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地公災基金三重支部長(I総合病院看護婦)くも膜下出血事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 地公災基金三重支部長(I総合病院看護婦)くも膜下出血事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 津地裁 − 平成7年(行ウ)第12号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 地方公務員災害補償基金三重支部長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2000年08月17日
- 判決決定区分
- 認容(控訴)
- 事件の概要
- 原告(昭和22年生)は、昭和40年4月に准看護婦免許を取得し、他の病院に勤務した後結婚、出産をし、昭和54年4月、I市に准看護婦として採用され、同日以降本件病院に勤務していた。
原告は、本件病院において、昭和59年4月から平成2年3月までは、ICU病棟で勤務し、同年4月から救急病棟勤務となった。この間、夜間勤務の回数は、昭和63年及び平成元年は1ヶ月平均10回程度、平成2年1月から同年6月までは平均8.7回であった。
原告の発症前1ヶ月間(6月18日から7月19日)の業務の状況は、勤務日22日、休日10日であり、時間外勤務は9時間25分であった。また、この間の夜間勤務回数は合計10回(うち深夜勤務6日、準夜勤務4日)に及び、「日勤→深夜」のパターンは5回、「休日→深夜」のパターンはなかった。
同年7月6日から救急病棟の看護婦が1名減となり、それ以降勤務日数が増加し、救急病棟が相当に多忙となった。また、当時の救急病棟の入院患者の中に、深夜にナースコールを数十回にわたって行うなどする患者がいたことから、救急病棟の看護婦の業務は余計増加した。同月19日、原告は、人手の都合がつかないため、本来2人で行うべき洗髪を1人で行おうとして患者を車いすで浴室に連れて行って行ったところ、突然気分が悪くなって倒れ、くも膜下出血と診断された。
原告は、本件発症は公務に起因するものであるとして、平成3年3月8日、被告に対し、地方公務員災害補償法により公務災害の認定を請求したところ、被告は平成4年2月13日付けで本件発症を公務外とする認定(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 被告が平成4年2月13日付けで原告に対してした地方公務員災害補償法による公務外認定処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 公務起因性の判断基準
地方公務員災害補償法に基づく補償を受けるには、当該災害が公務により生じたものであることが必要であるとされているところ、右制度が使用者の過失の有無を問わずに、被災職員に生じた損失を補償する制度であることからすれば、公務上の災害といえるためには、当該災害が被災職員の従事していた業務に内在ないし随伴する危険性が発現したものであると認められることが必要である。したがって、被災職員の傷病が公務上の災害といえるためには、公務と当該傷病との間に相当因果関係が必要であると解される。そして、右相当因果関係が認められるためには、公務が当該傷病の唯一の原因である必要はないが、当該業務が、被災職員の基礎疾病等他の要因と比較して相対的に有力な要因として作用し、その結果当該傷病を発生したことが必要であると解すべきである。
ところで、当該職員が従事していた職務が強度の負荷を伴うものであったか否かの判断に際しては、基礎疾病を有する当該職員を基準とすることは相当ではなく、基礎疾病を有しつつも勤務の軽減を要せず、通常の勤務に就き得る者を基準にして判定するのが相当である。これを基礎疾病との関係でいえば、当該職員が、右の基準に照らして強度の負荷を伴うと評価される職務に従事したことによって、その基礎疾病が自然的経過を超えて増悪された結果、より重篤な傷病を発生したと認められる関係が存することが必要と解される。また、他の業種と比較して、当該公務自体に強度の負荷が存すると認められる場合において、当該傷病が、職務に内在ないし随伴する危険性の発現と認められれば補償の対象とすべきものであるから、同僚との比較を過大視することは相当ではない。
なお、本件の脳動脈瘤のように、本人に自覚症状がない間に基礎疾病が潜行している場合などにおいては、厳密な医学的判断が困難となる場合もあり得るが、法的な因果関係の証明は、一点の疑義も許さない自然的証明とは異なるものであるから、そのような場合であっても、経験則に基づき、当該職員の職務内容、就業状況、生活状況、健康状態等を総合的に考慮して、当該職員の従事していた職務が、他の諸要因と比較して、当該傷病発生の有力な原因となっていたことが医学的に矛盾なく説明できるのであれば、当該業務と傷病との間に相当因果関係が存すると認めるのが相当である。
2 本件における公務起因性
原告が長期間従事してきた看護業務は、特に以下の点において、強度の負荷を伴うものであったと認められる。
原告の従事した看護業務について、その勤務時間をみる限り、発症前1ヶ月間における時間外労働は、多い日でも1日1時間30分程度であり、それ以前もほぼ同様であったと推認されるから、必ずしも長時間労働ということはできない。しかしながら、その業務の質についてみると、非常に多忙である上、他の病棟との比較においても、ICU、救急病棟共に緊急度の高い患者を収容することが多いから、緊張を強いられる業務であったと認められる。特に、本件発症1ヶ月前である平成2年7月6日以降は、患者1人当たりの看護婦の受け持ち人数がそれまでと比較して非常に多くなっており、これによって、原告の肉体的・精神的負荷が非常に増加したことは容易に推認できる。
原告が従事してきた夜間勤務は、昭和63年以降平成2年3月までは、多くの月において月10回以上に及んでおり、これは月夜間勤務を8回以下とした昭和40年人事院判定に照らすと回数が多い。また、平成2年4月以降、原告に月10回の夜間勤務を課されたことはないものの、多くの月で9回の夜間勤務が課されており、このことは、これが長期間継続していただけに、肉体的・精神的両面においてかなりの負担となるものであったということができる。
また、看護業務の夜間勤務が、他の交替制勤務の夜間勤務と異なるのは、極めて不規則に夜間勤務が組み込まれる点であり、これが人体固有の概日リズムに反し、身体の変調を来す要因ともなり得るものである。更に、原告に「日勤→深夜」のパターンが多く、本件発症前1ヶ月間にこのパターンを5回も繰り返していたことは、原告の公務による負荷を判断する上で無視できない要素である。
原告には素因ないし血行力学的ストレスの影響で脳動脈瘤が形成されたと推測され、その意味で基礎疾患を有したものというべきである。しかしながら、原告はICU勤務時から本件発症に至るまで長期間にわたって前記業務をこなしており、少なくともICU勤務当時においては勤務の軽減を要せず、通常の勤務に就き得る者であったと認められる。そして、脳動脈瘤を有する者のうち破裂にまで至る者の割合はごく僅かであること、脳動脈瘤の形成・発達・破裂の要因としては先天的・遺伝的要因もさることながら、後天的要因を重視すべきであること、原告には高血圧症、肥満、喫煙、恒常的な飲酒といったリスクファクターは特段存在しなかったこと、原告の家庭生活等において血圧上昇の原因たり得る肉体的・精神的負荷をもたらすような特段の事情が認められないことを総合的に考慮すれば、原告の脳動脈瘤の発達・破裂に至った要因は、主として肉体的・精神的負荷を伴う看護業務、とりわけ多数回に及ぶ夜間勤務を含む不規則な勤務形態である強度な負荷を伴う業務を長期間継続したことによって、脳血管壁の修復に必要な夜間の血圧降下が得られず、その疲労を十分に回復できない状態が継続し、これに本件発症前1ヶ月間の多忙な業務による蓄積疲労とが相まって、脳血管壁を脆弱させたことにあると推認するほかない。そして、本件発症日には、くも膜下出血の危険性の高い段階にまで至っていたものであり、これが本件発症直前の患者の介助業務の際のバルサルバ手技を伴う行為を直接の契機として遂に破裂したものと認めるのが相当である。
以上の事実に徴すれば、原告の従事していた看護業務による継続的で強度の負荷が有力な原因となって基礎疾病である脳動脈瘤を自然的経過を超えて増悪させた結果、本件発症当日の洗髪業務による血圧の上昇等が直接の契機となって脳動脈瘤の破裂を来たし、くも膜下出血に至ったものと認められる。したがって、本件発症については、公務が相対的に有力な原因となっているとみられるから、公務と本件発症との間に相当因果関係を認めることができる。 - 適用法規・条文
- 地方公務員災害補償法25条2項、29条
- 収録文献(出典)
- 労働判例800号69頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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津地裁 − 平成7年(行ウ)第12号 | 認容(控訴) | 2000年08月17日 |
名古屋高裁 − 平成12年(行コ)第41号 | 控訴棄却(確定) | 2002年04月25日 |