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亀戸労基署長(C梱包工業)脳梗塞事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
亀戸労基署長(C梱包工業)脳梗塞事件【過労死・疾病】
事件番号
東京高裁 − 平成20年(行コ)第244号
当事者
控訴人個人1名

被控訴人国
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2008年11月12日
判決決定区分
原判決取消(控訴認容)
事件の概要
 D(昭和21年生)は、岡山在勤中の平成3年1月、定期健康診断で不整脈を指摘され、平成4年2月、Y運輸の子会社である本件会社に在籍出向し、管理本部管理部課長として、職員の採用試験、面接、教育、人事評価などの業務に従事した。

 Dは平成6年1月の定期健康診断において、血圧は正常値であったが、僅かな洞性徐脈(心拍数が50/分以下になる徐脈性不整脈)が認められた。Dの日記には、E部長との人間関係を巡る記載が頻繁に認められ、その記載内容に照らせば、E部長の叱責は平成5年から続いており、しかもかなり執拗であったこと、E部長からの評価が低いことを苦にしており、E部長と気が合うことは期待していなかった。

 Dは、平成6年4月29日の新入生歓迎会で出血性脳梗塞(本件疾病)を発症し、救急車で病院に搬送されて手術を受けたが、右半身麻痺と重度の失語症という後遺症が残った。

 Dは、本件疾病は過重な業務に起因するものであるとして、労働基準監督署長に対し、労災保険法に基づき休業補償給付の支給を請求したところ、同署長はこれを支給しない旨の処分(本件処分)をした。Dは本件処分を不服として、審査請求、再審査請求をしたが、いずれも棄却されたため、Dの地位を承継した妻の控訴人(第1審原告)は本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
 第1審では、Dの本件疾病は、過重な業務上の負荷が原因とは認められないとして、控訴人の請求を棄却したことから、控訴人がこれを不服として控訴した。
主文
1 原判決を取り消す。

2 亀戸労働基準監督署長が、Dに対し平成11年9月27日付けでした労働者災害補償保険法に基づく休業補償給付不支給処分を取り消す。
3 訴訟費用は、第2、2審を通じて、被控訴人の負担とする。
判決要旨
 平成5年6月に、Dの上司である管理部長がEに替わったところ、E部長はDを頻繁かつ執拗に叱責しており、平成6年1月以降のDの日記に記載しているものだけでも、同部長による叱責は、1月5日、7日、14日、2月7日、23日、3月10日、15日、4月11日、23日と9回もあり、しかも2月7日、3月10日、15日はいずれも2時間、

終業時刻を過ぎた後に、Dを起立させたまま執拗に叱責し、夜間に及ぶまで続行するという異様なものである。叱責の内容も、E部長自身の判断ミスについてDの責任にして叱責するようなことが少なくない状況で、D自身も叱責を理不尽なものと感じていたことは、日記の記載からも認められる。また、E部長はDに対して人事評価上低い評価をしており、Dに対して異動を示唆する言動もあったほか、Dは偶然自らの低い人事評価を知って、大きな精神的苦痛を受けていた。

 Dは、本件会社へ出向する以前の岡山在勤中に初めて心房細動を発症し、その後も度々発作性心房細動を起こし、投薬治療を受け、東京への転勤後も断続的に治療を受けていたことが認められる。心房細動については、その誘因として長時間労働やストレスが挙げられており、持続性であれ発作性であれ、業務によるストレスを誘因として心房細動を引き起こすという機序の存在は認められ、またストレスが血液の凝固能を亢進させるとの見解が存在することが認められる。更に心房細動の発症を促す要因として高血圧が挙げられており、月60時間以上の残業で有意の血圧上昇が見られたり、週60時間以上の長時間労働は、心筋梗塞発症のリスクを高めると報告されており、厚生労働省の脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会は、平成13年11月、長時間労働やそれによる睡眠不足に由来する疲労の蓄積が血圧上昇などを生じさせ、その結果、血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させる可能性があるとの検討結果を報告している。これらによれば、本件においても、長時間労働やストレスを要因として心房細動が発生し、かつストレスにより血液の凝固能が亢進し血栓を生じやすくなったことによって、フィブリン血栓が形成され、これによって本件疾病の発症に至った可能性が存在する。

 本件においては、本件疾病発症前6ヶ月からのDの時間外労働時間は、1ヶ月当たり、36.5時間、38時間、54.5時間、41.5時間、57.5時間、77.5時間というものであり、徐々に時間外労働時間は増加し、発症前1ヶ月は、徹夜作業も加わり、80時間近くに達している。そして、脳血管疾患及び虚血性心疾患等については、発症前1月ないし6月にわたって、1月当たり45時間を超える時間外労働があれば、その時間が長くなるほど業務と発症との関連が徐々に強まると評価され、また発症前1月につき、概ね100時間を超える時間外労働があれば、業務と発症との関連性が強いと評価される取扱いとなっているところ、Dの時間外労働時間は、同基準に満たないとしても、相当長時間のものであると評価することができる。

 このような時間外労働に加え、E部長はDに対し、1月に2回以上、執拗に2時間を超えてDを起立させたまま叱責しており、このため時間外労働により疲労を有していたと考えられるDに対し、一層のストレスを与えるものとなったというべきである。

 前記認定事実及び本件発症直前のDの状況を総合すれば、Dは平成6年2月3日頃までは発作性心房細動であったところ、同年4月28日には出勤時に駅の階段を上る際の息切れが特にひどく、体が非常にだるかった旨日記に記載していることから、既に持続性心房細動の状態にあったところ、この持続性心房細動は自然経過で発生したものではなく、本件会社の業務上の負荷、特にE部長により頻繁に繰り返される執拗かつ異常な叱責によるストレスに加えて、同年4月18〜19日の徹夜作業に伴うストレスを誘因として発生したものであり、これに伴い形成されたフィブリン血栓が本件疾病を発症させたものと認めるのが相当である。したがって、本件疾病は本件会社における業務に起因して発症したものというべきである。

 なお、心房細動の誘因としては、飲酒、喫煙、ストレス、睡眠不足等が挙げられるところ、Dは飲酒、喫煙をしていたものであるが、Dは喫煙を断っていたところ、E部長の叱責によるストレスから再び喫煙するようになり、同様の理由で酒量が増えたものであるから、本件疾病の発症に飲酒、喫煙が何らかの影響を与えていた可能性があるとしても、それを理由に業務起因性を否定するのは相当ではない。
 以上によれば、本件処分は本件疾病の業務起因性の判断を誤ったものであり、その判断の誤りが処分の結論に影響することは明らかであるから、取消しを免れない。
適用法規・条文
労災保険法14条
収録文献(出典)
労働経済判例速報2022号13頁
その他特記事項