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K製鉄会社ほかうつ病自殺事件【うつ病・自殺】
- 事件の分類
- うつ病・自殺
- 事件名
- K製鉄会社ほかうつ病自殺事件【うつ病・自殺】
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成17年(ワ)第3123号
- 当事者
- 原告 個人3名 A、B、C
被告 株式会社(被告スチール)
被告 株式会社(被告システムズ) - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2008年12月08日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- F(昭和32年生)は、昭和63年7月、K製鉄会社に入社し、平成6年10月、Fが所属していたシステム・エレクトロニクス事業部の営業譲渡に伴い、同社に在籍したまま、K情報システム株式会社に出向した。
Fは、平成3年頃から自動車メーカー向けのシステム開発に携わり、平成11年頃から被告システムズにおいて、T自動車の試作品工場向けの生産計画管理システム(本件システム)開発プロジェクトマネージャーに就任し、本件システム開発を担当した。平成12年5月29日に本件システム開発の不具合が発覚したことから、FはT社事業所への長期出張を余儀なくされ、同年6月から8月までの実労働時間は、6月が281時間58分(うち残業時間110時間)、7月が292時間(同128時間28分)、8月が369時間22分(同189時間35分)となり、労働日数は6月が22日、7月が24日、8月が28日となった。また、Fはプロジェクトマネージャーとして、稼働開始時期の遅延について責任を負うべき立場にあり、過大な精神的ストレスを受け、そのため遅くとも同年9月頃にはうつ病に罹患した。その後もFは同年12月11日の稼働予定日に向けて過重労働を強いられ、過大な精神的ストレスを受ける状態が継続したため、症状が重篤になり、平成13年1月5日から2月8日まで精神科に入院した。Fはその後自宅療養した後、同年5月7日に復職したが、同年8月20日、自宅で自殺した。
Fの妻である原告A、Fの子である原告B及び原告Cは、被告らの安全配慮義務違反によりFは過重な長時間労働を強いられた結果、うつ病に罹患して自殺したとして、被告らに対し、不法行為又は債務不履行に基づき、死亡逸失利益8763万5267円、葬儀費用39万6840円、入院関連費用82万6000円、慰謝料2800万円、弁護士費用1000万円、合計1億2685万8107円を請求した。 - 主文
- 1 被告K情報システム株式会社は、原告Aに対し、金2710万8570円及びこれに対する平成17年3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告K情報システム株式会社は、原告Bに対し、金2615万7971円及びこれに対する平成17年3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告K情報システム株式会社は、原告Cに対し、金2615万7971円及びこれに対する平成17年3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告らの被告K製鉄会社に対する請求及び被告K情報システム株式会社に対するその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は、原告らに生じた費用の10分の7と被告K情報システム株式会社に生じた費用を被告K情報システム株式会社の負担とし、原告らに生じたその余の費用と被告K製鉄会社に生じた費用を原告らの負担とする。
6 この判決は、第1項ないし第3項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 安全配慮義務違反の有無
Fは、本件システム開発における不具合の発生に伴い、平成12年6月6日から本件システム開発に専従し、同年6月から8月にかけて1ヶ月100時間を優に超える長時間の残業を行い、特に同年7月及び8月は休日出勤及びT社事業所への長期出張が重なり、過酷な長時間労働を強いられていた。また、Fはプロジェクトリーダーとして本件システムを完成させる実行上の責任を負っていたにもかかわらず、不具合が頻発し、稼働予定日が繰り返し変更される緊急事態が続いたことにより、過大な精神的負荷を蓄積させていったものと推認される。これらの事情に加え、平成12年7月以降のFの心身の異常、専門医の診断等に照らせば、Fは同年7月ないし9月頃にうつ病に罹患したものと認められる。
そして、Fはうつ病に罹患した後も、同年11月には不具合が頻発してスケジュールが遅れ、毎週豊田市の試作工場に出張してホテルに泊まり、週末に帰宅するという生活を続けて作業したが、再び稼働予定日が変更されたことなどにより、肉体的・精神的負荷を蓄積させたため、同年12月末頃から平成13年1月5日には幻覚妄想亜昏迷状態に陥り、精神科に入院を要するほど、Fのうつ病は重篤になっていたこと、その後もうつ病の症状が回復していなかったことが窺える。上記Fの自殺当時の症状と、他にFが自殺する動機が見受けられないことを併せ考えれば、Fは、うつ病の症状として現れた自殺念慮により自殺を図り死亡したと解するのが相当である。
使用者は、労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なわれないよう注意する労働契約上の付随義務として安全配慮義務を負うと解される。Fの上司である被告システムズの取締役らは、本件システム開発の進捗状況、緊急性を熟知していたといえるので、Fらが過酷な長時間労働を強いられて疲労が蓄積していること、プロジェクトリーダーであるFに過大な心理的負荷がかかっていることを十分認識し、或いは認識することが可能であったということができる。したがって、使用者として、Fがうつ病に罹患しないようにするため、必要な人員を配置したり、心理的負荷を軽減させるような職務分担の見直しを図るなど、適切な措置を講ずべき安全配慮義務があったということができる。しかるに、被告システムズは、平成12年6月から8月にかけて稼働予定日を変更し、1人増員しただけで、Fにかかる心理的負荷を軽減させるために必要かつ十分な措置を講じなかったため、Fのうつ病を重篤化させて幻覚妄想亜昏迷状態に陥らせ、医療保護入院を要するまでに至らしめたのであるから、被告システムズは労働契約上の安全配慮義務に違反したというべきである。
2 因果関係の有無
被告システムズの安全配慮義務違反により、Fは平成12年6月から8月にかけての過酷な長時間労働及び過大な精神的負担が原因で、同年7月から9月頃にうつ病に罹患し、平成13年8月20日、うつ病により自殺を図って死亡したものであるから、被告システムズはFがうつ病に罹患し、自殺により死亡することについて予見することができたというべきであり、被告システムズの安全配慮義務違反とFのうつ病の罹患及び自殺との間には相当因果関係が認められる。
3 出向元である被告スチールの責任
被告スチールは、Fの賃金の支払、災害補償及び弔意に関する費用負担等の義務を負っていたものの、Fは日常的に被告システムズの指揮命令のもとで同社に対して労務を提供し、同社がFの人事評価や健康管理を実施していた。他方、被告スチールは、システム・エレクトロニクス事業部を被告システムズに営業譲渡したものであり、被告システムズが作成した人事考課表、業績考課表等を基に人事評価を行うものの、Fを直接管理監督する立場になく、日常的にFの労働環境、健康状態等を把握することは困難であった。以上の被告らとFとの間の具体的な労務提供、指揮命令関係の実態によれば、Fに対する安全配慮義務は、一次的には被告システムズが負い、被告スチールは、人事考課表等からFの長時間労働等の問題を認識し、又は認識し得た場合に、これに適切な措置を講ずべき義務を負うと解するのが相当である。しかし、本件において、被告スチールが、Fの過酷な長時間労働及び過大な精神的負担等を認識し、又は認識し得た事情は認められないから、被告スチールがFに対して安全配慮義務を負っていたということはできない。
4 損 害
Fが死亡した前年度の年収は1097万6400円であり、生活費控除は30%、67歳までの就労可能年数24年として、ライプニッツ方式により算定すると、死亡逸失利益は1億0602万1267円となる。また、葬儀費用は150万円、入院関連費用は81万円、慰謝料は2800万円とするのが相当である。
Fは職場復帰後、休暇取得前から所属していた部署で負担の少ない業務に従事していたものの、平成13年8月から新しい業務を担当することに不安を持っていたことに照らすと、職場復帰や担当業務の変更がFの自殺に少なからず影響したものと解される。被告システムズは、Fも職場復帰、担当業務等を決めるに際して、Fと面談して意見を聴取し、病状等にも配慮していたのであって、Fが面談等の際に、うつ病が悪化しないよう適切な措置を講ずるために正確かつ十分な情報を提供していれば、被告システムズが職場復帰の時期、職場復帰後の担当業務等について異なる判断をして、Fの自殺を回避できた可能性は否定できない。Fが積極的に自己の病状等を報告し難い面があることは否めないが、職場復帰はFの希望によるもので、被告システムズは適宜面談を行うなど、Fの病状や業務に対する要望を把握するための機会を設けていたところ、Fは、業務に不満はなく、体調は回復傾向にある旨伝えていた等の事情を総合考慮すると、Fに生じた損害をすべて被告システムズが負担すると解するのは相当でなく、損害額の3割を減額するのが相当である。よって、前記損害額を3割減額すると、損害額は9543万1886円となり、このうち4771万5943円を原告Aが、2385万7971円を原告B及び原告Cが相続した。
原告Aは、労災保険法に基づき、遺族補償年金として2190万4213円及び葬祭料として110万3160円の支給を受けたから、これを控除すると、原告Aの損害賠償請求権は2470万8570円となる。被告システムズが原告Aに支払った弔慰金合計4364万円は、主として弔意及び遺族の生活援助の趣旨で支給されたものと解するのが相当であるから、これらを損害から控除することはできない。また、弁護士費用は、原告Aについては240万円が、原告B及び原告Cについては、それぞれ230万円が相当である。 - 適用法規・条文
- 民法415条、418条、709条、722条2項
- 収録文献(出典)
- 労働経済判例速報2033号20頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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