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品川労基署長(東京労災補償保険審査官)くも膜下出血事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
品川労基署長(東京労災補償保険審査官)くも膜下出血事件【過労死・疾病】
事件番号
東京地裁 − 平成7年(行ウ)第107号
当事者
原告個人1名

被告品川労働基準監督署長

被告東京労働者災害補償保険審査官
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1999年07月14日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
 原告(昭和8年生)は、昭和55年4月、電気絶縁材料等の卸販売を業とするS社に営業担当社員として雇用され、昭和57年4月以降第二営業課長として勤務していた。

 営業第二課の営業担当社員は、それぞれ担当する取引先を割り当てられ、営業車を運転して取引先を回り、商品の受注、納品、集金を行うルートセールスに従事しており、原告も営業担当社員として、長野を中心に取引先を担当したほか、部下の管理・助言・指導などを行っていた。

 本件発症前3ヶ月間(昭和61年12月21日から昭和62年3月28日まで)、原告の出勤時刻は概ね午前8時から8時30分の間であり、退社時刻は午後7時台が最も多く、午後8時台がそれに次いでいるが、午後9時半を超えて残業した日はなかった。また、休日出勤はなく、長野県への出張は、1、2、3月各1回ずつであった。

 同年3月27日、原告は、担当取引先であるA社に対し与信取引中止の申入れをするため日帰りで長野に出張し、A社はこれをすぐに了解したものの、売掛金の回収まではしなかった。翌28日、原告は出社して棚卸し作業に従事し、これが終了した午後5時過ぎに、代表者に対し、前日のA社との折衝の経過を報告したが、売掛金が回収されていなかったことから、代表者は原告に対しもう1度A社に行くことを提案した。両者の話し合いは平穏に行われたが、原告は話合いを終えて事務所に戻ると、「気持ちが悪い、頭が痛い」と訴え、病院に搬送されて、右中大脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血と診断された。
 原告は、本件発症は業務に起因するものであるとして、被告署長に対し、労災保険法に基づき障害補償給付の支給を請求したが、被告署長はこれを不支給とする決定(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として、被告審査官に対し審査請求をしたが、これを棄却する決定がなされたため、本件処分及び決定の手続きに瑕疵があったとして本件決定の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血の業務起因性

 労災保険法に基づく保険給付は、労働者の「業務上」の疾病について行われるが(7条1項1号)、労働者が「業務上」疾病にかかったといえるためには、業務と疾病との間に相当因果関係のあることが必要である。そして、脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血は、先天的に存在する脳動脈壁の薄弱部が後天的に脆弱化して動脈瘤(嚢条動脈瘤)が形成され、種々の危険因子の影響によって発症に至るものであるから、ある業務に従事していた者が脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血を発症した場合において、右発症が業務上のものであること、すなわち、業務と脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血の発症との間に相当因果関係を肯定するためには、当該業務が、自然経過を超えて、急激に著しくその発症を促進させるに足りる程度の過重負荷となっていたと認定できることを要し、かつそれで足りるものと解するのが相当である。けだし、右のような場合において初めて、当該業務に内在ないし通常随伴する危険が、それ以外の発症の原因と比較して相対的に有力な原因となっていたものと評価することができるからである。2 本件発症の業務起因性の有無

 原告は、入社した昭和55年当時から既に高血圧傾向にあり、昭和58年10月には高血圧状態に移行したが、適切な管理を怠っていたこと、昭和60年2月に初めて高血圧に関して受診し、以後本件発症に至るまでの間、継続的に降圧剤の処方を受けてはいたものの、その後も血圧値が正常範囲内で安定することはなかったが、これは適切な血圧管理を行わなかったことによって治療効果が減殺されたと考えられること、昭和61年7月の成人病検診時には、再検査を受けるよう指示されたものの、原告はこれを受診せず、その後も禁煙をしたり、飲酒を控えることもなく、血圧管理を適切に行っていなかったこと、原告は本件発症当時53歳で、脳動脈瘤の好発年齢にあったこと、以上の諸点を指摘することができ、これによれば、本件発症に至る相当以前から、動脈壁ないし動脈瘤の脆弱化がかなりの程度に進行していたものと推認される。

 他方、昭和57年4月以降本件発症時までの約5年間、原告は終始一貫して営業課長としての業務を特段の支障なく遂行していたこと、長野県への出張はあるものの、日程は1泊2日と余裕があり、月1回程度に止まること、日常的に残業があったものの、概ね午後7時から9時頃までで、それ以上特に肉体的・精神的疲労を蓄積させ、これを休日等の取得によって回復することができないような過激な仕事に就くということはなかったといえること、本件発症前日の業務は、長野県への日帰り出張であり、特に肉体的・精神的負担となるものではなかったこと、本件発症当日の業務も、棚卸し作業は年に2回定期的に行っているものであり、代表者に対する報告も平穏に行われ、通常の業務の域を出るものではなかったといえることが明らかである。
 以上の事情を総合考慮すれば、本件発症当時の原告の業務が、自然経過を超えて、急激に著しく脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血の発症を促進させるに足りる程度の過重負荷となっていたものと認めることはできないというべきである。以上の次第で、本件発症は業務に起因するものとはいえないから、本件処分に違法はない。3 本件決定固有の瑕疵の有無 (略)
適用法規・条文
労災保険法7条1項、15条
収録文献(出典)
労働判例772号47頁
その他特記事項