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地公災基金福井支部長(県立K高校女教諭)もやもや病控訴事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 地公災基金福井支部長(県立K高校女教諭)もやもや病控訴事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 名古屋地裁金沢支部 − 平成9年(行コ)第7号
- 当事者
- 控訴人 個人1名
被控訴人 地方公務員災害補償基金福井支部長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2000年09月18日
- 判決決定区分
- 原判決取消(控訴認容)(上告)
- 事件の概要
- 控訴人(第1審原告)は、昭和38年4月に福井県の養護教諭として採用されて以来、昭和49年4月からはK高校の教諭兼養護教諭として、昭和51年から同校の教諭専任として勤務していた女性である。
控訴人は、平成元年4月からは1年生の担任となり、ほぼ連日午前6時に自宅を出て午前7時30分頃にK高校に到着し、下校時刻は午後6時前後になることが通常であった。特に同年6月に入ってからは勤務時間が増加し、本件発症前4週間の時間外労働は、69時間30分に上っていた。
控訴人は、同年6月28日、三重県鳥羽市で行われる講習会に出席するために、JR越前花堂駅に赴き、階段を上り詰めたところで、両手に持っていた2個のバッグを落とし、脳内出血・脳室内出血を発症して倒れて意識不明に陥った。原告は病院に搬送されて緊急手術が施され、意識状態が改善されたが、その後も軽度意識障害、左半身完全麻痺後遺症が残り、障害者施設に入所して暮らしている。
控訴人は、本件発症は公務に起因するとして、被控訴人(第1審被告)に対し地方公務員災害補償法に基づく公務認定災害補償請求を行ったところ、被控訴人はこれを公務外とする決定(本件処分)を行った。控訴人は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
第1審では、本件発症と公務の過重から来る負荷との間に相当因果関係は認められないとして、控訴人の請求を棄却したことから、控訴人はこれを不服として控訴した。 - 主文
- 1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が平成2年2月28日付けでした控訴人に対する地方公務員災害補償法による公務外認定処分を取り消す。
3 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 1 もやもや血管の破綻の機序
もやもや病の自然経過に関する知見は乏しく、未だ不明な部分が多く、また出血原因に関する知見も歴史的に変化しており、これを特定することは困難と思われるが、もやもや病においては血圧上昇がなくても出血している症例が多数報告されており、どのような状況でも起こり得るとされているのであるから、もやもや病の自然経過によりもやもや血管が破綻することがあること自体は否定し得ないと考えられる。しかしながら、他方、ストレス、過労、疲労の蓄積、睡眠不足等やストレスに伴う交換神経系の刺激が脳動脈壁の脆弱化を促進する因子であるとする点は合理的なものとして十分理解することができ、更にもやもや血管に筋層がないとしても、血管壁が存在する以上、これに障害を与えるような因子が作用して破綻することが考えられるのであるから、もやもや病の自然経過(もやもや血管の存在自体)以外に破綻の原因がないとまでは考え難い。そうすると、精神的・身体的負荷ももやもや血管破綻の誘因となると考えるのが素直かつ合理的であり、本件においては、結局、控訴人の公務がもやもや病の自然の経過を超えて増悪させるほど過重な精神的、身体的負荷を伴うものであったか否か(控訴人の公務の過重性)の判断を避けられないというべきである。
2 控訴人の公務の過重性
控訴人は、衛生看護科教諭として授業を担当して生徒の教育指導に当たっていたほか、昭和63年度は同科の科長を務めるとともに教務部に所属し多岐にわたる事務を処理していたこと、平成元年度は学級担任や生徒指導委員長を務めていたこと、その個々の公務はほとんどが日常の公務の範囲内のものであり、その公務量も必ずしも他の衛生看護科教諭らに比較して著しく多いとはいえないものの、控訴人は真面目で几帳面な人柄であることや同僚教諭らから頼りにされていたことなどから、仕事に手を抜けず、公務にいずれも熱心に取り組んでいたこと、そして、学校教育においては教諭に熱意を持って丹念に指導する意気込みがあればするべきことは限りなくあり、この意味で学校教育における教諭は単に与えられた仕事を決められた通りに処理するような性質の仕事ではなく、自主性、主体性が求められる職業であることも考えれば、右両年度の控訴人の公務の労働密度は相当高かったこと、控訴人はこの間相当の時間外労働に従事しており、本件発症前4週間の時間外勤務の合計時間は69時間30分に上ること、右のような勤務の継続が控訴人にとって精神的・身体的にかなりの負担となり、慢性的な疲労をもたらしたこと、特に昭和63年度の3学期と平成元年度の6月はさまざまな公務が重なり控訴人にとって負担の重い公務遂行であったこと、とりわけ控訴人の担当学級の問題生徒らに対する指導は控訴人に多くの精神的・身体的負荷をかけたと考えられること、継続的に相当時間の時間外勤務に就いた上、労働密度の高い公務に従事していたにもかかわらず、5月のゴールデンウィーク期間中に若干の休息があった以外はまとまった休暇を取ることもなく、いわば仕事一筋の生活を続けてきて、慢性的に長期間にわたる疲労を蓄積させたまま本件発症時を迎えることになったこと、本件発症前日には、いずれも立ちっぱなしの状態で実技テストや避難訓練が実施され、これが控訴人の蓄積した疲労に追い打ちをかけていること、そして本件発症当日は、高等学校教育課程講習会に参加するため両手に約7kgのバッグを持ち、約500m歩いて駅に行き、階段を上り詰めた辺りで本件発症に至ったものであること、控訴人は本件発症前は普通の健康体であり、血圧や検尿等で異常が指摘されたことはなく、酒やたばこを嗜まず、健康に悪影響を及ぼすような嗜好がなかったこと、ストレス、過労、疲労の蓄積やストレスに伴う交換神経系の刺激が脳動脈壁の脆弱化を促進する因子であり、これらによるもやもや血管壁の脆弱化がもやもや血管破綻の原因の1つになり得るものであること、本件においてはもやもや血管自体の構造的脆弱性以外にもやもや病の増悪要因が見当たらず、右の構造的脆弱性もそれ自体以外の要因なしに本件発症を生じさせたとまでは考え難いことなどが認められ、これらの諸事情を総合考慮すれば、控訴人が本件発症前に従事した公務は控訴人のもやもや病をその自然の経過を超えて増悪させるほど過重な精神的・身体的負荷を伴うものであったとみるのが相当であって、右公務が控訴人のもやもや病をその自然の経過を超えて増悪させ、本件発症に至ったものとみるのが相当である。
以上のとおりであり、控訴人の本件脳内出血・脳室内出血の発症は、右発症前に控訴人の従事していた公務に起因して生じたものであり、その間に相当因果関係があると認めるのが相当である。そうすると、被控訴人が、本件発症と控訴人の公務との間に因果関係がないとして平成2年2月28日付けでした控訴人に対する公務外認定処分は取消しを免れない。 - 適用法規・条文
- 地方公務員災害補償法26条、28条、28条の2
- 収録文献(出典)
- 労働判例796号62頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
福井地裁 − 平成5年(行ウ)第4号 | 棄却(控訴) | 1997年11月19日 |
名古屋地裁金沢支部 − 平成9年(行コ)第7号 | 原判決取消(控訴認容)(上告) | 2000年09月18日 |