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栃木労基署長(K社)うつ病事件【うつ病・自殺】

事件の分類
うつ病・自殺
事件名
栃木労基署長(K社)うつ病事件【うつ病・自殺】
事件番号
東京地裁 - 平成19年(行ウ)第210号
当事者
原告 個人1名
被告 栃木労働基準監督署長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2008年10月16日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 原告(昭和42年生)は、大学卒業後の平成5年4月K社に入社し、同年9月1日から油機工作課に配属されて、管理工程グループにおいて、L主任の指導の下、LSO9000の関係資料作成の作業に従事していた。

 原告は、同年10月からピストン加工に関する作業に従事したが、その作業手順が守れず、班長から注意されたにもかかわらず、機械に手を入れるという危険な行為に及んだため、ラップ盤の加工作業に移った。しかし、ここでも作業手順を守れなかったことから、原告は出来上がったピストンを箱に詰める作業に従事させられた。

 原告は、平成6年3月18日に欠勤し、以後仕事を休んでいたが、同月28日出社し、「抑うつ状態(頭痛・食欲不振を伴う)」と記載された診断書を提出し、その後勤務したものの、同年6月1日以降出社しなかった。原告は、同年9月1日に職場復帰し、CAD操作や改善業務の補助などの作業に従事していたが、同年12月1日独身寮で意識不明の状態になっているところを発見され、緊急入院し、同月5日以降特別休暇となった。

 原告は、平成7年2月23日、K社の子会社に出向し、資料整理、ワープロによる資料作成の作業に従事したが、平成10年3月頃から度々欠勤するようになり、平成11年12月1日付けで休職を命じられ、平成13年12月1日、休職期間満了により解雇された。

 原告は、平成12年2月13日、発症した精神障害が業務に起因するものであるとして、労働基準監督署長に対し、労災保険法に基づく障害補償給付の支給を請求したが、同署長は平成13年10月12日付けで不支給決定(本件処分)とした。原告は、本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
 なお、原告は、平成14年5月21日、K社、F部長及びL主任を被告として、原告の精神疾患がK社における精神的・肉体的暴力が原因であるとして、K社の安全配慮義務違反等に基づき損害賠償請求を行った。そして、この訴訟は、平成17年9月13日、K社が原告に対し解決金として1000万円支払う等の内容で和解が成立した。
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
 原告が発症した精神障害がPTSDであるか、統合失調症であるかについては争いがあるものの、いずれの精神障害も業務に関連して発症する可能性が認められている。

 労災保険法に基づく保険給付は、労働者の業務上の疾病等に関して行われる(労災保険法7条1項1号)が、労災保険法による補償制度は、業務に内在ないし随伴する各種の危険が現実化して労働者に疾病等の結果がもたらされた場合には、使用者等に過失がなくとも、その危険を負担して損失の填補をさせるべきであるとする危険責任の法理に基づくものであることからすれば、労働者に発症した精神障害が業務上のものと認められるためには、業務による心理的負荷が精神障害を発症させる程度に過重であり、業務に内在する危険性が原因となって結果が発生したという相当因果関係があることが必要である。そして、業務による心理的負荷が精神障害を発症させる程度に過重であり、当該業務が危険性を内在させるものであったかどうかは、業務による心理的負荷が、平均的労働者を基準として精神的破綻を生じさせる程度のものであったと認められるかどうかによって判断すべきである。

 原告は、平成5年9月以降、L主任から、(1)「何もわからないなんて言い方をするな」と頭ごなしに大声で怒鳴りつけられた、(2)初対面の際に報告書を提出したところ、「ワープロを使うお前みたいな奴は一番気に食わない」と面罵された、(3)唐突に「お前は敵か味方か」などと問いつめられた、(4)「自分はやくざだ」と、粗暴な態度を誇示された、(5)「お前なんかさっさと会社を辞めろ」などの発言を繰り返された、(6)安全帽を着用し忘れた際、叱責だけでなく、目から火花が出るほどタオルで叩かれた、(7)飲み屋で会った際執拗に絡まれ、社員寮の前で顔面に膝蹴りされた、(8)やくざまがいの言葉を連発された、(9)周囲に人がいるのに後頭部を叩かれた、(10)社員寮において支配従属関係を強いられた、(11)新人教育をほとんど受けられなかったなど、一貫してL主任の暴行、いじめの事実を述べており、同僚も原告がL主任に叱責されているところを見たことがあるなどと供述していることからみると、原告は不手際などにより、L主任から叱られることが度々あった事実を推認することができる。しかしながら、L主任の暴行(6)、(7)、(9)は不自然であり、暴行の事実は認めることができない。また、原告が主張するようなL主任の原告に対する言動、すなわちいきなり怒鳴りつけたり、粗暴な態度を示したり、悪辣な発言ややくざまがいの発言をしたりした事実も認めることはできない。そうすると、平成5年9月1日から平成6年1月頃までの間、原告はL主任から叱られることも度々あったという事実を推認することができ、それによる心理的負荷が原告に発症した精神障害のきっかけの一つとなったという余地はあるが、L主任の暴力の事実は認められないから、その心理的負荷が、平均的労働者を基準として、精神的破綻を生じさせる程度のものであったとまでいうことはできない。

 原告は、平成5年9月1日に配属されて間もなく、朝7時から午後10時まで勤務することが常態となり、午後11時、12時過ぎまで就労することもしばしばであり、同年10月以降、2直2交代制の下、午前7時30分から午後7時30分まで勤務したと主張する。ところが、原告が夜12時過ぎに働いていたのを見たことがあるとの同僚の供述がある一方、時間外労働はほとんどやっていなかった、配属直後は2、3時間程度の残業をしていたがそれ以降はほとんど残業していなかったとの供述もあり、原告も夜12時頃まで働いた日もあるが定時退社もあった旨供述していることを総合すると、残業が少なかったのではないが、極端な長時間労働による過酷な労働を強いられたような状態であったとは認められない。そうすると、原告が残業を余儀なくされることがあったとしても、それが恒常的で過酷なものであったとは認められず、残業による心理的負荷がそれ自体過酷なものであったとは認められず、原告の精神的破綻を助長するような程度に至っていたと認めることもできない。

 なお、被告(厚生労働省)においては、心理的負荷による精神障害等に係る労災請求事案について、労働基準局長平成11年9月14日付「心理的負荷による精神障害等に係る

業務上外の判断指針について」で定められた基準によって判断しているところ、同基準は、職場において発生すると考えられる心理的負荷となる出来事について、その一般的な強度を3段階で定め、出来事の個別の状況を斟酌して強度を修正し、更に出来事に伴う変化等の持続、拡大、改善を評価して、心理的負荷の評価が「強」と認められる場合に、業務起因性を認めるとするものであることが認められる。同基準を適用した場合、原告において心理的負荷となる出来事は、「上司とのトラブルがあった」又は「配置転換があった」に該当するが、心理的負荷の程度はいずれも「2」とされており、心理的負荷の総合評価は「中」程度となり、業務起因性を認めることはできない。
 以上のとおり、原告の業務には精神的・肉体的な暴力や長時間労働などの過重な心理的負荷は認められず、原告が精神障害を発症したことについて業務起因性を認めることはできないから、原告に発症した精神障害が業務上の事由による疾病とは認められないとした本件処分に違法はない。
適用法規・条文
労災保険法7条1項、15条
収録文献(出典)
労働経済判例速報2029号3頁
その他特記事項