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立川労基署長(T社)心臓死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
立川労基署長(T社)心臓死事件【過労死・疾病】
事件番号
東京高裁 − 平成15年(行コ)第193号
当事者
控訴人 個人1名
被控訴人 立川労働基準監督署長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2004年12月16日
判決決定区分
原判決取消(控訴認容)(確定)
事件の概要
 K(昭和8年生)は、昭和59年3月T社に入社し、採用当初は2トントラックを運転して麺類等の配送業務に従事していたが、昭和60年頃からは助手と2人で、2トントラックを運転して部品、資材等を運搬する業務に従事するようになった。

 T社の所定労働時間は、午前8時から午後5時まで1時間の休憩時間を除いて8時間であり、Kは月曜日から金曜日までは概ね定時に出退勤していたが、土曜日は仕事の内容に応じて勤務時間が変更されていた。

 Kは、平成元年7月29日、G社昭島営業所で積荷(6.3kgを64個)を本件車両(4トン冷凍冷蔵車)に積載し、正午頃越谷流通センターまでの80km弱を走行し、午後3時頃到着して、車両のコンテナ内に入って積荷を積み替える作業を開始した直後、積荷のケースを抱えた状態で仰向けに倒れた。Kはすぐに病院に搬送されたが、急性心筋梗塞又は心筋虚血に伴う致死性不整脈により死亡した。

 Kの妻である控訴人(第1審原告)は、Kの死亡は業務に起因するものであるとして、被控訴人(第1審被告)に対し、労災保険法に基づき、遺族補償給付等の支給を請求したが、被控訴人はこれを不支給とする決定(本件処分)をしたため、控訴人は本件処分の取消しを求めて提訴した。
 第1審では、Kは本件発症の相当以前から冠動脈硬化の基礎疾患を有し、これが原因となって狭心症や心筋梗塞の発作を繰り返していた上、冠動脈硬化の病変も進行しており、本件発症当時、いつ、どのような状況下でも心筋梗塞を発症し得る状態にあったところ、Kが本件発症当時、またそれ以前の6ヶ月間に従事した業務は、一般労働者を基準とした場合、特に精神的・身体的に過重であったとは認められず、Kの業務と本件発症との間に相当因果関係が認められないとして、控訴人の請求を棄却した。そこで控訴人はこれを不服として控訴した。
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が控訴人に対して平成2年8月14日付けでした労働者災害補償保険法による遺族補償年金及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。
3 訴訟費用は、第1,2審とも、被控訴人の負担とする。
判決要旨
1 業務起因性の判断基準

 労働者災害補償保険法に基づく労働者災害補償制度が、業務に内在ないし随伴する危険が現実化して労働者に傷病等を負わせた場合には、使用者の過失の有無にかかわらず労働者の損失を補償するのが相当であるという危険責任の法理に基づくものであることに鑑みると、業務起因性を肯定するためには、業務と死亡の原因となった疾病との間に条件関係が存在するのみならず、社会通念上、疾病が業務に内在ないし随伴する危険が現実化したものと認められる関係、すなわち相当因果関係があることを要するというべきであって、この理は疾病が虚血性心疾患の場合であっても異なるものではない。

 ところで、虚血性心疾患は、その発症の基礎となる動脈硬化による血管病変等が加齢や一般生活等における様々な要因によって自然の経過の中で増悪し、発症するに至るものがほとんどであるが、他方で、著しく血管病変等を増悪させる急激な血圧変動や血管収縮を引き起こすような過重負荷が加わると、基礎疾患の自然の経過を超えて発症することもあるとされているから、過重な業務によって著しく血管病変等を増悪させるような急激な血圧変動や血管収縮が引き起こされ、その結果、基礎疾患の自然の経過を超えて虚血性心疾患が発症したと認められる場合には、当該業務に内在ないし随伴する危険が現実化したものとみることができ、業務起因性を肯定することができると解すべきである。

2 本件における業務起因性の判断

 Kは、死亡の当日、通常の業務とは異なり、4トン冷凍冷蔵庫を運転して80kmの距離を約3時間で走行した後、引き続き低温のコンテナ内に入り、荷の積み替え作業を開始した直後に死亡したと認められる。そして、当時の外気温が28度を超えていたのに対し、コンテナ内は5ないし8度前後で温度管理されていたものであるから、Kが約3時間にわたり本件車両を運転し、引き続き外気温よりも20度前後低いコンテナ内に入って積荷の積み替え作業を開始したことによって、Kの血圧は急激に上昇したものと推認するのが相当であって、Kの死亡当日の業務がKに対してかなりの身体的負荷を与えたものということができる。

 他方で、Kは30歳の頃から重症の高血圧症にかかっており、本件発症の約10年前に急性心筋梗塞と診断されたことがあり、本件発症の約5年以上前から労作性狭心症と陳旧性心筋梗塞等の治療を受けていたこと、Kは主要冠動脈3本のうち2本が閉塞した2枝病変患者であったこと、Kは、高血圧、喫煙、肥満、性別、年齢など虚血性心疾患の危険因子を複数有していたことが認められる。しかしながら、Kは昭和59年2月以降死亡に至るまで、毎月1回以上通院・治療を受けており、Kの健康状態はむしろ改善傾向にあったということができること、主治医は症状が安定したと述べていること、血圧は投薬によってほぼ正常の範囲内にコントロールされていること、他の危険因子については、加齢のほかに特に悪化したものとは認められないことなどを踏まえるならば、Kの症状は、日常生活において往々生じるような一過性の血圧上昇のみによって死亡するような状況ではなかったといわざるを得ない。

そして、急激な血圧の上昇は虚血性心疾患の発症要因となり得るとされ、寒冷や運動は冠動脈の攣縮を誘発することもあり、Kは外気温よりも20度前後低い温度で管理されているコンテナ内に入り、積荷の積み替え作業を開始した直後に積荷を抱えた状態で発作を起こしたという時間的な経緯も考慮するならば、Kの死因となった新たな急性心筋梗塞又は心筋虚血に伴う致死性不整脈は、基礎疾患である冠動脈硬化の自然の経過を超えて発症したものとみるのが相当である。
以上によれば、Kの死亡当日の業務は、Kに対して過重な負荷を与え、その結果、基礎疾患である冠動脈硬化の自然の経過を超えて急性心筋梗塞又は心筋虚血に伴う致死性不整脈を発症させ、Kを死亡に至らしめたとみるのが相当であって、本件発症は、業務に内在ないし随伴する危険が現実化したものみることができるから、業務起因性を肯定することができるというべきである。
適用法規・条文
労災保険法7条1項、16条の2、17条
収録文献(出典)
労働判例888号68頁
その他特記事項