肯定されるためには、業務と死亡との間に相当因果関係が認められることが必要である。そして、労働者災害補償制度は、使用者が労働者を自己の支配下において労務を提供させるという労働関係の特質を考慮して、業務に内在ないし随伴している危険が現実化して労働者に傷病等を負わせた以上、使用者に無過失の補償責任を負担させるのが相当であるとする危険責任の法理に基づくものである。したがって、業務と死亡との相当因果関係の有無は、経験則、科学的知識に照らし、その死亡が当該業務に内在又は随伴する危険の現実化したものであるか否かによってこれを決するのが相当であるところ、労働者が従事した業務が、脳動脈瘤を含む血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ、くも膜下出血の発症に至らせるほどの過重負荷になっていると認められる場合には、当該業務に内在又は随伴する危険が、それ以外の発症の原因と比較して相対的に有力な原因となったものとして、死亡との間の相当因果関係を認めることができるというべきである。

 

 業務の過重性は、就労態様の諸要因も含めて総合的に評価されるものではあるが、医学的には、休日労働時間も含め1ヶ月100時間を超える時間外労働を行った場合には、長時間労働による疲労の蓄積が、脳動脈瘤を含む血管病変等を自然経過を超えて著しく増悪させ、その結果、脳・心臓疾患を発症させることがあり、危険因子等を検討した上、明らかに業務以外の原因により発症したと認められる場合等の特段の事情がない限り、業務起因性が認められるということができる。

 これを本件についてみると、Tの本件発症前1ヶ月間の時間外労働時間数は100時間を超えているところ、Tが従事した業務は、東京本社営業部への報告等については、一部を除いてコンピューターデータの電送、ファックス送信、営業担当者からの報告数値の転記、集計等に過ぎないほか、社内で使用する資料の作成業務についても、いずれも庶務的なものに過ぎないことからすれば、その通常業務のみをもって、業務が過重であったと認めることはできない。しかしながら、Tは、販売第一課長の補助的立場にあった前任者と異なり、担当課長として分析業務も一部行い、各種会議にも出席していること、Tの後任者の小山工場着任後1年間の平均時間外労働時間は、被告の計算によっても1日3時間33分になることからすれば、Tの通常業務は一定の負荷を有するものであったというべきところ、Tはそれ以外に、いずれも臨時的に、(1)合計52枚、約4万字にも及ぶ販売研修会議の資料作成を担当して、その9割以上を行い、引き続いて、(2)合計57枚、約2万6000字にも及ぶ修正値上計画表の作成を担当して、その約3分の2を行ったものである。このように、販売研修会議の資料作成及び修正値上計画表の作成は、いずれも事務量が大きいほか、本社から作成を指示された書類の提出が遅れることは許されない結果、Tは休日労働までして修正値上計画表を作成し、本社への提出期限の前日に提出していることからすれば、修正値上計画表の作成・提出は、Tにとって切迫していた業務であったものの、その事務量に比して作成期間が短かいものであったということができる。したがって、一定の負荷を有していた通常業務に、3月中旬から4月上旬にかけて、事務量の多い販売研修会議の資料の作成及び事務量が多く、それに比して作成期間が短い修正値上計画表の作成という臨時的な業務が加わり、しかもその間休日労働が連続したことにより、3月中旬以降Tが従事した業務は、その長時間労働による疲労の蓄積が脳動脈瘤を自然経過を超えて著しく増悪させ、破綻させるほどの過重なものとなったと解するのが相当である。

 Tの父親は、脳溢血により52歳で死亡しているが、くも膜下出血自体に遺伝性があるとは必ずしもいえないのであって、遺伝が本件症状の発症の要因となったとまでは認められない。また、男性の発症率が女性の2倍であり、Tがくも膜下出血の好発年齢に当たるが、Tの性別、年齢が本件症状の発症の要因となったとまでは認められない。Tは20本以上の喫煙をしていたが、我が国の調査では喫煙と脳血管疾患との間に有意な関係を認めたものがないことに鑑みると、喫煙が本件症状発症の要因となったとは認められない。Tは酒を好み、晩酌として缶ビール2本程度を毎日飲んでいたものであるが、この程度の晩酌がくも膜下出血の危険因子となり得るような多量の飲酒に当たるとは認められない。以上のとおり、業務以外の危険因子について検討しても、本件疾病について、明らかに業務以外の原因で発症したと認めるべき特段の事情は認められない。
 したがって、3月中旬以降Tが従事していた業務は、その長時間労働による疲労の蓄積が脳動脈瘤を自然経過を超えて著しく増悪させ、破綻させるほどの過重なものであり、本件疾病は、このようなTの業務に内在する危険が発現したものと解するのが相当であるから、本件発症とTの業務との間には相当因果関係があり、本件疾病は業務に起因するというべきである。
適用法規・条文
労働基準法79条、80条、
労災保険法7条、12条の8第1項、16条の2、17条
収録文献(出典)
労働判例861号27頁
その他特記事項