判例データベース

伊予三島労基署長(F工業横浜営業所)突然死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
伊予三島労基署長(F工業横浜営業所)突然死事件【過労死・疾病】
事件番号
東京地裁 − 平成18年(行ウ)第114号
当事者
原告 個人2名 A、B
被告 国
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2008年06月04日
判決決定区分
認容(確定)
事件の概要
 K(昭和44年生)は、平成3年4月に、ポリエチレンの製造・加工等を業とするF工業に雇用され、同社横浜営業所において勤務し、平成7年4月から山梨県の営業を担当した。Kは、原則として火曜日、水曜日、木曜日は2泊3日で山梨地域に出張して営業活動をし、それ以外の日は営業所内で出張の準備や出張後の取りまとめなどを行っていた。

 Kの平成7年6月6日から12月2日までの月間時間外労働時間は64時間から108時間程度であり、同年12月1日(死亡前日)の実労働時間は7時間20分であった。Kの営業成績は目標の86%であり、同年11月20日頃、所長から市場データを分析した資料を作成の上営業方針を示すよう指示されたが、これができず、同年12月1日の朝礼において署長から注意を受けた。

 同日、F社東京支店及び横浜営業所の合同忘年会が都内で開催され、Kもこれに参加したところ、所長から髪を引っ張られ、それに抗議したことから、所長にネクタイを掴まれて会場の外に連れ出されて口論となった。所長は専務から叱責されたが、その後もKに対し「お前に頑張って欲しい」などとお互い泣きながら話をした。忘年会後、Kは横浜に戻って所長以外の6人で二次会を行い、カラオケで三次会を行った上、午前2時30分頃帰宅した。翌2日は休日であり、Kは婚約者のMと飲食店で食事をし、午後7時頃Mとパチンコ店に行き、午後9時30分頃までパチンコをした。Kはその後Mと共に釜飯店に行き飲食をしたところ突然倒れ、救急車が到着したときは心肺停止状態であった。Kは、同日午後10時43分に病院に搬入されたが、同日午後11時20分急性心機能不全による死亡が確認された。
 Kの両親である原告らは、Kの死亡は業務上の事由によるものであるとして、平成8年2月20日、労働基準監督署長に対し、労災保険法に基づく遺族補償一時金及び葬祭料の給付を請求したところ、同署長は平成9年2月19日、Kの死亡は業務上の事由によるものではないとして不支給処分(本件処分)とした。原告らは本件処分の取消しを求めて審査請求、更に再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたことから、原告らは本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1 伊予三島労働基準監督署長が原告らに対し平成9年2月19日付けでした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償一時金を支給しない旨の処分を取り消す。

2 伊予三島労働基準監督署長が原告Aに対し平成9年2月19日付けでした労働者災害補償保険法に基づく葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。
3 訴訟費用は、被告の負担とする。
判決要旨
1 業務災害の解釈基準

 労働基準法及び労災保険法に基づく保険給付は、労働者の業務上の死亡について行われるが、業務上死亡した場合とは、労働者が業務に起因して死亡した場合をいい、業務と死亡との間に相当因果関係があることが必要と解される。また、労働基準法及び労災保険法による労働者災害補償制度は、業務に内在する各種の危険が現実化して労働者が死亡した場合に、使用者等に過失がなくとも、その危険を負担して損失の補填の責任を負わせるべきであるとする危険責任の法理に基づくものであるから、業務と死亡との相当因果関係の有無は、その死亡が当該業務に内在する危険が現実化したものと評価し得るか否かによって決せられるべきである。

そして、脳・心疾患発症の基礎となり得る素因又は疾病(素因等)を有していた労働者が、脳・心疾患を発症する場合、様々な要因が素因等に作用してこれを悪化させ、発症に至るという経過を辿るといえるから、その素因等の程度及び他の危険因子との関係を踏まえ、医学的知見に照らし、労働者が業務に従事することによって、その労働者の有する素因等を自然の経過を超えて増悪させたと認められる場合には、その増悪は当該業務に内在する危険が現実化したものとして業務との相当因果関係を肯定するのが相当である。2 Kの死亡の業務起因性

(1)条件関係

 業務上死亡した場合とは、労働者が業務に起因して死亡した場合をいい、業務と死亡との間に相当因果関係があることが必要であると解されるところ、相当因果関係が認められる前提として、条件関係が認められることが必要である。もっとも、訴訟上の因果関係の立証は、自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつそれで足りるものである。

 Kは、平成7年12月2日、救急車で病院に搬送される途中で2回心室細動となったこと、医師らが心室細動は致死的不整脈であり、死因について致死的不整脈の可能性を指摘していることなどからすると、Kは致死的不整脈を発症して死亡したものと解される。また、Kの健康状態は良好で、健康診断において何ら異常を指摘されたことはなく、既往歴も基礎疾患もなかったこと、Kの死体解剖の結果、肉眼的所見においては直接死因となるような損傷異常、器質的異常は全くなく、また病理組織学的所見においても、充血、うっ血以外に特に著変は認められなかったことからすると、Kは致死的不整脈を発症させる基礎疾患がなかったものと認められる。

 しかしながら、解剖所見で異常がなかったとされているものの、致死性不整脈が発症しない程度に「異常がない」心臓かは必ずしも明らかではない。そして、基礎疾患が明確に存在しない場合でも特発生心室細動等の致死性不整脈が生じることについては、医学的、疫学的知見によって示されているのであり、医師の意見でも、致死的不整脈が業務によるストレスによって発症するという一般的な関係を否定しているわけではない。また、Kは相当の時間自らの業務に従事していたのであるから、発症当日が休日であり、KがMと7時間以上にわたって過ごしたからといって、前日までの業務や忘年会による疲労の蓄積がなかったともいえない。したがって、Kの従事した業務と本件疾病(致死的不整脈)の発症との間には、医学的知見を踏まえた社会通念に照らし、業務がなければ本件疾病は発症しなかったという関係を是認し得る程度の高度の蓋然性があることを肯定することができるから、Kの業務と本件疾病(致死的不整脈)との一般的条件関係は肯定されるというべきである。

(2)相当因果関係

 Kの時間外労働時間は、発症前1ヶ月目で72時間40分、2ヶ月目で108時間22分、3ヶ月目で64時間30分、4ヶ月目で69時間55分、5ヶ月目で94時間59分、6ヶ月目で85時間53分となる。これによれば、時間外労働が80時間を超える月が6ヶ月中3ヶ月あり、直前の1ヶ月では80時間をやや下回るものの、直前2ヶ月、5ヶ月、6ヶ月の平均を取るといずれも80時間を上回るものであり、特に具体的に認定し難い休日出勤等の労働時間もあることからすれば、労働時間自体からも相当の過重性を認めることができる。

 Kは、発症前1ヶ月間には5回12日間、2ヶ月目には4回14日間、3ヶ月目には5回15日間山梨県に出張しており、出張の頻度は極めて高いものであった。山梨出張では、飛び込み営業はなかったものの、営業車を平均2時間30分運転し、1日平均6社を訪問しており、朝売りのためホテルを午前6時20分頃には出ており、そのため早朝に起床していたことが推認できる。そして、山梨出張の初日は遅くとも午前6時30分には自宅を出発し、最終日には午後5時過ぎまで取引先で営業活動をした後に、約2時間30分営業車を運転して横浜営業所に到着している。このように、山梨出張は、出張頻度、スケジュール、車の運転の負担などの諸点からして、Kにとって相当の精神的、身体的負担になったものということができる。Kは、横浜営業所では月曜日は出張の準備に追われて深夜まで残業することが多く、出張から帰った木曜日も残務整理で遅くまで残業し、休日に出勤していたこともあった。そうすると、横浜営業所での業務についても、Kにとって、精神的・身体的負担になっていたということができる。Kは営業成績に関し具体的なノルマを課されていたとは認められないが、山梨地域の営業成績が必ずしも芳しくなく、所長から市場データを分析して営業方針を示すことが求められていたものの、死亡前日に提出できなかったため、所長から朝礼で叱責を受けていた。そうすると、KはF社から山梨地域の売上回復を目指すことを求められ、それが相当程度の精神的負担になっていたとみるのが相当である。

原告らは、Kの死亡前日の忘年会における所長との間のトラブルが、業務に関連する異常な出来事であると主張するが、このトラブルにおけるKと所長との間のやりとりは、通常の範囲をいささか超えるものではあるが、新認定基準における「異常な出来事」とまでみることはできず、この点は、精々所長との人間関係の徴表として、精神的負荷の一事情とみるのが相当である。

 以上によれば、平成7年6月以降6ヶ月間にわたり継続してKが従事した業務は、労働時間の量、業務内容からみても相当に過重であり、休日出勤もしていたことを併せ考えると、疲労回復に十分な休息を取ることができていないといえるのであって、不整脈による突然死の危険性を増大させるに足りる過重なものであったと解すべきである。他方、Kには他に不整脈を発症・増悪させる基礎疾患や危険因子も見当たらない。したがって、本件疾病(致死性不整脈)は、6ヶ月間にわたる上記過重業務に内在する危険が現実化したものとして、業務との相当因果関係(業務起因性)を肯定するのが相当である。
 以上の次第であり、Kの死亡は、その従事した業務に起因するものというべきであり、これを業務上の死亡ではないとする本件処分は違法として取り消されるべきである。
適用法規・条文
労働基準法75条、労災保険法16条の2、17条
収録文献(出典)
労働判例968号158頁
その他特記事項